#9 悪い夢の真ん中で


 辿り着いたのは中庭だった。増築していく過程で偶然出来上がった庭をエルシエラ母さんがいたく気に入り、昔作られていたいくつかの廊下を壊して作らせたものだ。この辺り元貴族……金持ちの発想であるが、エルシエラ母さんが一生懸命に手入れをした結果、ここはフィーニ邸でも最も美しい場所となった。そこには小さな池と花壇、それに石で出来た椅子があり、母さんや姉さん達が談笑しながらお茶の時間を過ごしているのをよく見かける。

 クラレリア母さんにとってもお気に入りの場所だった筈だ。中庭にあたるためか、彼女がここで唄う歌は、屋敷の何処の窓を開けても聞こえる。高く、伸びやかな歌声は、この美しい中庭に最も相応しい陽光の歌。しかし……今この場所は夜の闇が満ち、埋め尽くさんばかりの数の亡霊兵士達が闊歩していた。

 そして、その不穏な空気とはあまりにも正反対な、静かで優しい子守歌が満ちている。まるで、この恐ろしい夜から、平穏であった本来の時間が切り取られたかのように。唄うクラレリア母さんは、中庭の椅子に座っていた。膝の上には人形を抱いたリトラが、そのお腹に顔を埋めている。母さんはリトラの髪を優しく撫でながら、子守歌を唄い続ける。それは夕食の時、母さんを呼びに行って見た時にも見た光景……しかし、リトラは周りから迫ってくる恐怖に震えていた。

「母さん! リトラっ!」

 その姿を見つけた途端、ルアンが叫んだ。しかし声が届いていないのか、二人は振り向くことはなかった。俺達は、ともかく二人の所まで行こうと駆け出した。ルアンはその小さな身体で兵士達の間を縫うように駆け抜け先行した。俺はルアンを襲おうとしていた亡霊を消すことに専念した。しかし、この数では亡霊をかき消したとしても焼け石に水だ。

[まだ逆らうか……! 指輪を渡せ!]

 兵士の一人が母さん達に向けて長斧を振り上げた。母さん達は、それにすら気付かないように、静かに歌い続けている。

「母さんっ!」

 ルアンの悲痛な声が響き渡る中、無情にも長斧は母さん達に振り下ろされた。

 ……しかし、それが母さん達を傷つける事はなかった。武器を振り下ろした兵士は、刃が母さんに届くよりも前にすぅっと消えてしまったのである。丁度、剣で切った時の感じに似ている。それには俺も我が目を疑った。

「ね? 怖くないでしょう?」

 母さんはそう言ってリトラに微笑みかけるも、リトラは首を振るだけで、顔を上げようとさえしなかった。

 その後も、兵士達は次々と現れては母さん達に襲いかかった。しかし、そのいずれもが歌い続ける母さんに触れる事はできず、近寄る側から次々と消えていった。それはまるで魔法を見ているようだった。もし“歌”という魔法があるのだとしたら、クラレリア母さんはその世界一の使い手に違いない。

「母さん、リトラ、大丈夫? 怪我してない?」

「ともかく逃げよう。直ぐに道を開けるから」

「逃げる? どうして?」

 クラレリア母さんは不思議そうに顔を上げた。

「どうして……って、お母さん、ふざけてる場合じゃないでしょ!?」

「……怖がってる子がみんなここに集まってきてる。名前も分からない人達だけど、放っておけないわ」

「だから……」

「ねぇ、ここに誰がいるの? リトラのお友達? それとも外からのお客様?」

 会話が噛み合っていない事に、ルアンはようやく気が付いたようだった。どういうわけか、クラレリア母さんにはこの亡霊達が見えていないのだ。見えていないのに、子供の心を見つけ出すのと同じ要領で、おかしな気配だけは感じているのだろう。

 母さんは未だ伏せ続けるリトラを抱いたままだ。そうせざるを得ないのだろう。リトラは怖がって、なかなか逃げようとはしてくれない。そんなリトラをルアンが感情に任せて𠮟りつけた。

