第3話 専属マネージャー

「…………は!?」


 最初に出てきた言葉がそれだった。

 頭が機能していない。

 なにを言っているのかさっぱり理解できていなかった。


「どういうことだよ。マネージャーって!」


「そのままの通り、私の専属マネージャーにならないかってことよ」


「告白じゃねぇのかよ!?」


「告白……!? なんで私があんたなんかに!」


 恥ずかしそうに顔をあからめていう。

 不覚にもかわいいと思ってしまった。


 だが冷静に考えてみれば当たり前のことだ。

 こいつが俺を好きになるはずがない。

 ごく普通のことなのだ。


「…………まったくだからあんたはモテないのよ。非モテ陰キャ」


「おい、その悪口はやめろ…………心がえぐられる」


「ふん…………」


 腕を組んで偉そうな態度をとる。

 仕方ないからその辺にしてあげる、といわんばかりの感じだ。

 まるで王のような態度。


 だからこそ思う。 

 やはりおかしい。

 こんなの姫花じゃない。別人すぎる。


「ていうか、どうしたんだよ。その言葉遣いとか行動。昔とは大違いじゃねぇか。お前らしくないぞ。俺の呼び名も昔とは違うし」


 そもそも俺のことをあんたと呼んでいなかった。

 前は宏樹、名前呼びだったのに。


「…………私にもいろいろあるのよ。5年もあれば人間変わるものでしょ」


「それにしたって変わりすぎだろ」


「まあ安心しなさい。私がこの態度なのはあんただけだから。他の人には優しく清楚を心がけてるわ。むしろ喜ぶべきね」


「喜べるかよ! 俺は別にののしられて喜ぶ変人じゃないわ!」


「私、これでも美少女よ」


「自分でいうのかよ!」


 事実だからこそムカついてくる。

 いつからこんなことになってしまったのだろうか。


「それにしても専属マネージャーか…………」


 詳しくはないが、若干ながらに知っている。

 専属というのは直属とは違い組織に属さない。

 特定の仕事のみに従事するのだ。

 簡単にいってしまえば専属マネージャーというのはその人個人のマネージメントをするということ。


 つまり、俺が今現在誘われているのは彼女自身のマネージャーにならないかということだ。

 専属契約というやつである。

 普通に考えたらおかしすぎる。


「もちろん専属マネージャーってことで報酬がでるわ。あんたの家、厳しいのは知ってる。結構、いい話だと思わない?」


「報酬か…………」


 俺の家は父子家庭。

 母親は俺が小学生の頃に他界した。

 そのショックで父親は仕事をやめて、一人旅に行ってしまった。

 一応、連絡はついていて仕送りとしてお金は貰っている。

 だが、量は当然多くはなく生活はギリギリである。


「ってそんなことどうでもいいわ。そうじゃなくてだな。どうして俺みたいな素人なんかにそんなことを頼むかってことだよ。お前ならもっとプロに頼めるだろ」


 そうだ。俺に頼むメリットがない。


「たしかに頼めるわね」


「ならなんで今更俺なんかに頼むんだよ。5年も話してなかったのに」


 5年もの月日があいたのだ。

 なにか裏があるかもしれないと疑ってしまう。


「それもこれも全部ひっくるめて前のマネが辞めたのが悪いのよ」


「辞めた…………?」


「そうよ」


 そういって話し始めた。


「私たちのアイドルはわかってると思うけど有名なの。だからすぐにどこでライブするとかテレビ番組に出ますとかすでに決まっていたりする仕事とかがあるのよ」


「おお…………」


 それくらい言いようがない。


「でもあのマネといったらそれをしっていながらいながら辞めちゃったのよ。結婚するからとかいう一番ダメな理由でね。もちろん他のマネを探そうと一生懸命、いまも探しているわ。でも、たぶん無理なのよ」


「え、なんが無理なんだよ。探せばいくらでもいるだろ」


「しらない? 私たちのライブがすぐの日曜日にやるのよ。スタッフの大半以上はそっちの方に力を注いでる。探すといってもすぐには見つからなさそうだからこうしてあんたみたいなのに頼んでるのよ」


 日曜日といえば今日が金曜日なので2日後だ。

 あとたった2日で見つけるのはほぼ不可能と判断したからこうして身内に頼んでいるというわけらしい。

 

「ってことはそのマネージャー超がつくほどの戦犯じゃねぇか!」


「そうよ。しかも私に黙って勝手に辞めてったわ。結婚って理由で辞めるのが怖かったみたいね。まあ、結局私にバレてるけど」


「最悪すぎる…………」


 なんて奴だろう。

 あった暁には一発ぶん殴ってやりたい気分だ。


「はい、これで全部の説明は終わり。とりあえず私が欲しいのはまじかに行われるライブの手伝いができる人。かつ私のおもちゃにしても問題ない人。これに一番当てはまってるのがあんたよ」


「後者の方はまったく理解できないけどな」


 考えてみれば他にも友達という選択肢はあったのだろうが、マネージャーになって欲しいなんて友達に頼むのも重すぎる。

 だから俺にまわってきたのだろう。


「一応、他にも仕事があるけど今回のライブが終わったらマネくらいは探せそうだし、ライブだけの手伝いをしてくれるだけでいいわ」


「それ、俺にできるのかよ?」


「スケジュール管理とかいろいろ重い方は他の人に任せてるからあんたの仕事は私の身近な管理だけ。どう?」


「…………」


 2日後のライブの世話をするだけでいいらしい。

 報酬も出ると聞く。有名なグループだ。結構はずんでくれるに違いない。

 少し上手い話だと思ってしまう。

 金には困っているのだ。


 だが、本当に俺がやっていいものなのか。

 わからない。

 すぐには決められない。


「まあ、今ここで答えを出されるのも酷か…………わかったわ。暗くなってきたし今日のところは終わりにしましょう。その代わり明日、私の家に来なさい。そこで話をつけるから」


「お前の家に…………」


 こいつの家にいくとしたら5年ぶりだ。

 いろいろと変わってしまっているだろう。


「じゃ、私はもう行くから」


 姫花はそのまま帰ろうとする。


「ちょ…………」


「待てよ。まだ話があるんだ」


 とっさに消えようとする姫花の手を取った。


「不意打ち…………」


 小声で姫花がつぶやいた。


「とにかくまだ行くなよ。まだ聞きたかったことがあるんだ」


「…………なによ」


「なんで俺に直接言えばいいのに手紙なんか面倒な手を使ったんだよ」


「面倒……?」


「そうだろ。口で言った方が100倍楽だ」

 

 手紙なんて封筒を買うだけじゃなく文字を書かなければいけない。

 口なら一発だ。 

 一言でいえば終わる。

 だが、姫花の反応は俺が想像しているものとは違っていた。


「この…………宏樹の馬鹿あああああああああ!」


 思いっきり顔面を殴られる。

 手を離してしまう。


「もう、しらない!」


 そのまま出て行った。

 屋上で俺一人にになった。

 さっきまでうるさかったはずなのに今じゃもの静かすぎる。


「なんだったんだ。姫花の奴…………」


 あわてて逃げて行った。

 あいつの行動が読めない。


「でも…………今の」


 あの瞬間だけは昔の姫花に見えた気がした。





 


 

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