「顔を上げなさい! いつまで伏せてるつもりよ!」

「ルアン、大きな声は駄目」

「でも……!」

 逆にクラレリア母さんにたしなめられ、ルアンは困っていた。彼女にしてみても、リトラを奪い上げてでもここから離れたいだろう。だけど、母さんはそれを望まない。大人が力任せに抵抗できない子供へ何かを強制する事をクラレリア母さんは嫌う。母さんはもう一度リトラに声をかけた。リトラが抱いている人形に手を添えながら。

「リトラが怖がっていちゃ、エナはもっと怖がるわ。エナはリトラが守ってあげなきゃ。お姉ちゃんなんだから」

 リトラはそれでも嫌がった。人形を抱く手、クラレリア母さんを掴む手、いっぱいの力でしがみつき、てこでも動きそうにない。

「……大丈夫よ、あなたにだってファロンお兄ちゃんやルアンお姉ちゃんがついてるでしょ。ね?」

「もう! いい加減にして!」

 そして、とうとうルアンが痺れを切らせた。

「母さんを巻き込まないで! あなたには見えてるでしょう!? あなたがいつまでも逃げないから、目を逸らしてるから、母さんまでこんな所に取り残されてるのよ!? 母さんは見えてないのに、どうしてあなたが教えて上げないの!? どうしてあなたが、いつまでも母さんにしがみついてるのよ!」

 ルアンはそう言って、無理矢理にリトラを母さんから引きはがし、抱き上げた。途端にリトラ泣き叫びだした。

「いや……いやぁぁ!」

「ルアン、止めて。嫌がってるわ」

「分かってるわそんなこと。でも避難が先でしょ!」

 ルアンの言うことは正しい。リトラを励まして怪我をしてたんでは意味がない。でも……

 理屈でそれが分かっていても、いくらそれを声高に叫んでも、クラレリア母さんに非難の目を向けられるルアンは辛そうだった。

「―――――――」

「お願いよ、母さん……どうして分かってくれないの? 今ここはすごく危ないの」

「……そうだとしても、家族を傷つけるような事を言っちゃいけないわ。……ルアン、あなた今、妹に悪意を向けた。言葉で家族を傷つけようとしたのよ」

 ルアンの膝が、力無く崩れ落ちた。世界の絶望を目の当たりにしたかのように。

 言葉を失ったルアンの肩で、リトラの嗚咽が聞こえた。



 ルアン達の話を横で聞きながらも、俺は亡霊を倒す役で手一杯だった。竿を振り一人を消し去れば、視界の奥に新たな二人が出現する。それ程に亡霊どもの数が多く、消した側から次々と湧いて出て来た。

 ……さすがに多すぎだ。元よりコイツらの出現は無差別で不規則的だったが、それにしてもその出現がここだけに集中するのはあまりにも不自然すぎた。何か目的があるのだろうと思う。だとすると……

「“指輪”……か?」

 それは先程から亡霊たちがしきりに口に出していた単語だ。ずっと引っ掛かっていた。俺の部屋に現れた貴族をはじめ、老若男女全ての亡霊がそれを探し、求めているようだった。それも常人ならざる執着を以て……

 この亡霊騒動の元凶があるとして、そいつ自身が“指輪”を求めているのかどうかは分からない。だけど、少なくとも何か関係があるようには思えた。

 けど、生憎俺は“指輪”なんて知らない。それらしいものを見た記憶さえない。勿論、ただの宝石の指輪なら母さん達でも身に着けているだろうけど……クラレリア母さんがしているのは夫ディオールから送られた婚約の証のみ。リトラに至ってはそういった本物の指輪に興味を示すような年ではない。人形を抱いたままの手に、それらしきものは見当たらなかった。


「くそっ……!」

 亡霊兵士達の勢いは否応なく激しくなっていく。対して俺の体力だってもう限界だ。ルアンを助けた時の傷が今更に痛み出してきた。

(早く離れた方がいい)

 頭の中に警鐘が鳴る。

(でなきゃ、俺が三人を守りきらなければ。俺以外、守ってやれる奴なんて誰もいない)

「うああぁぁっ!」

 振り抜く棹に息を込める。地を蹴る足に力を。振り抜く腕に速さを。相手を見据える目には魔の力を―――――――

 相手が消えるのを確かめもせずに、俺は次へと駆け出した。一人を払えば、返す手でもう一人にぶつける。手応えのない、輪郭を追うだけの“作業”を永遠と繰り返した。次々と、次々々次々次々次々次次々次次々々々……


[まるで殺人鬼よのぅ……]

 ――――その時、おかしな声が聞こえたような気がした。

 中年を過ぎた、独特の落ち着きを持つ男性の声。まるで偏見で人を笑うように、俺を指して“殺人鬼”と評した。

 亡霊が喋っているのか? だがこの声は“指輪”を求めては居ない。“指輪”に執着していない。代わりに、こちらをじっと観察している。

[何も見えてはおるまい。そなたが今何を打ったのかも]

「おかしなことを……!」

 切っているのは亡霊だ。母さん達に危害を加える、良くない存在……

 その証拠に棹が奴らに当たれば、何もなかったかのように消えていく。人であるはずがない。この世のものであるはずがない。俺は、再び亡霊目掛けて勢いよく棹を振り下ろした。


 ガツッ……!


 それは、決してある筈のないもの。そしてあってはならないもの。振り下ろした棹が、その時初めて手応えを伝えた。

 俺は恐る恐る棹の先に目をやった。

 叩いても消えない存在が、そこにあった。背を丸め、震える肩を抱き、地に投げ出されるようにうずくまっているのは――――――

 ――――――ルアン、だった……

「――っ!?」

 顔には痛みを堪える苦悶の表情。俺が振り下ろした棹の先が、彼女の肩口にめり込んでいる。慌てて棹を引き抜こうとするも、衣服に絡まっているのか、それは少女の肩から離れない。長く棹を握っていた手は固まったまま緩みもしない。「見ろ。お前がやった」と、俺を責めなじるように、いつまでも少女を打ち倒した棹を握って離さない。

「ああ……ぁぁぁ………っ」

 喉の奥から不気味な音が洩れる。それが、疲れ切って人らしい呼吸すらしていない俺自身の悲鳴なのだと気付くのに随分と時間がかかった。

[何を恐れる? 容易に躊躇いを捨てられるお前が]

「それが何になるっていうんだっ! 妹を、こんな風にしてまで……」

 その時、悪魔の嘲るような声が聞こえたような気がした。それを聞いたとき、軽い眩暈がした。身体と頭が疲労で悲鳴をあげているのが分かる。だけど、倒れてなんかいられない……倒れるわけにはいかないんだ……


「ファロンっ! しっかりして!」

 その時、思いの外近くから聞こえた声に、俺ははっとなった。それは紛れもなくルアンの声、それが俺をおかしな夢から覚めさせた。妹は無事で、今見た光景は夢幻。そのことに安堵を零した。

 視界の隅に亡霊の振るう銀光が閃く。もはやどうやってもよけられないと踏んだ俺は、咄嗟に身を翻し、その勢いで思いきり棹を持ち上げ、振りきった。かわせないまでも、こちらの攻撃が少しでも先に届けば、向こうの得物が届く間もなくコイツらは姿を消す。だから、“かわす”よりも先に“振る”クセがついていた。

 しかし――――――


「っ!?」

 ある時、棹をぶつけた筈の亡霊が消えなかった。

 棹が奴らの身体を通り抜けても、それでも亡霊騎士の姿はそこにあった。薄笑いを浮かべる騎士の振り上げた剣が月明かりを受け、より一層妖しく煌めいた。消えない亡霊に戸惑ったまま、俺の身体の反応は未だ鈍い。

 やられる! 瞬時にそう思った。その瞬間……


 ギィィィンっ!


 聞いたことのない音が鳴り響き、俺の目の前にマントの男が降り立った。

 その手で振り下ろしたのはあまりに大きな剣。今正に俺に向かって襲いかかろうとしていた亡霊を切り裂き、鉄幕を引き裂いたような音を鳴り響かせた。それは俺達が亡霊を“消す”のとは明らかに違って、確かな“手応え”が伺い知れた。

 この男は、斬れない筈のものを斬ったのだ。




 伝説によれば、その“英雄”に斬れないものはないと言う。鉄よりも堅い竜の鱗は勿論、誰も触れる事さえ出来なかった邪神すらも。この世に存在するありとあらゆるものを斬ることができたとされる。……そう、正に今この男がしてみせたように。

「シーザー……」

 小さく、その名を呟く。それがこの男のことなのか、それとも神話の英雄の名前のつもりだったのか、自分でもよく分からない。

 昼間の余興の時には鞘から抜くことさえなかった大剣も、今は暗い光沢を放ち刀身を晒している。その大剣を支えにするようにして、シーザーは体を起こし亡霊たちの群れへと向き直った。

「しっかりと相手を見据えろ。そうでなければ、本来干渉し合えないあれを斬ることはできない」

「い……言われなくても……!」

 シーザーに言われた言葉は、自分の胸に痛く刺さった。まるで、さっき見た夢幻の過ちを指摘されたような気がした。

 こんなことで落ち込んではいられない。後ろには家族がいる。俺は崩れた体制を立て直し、棹を構え直そうとした。しかし両足に思うように力が入らなかった。

「――――そこで見ていろ」

 そんな俺を見かねて、シーザーが言った。それは感情のない、まるで別の生き物が発するような声。

 大剣の柄に両手を掛け、構えの姿勢を作る。それでも切っ先は地面から離れない。そこから姿勢をさらに沈ませ、剣を振り上げた。その重さに任せるままに振り抜いた軌道は円。剣の仰ぐ風圧が数瞬遅れて巻き起こった。それは中庭を囲むフィーニ邸の壁に当たり、暴風となって庭全体を駆け巡り、この場にいた全ての亡霊達を叫び声のような不気味な音へと変え、消し去った。

 ……後に残った俺達はただ呆然とするしかできない。暴風が収まったあとには、全ての終わりを告げるような優しいく冷たい風が、俺の髪を撫でていった。




 この流れの傭兵は、フィーニ邸から避難してくる家族からここの異変を聞かされて駆けつけたのだと言った。そして、こう付け加えた。

「俺が倒したのはこの庭の一帯だけだ。おそらくまだ出てくるだろう。早く避難した方がいい」

「……って言っても、これ以上出て来ないみたいだぞ」

 シーザーが剣を振るってから、庭はいつもの平穏を取り戻しているように見えた。亡霊が現れる気配は無い。

 尋ねると、シーザーは静かに言った。

「元凶はおそらくまだ残っている」

「元凶?」

 聞き返すも、それ以上は教えてはくれなかった。本当に不思議な人だ。

 英雄と同じ名前を持ち、本来斬れる筈のないものを斬った男…… あり得ないと思いつつも、この男に神話の英雄像を重ねずにはいられない。

「ファロン」

 背後からクラレリア母さんが呼んだ。振り向くと、彼女はリトラを抱いて立ち上がっていた。足元には、力が抜けて膝をついたままのルアンがいて、信じられないというような様子でこっちを………おそらくシーザーを見ている。

「怖がっていた子がみんないなくなってしまったわ。その人のおかげ?」

「はい、……正直、彼がいなかったら危なかったかもしれません」

「そう。私達は逃げなきゃいけないのね?」

 母さんは未だ何が起きたのか、何が危険なのか分からない面持ちでいる。

「みんな港に避難してます」

「そう……

 リトラ、もう怖がることはないわ。目を開けてみて。怖い人達はまだ居る?」


 クラレリアがリトラを言い聞かせている中、俺は放心しているルアンの側に寄った。

「立てるか?」

「……平気……」

 言いつつも、その返事に活力はない。

「ファロンだって」

 そう問い返すのは気遣いか、それとも嫌な事を忘れたいだけなのか。俺はそんな彼女の様子にふぅと溜息をもらした。

「俺のはただ疲れてるだけだ」

「私も、少し……疲れた…」

 零れる微笑みも自虐的で、まるで弱々しい。

 でも彼女は泣かない。他の兄弟とは一線を画す大人びたプライドが、彼女を泣かせない。でも泣いていないだけで、その心はオルカ達と一緒だ。大好きな人を助けようとして、必死になって、でもそれが裏目に出て、信頼していた母さんにいっぱい叱られて……

 俺にだって覚えがある。掃除しようとして花瓶を割ってしまったり、鼠を捕まえようとして部屋を大いに荒らしてしまったりした。ルアンは小さい頃から賢くてそんなヘマは一度だってしたことがないから、……案外これが初めてのことだったのかも知れない。

 こんな時、俺はどんな言葉をかけてやればいいのだろう? あの時の俺は、どんな言葉が欲しかっただろうか? しかしうまい言葉が思いつかない。妹よりも経験を積んでいる筈なのに、何とも不甲斐ない兄だ。


「家族であれ、別の生き物だ。理解し合えない部分があるのも当然だ」

 そんな中、ルアンに声をかけてきたのは、シーザーだった。あの感情の無い表情と声で、ずけずけと他人の家族に忠告する様は、ルアンでなくとも反発を覚えた。

 ルアンもまた怒りを滲ませる。それがただの強がりでしかなくとも、決してシーザーに弱味を見せまいとするように。

「……あなたに何が分かるっていうの」

「分からない」

 シーザーは間髪置かずに答えを返した。

「だがそれで当然だ。人はいつか離れていくものだ。例え親であろうともな。フィーニの家族のあり方は他人から見ていても美しい。だがいつまでも続けていては醜く腐り果てる」

「何を言ってるんだよ。ルアンもリトラもまだ子供だ」

 俺は直ぐさま言い返した。そんな俺には一瞥をくれただけで、シーザーは再びルアンへと言葉を続けた。……いや、俺への返答を当然のようにルアンへとぶつけているのだ。

「自分を子供だというなら、己を愛してくれる者をよく見ることだ。自分とどう違うのか。何を想い、何をしようとしているのかを考えろ。家族に我が儘を聞いて貰うことだけが子供の仕事ではない」

 シーザーの言い方には腹が立った。だがそれは全てが正論のように聞こえて、何かを言い返そうと思うのに少しも隙が無い。


  ――――俺は兄さん達とは違うよ。


 俺に期待するオルカに対して、以前そう言ったのを思い出した。それは確かに俺の主張であり、この家族を誇りに思いながらも“海賊”を嫌っていた俺の本心でもあった。俺は、シーザーの説教に反感を覚えながらも、その実身に染みてよく分かっていたのだ。

 ……俺が何も言えずにいると、ルアンの手が動いた。地面を掻いて握った土を、怒りに任せるようにシーザーへと投げつけた。しかし土はバラバラになってほとんど彼に届きはしなかった。

「……家族がどうこうなんて、あんたに言う資格があるの?」

 二人はしばらく睨み合っていた。ルアンは忌々しげに、そしてシーザーは無感情に。しかし一触即発と言うにはあまりにも脆い。彼が再び剣を抜いてしまえば、戦いにすらなりはしない筈だから。それでも、ルアンは目を逸らさなかった。やがて最初に折れたのはシーザーの方だった。嘆息すらなく、目を伏せ顔を逸らした。

「港まで護衛する。ついて来い」

 俺達と、そしてクラレリア母さんにそれだけを告げると、彼は決して速くはない速度で歩き出した。

 クラレリア母さんの腕に抱かれたリトラは、いつの間にか眠ってしまっていた。

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