第16話 理想?のために何をしよう(12月4日)

 森永の事件以来、頭から離れないことがある。


 森永は、あの後すぐに退社したそうだ。

 医療費、慰謝料……

 後始末は全て親がして、精神的に不安定な彼は病院通いをしている、なんて伝え聞く。

 情けなくもあるが、理想と現実との乖離に苦しみ、追い詰められて、多分だけれど、俺ももう少し繊細なら、同じ憂き目にあっていた気がする。


 俺は『でもしか』で、今の職業についた。

 だから最初から、大した理想も夢も無い。

 いい加減だから守りきれた。

 それと早めに子会社に厄介払いされた事実が、俺を俺のまま守っている。

 今更思う。

 理想の先生って何だろう?、と。


 初めの頃は、『正しく知識を伝える』ことが出来ればいいと思った。

 けれど、それすら満足に出来ないし、伝えるだけならコンピューターでいいや。

 なら、本校の『支配』と言う言葉は嫌いだし、『コントロール』にしておこうか?

 教室をうまく『コントロール』する事だろうか?

 でも、それをするに知識や技術の裏打ちが必要だ。

 暴力で『コントロール』するなど、あり得ない。

 いっそ、アンケート用に『人気』のみ追い求めても、やはり中身がなければ意味がない。

 結局全てが必要だと思った。

 ……

 難しい。


 大体、画一的に考えることこそ間違いで、教えるこちらも人間で、教わる生徒も、その後ろにいる親御さんごと人間だ。

 ただ生きるための金を稼ぐ仕事の、影響範囲が広すぎる件。

 俺には向かないなぁが、偽らざる感想だ。

 今年の教員採用試験にも、結局申し込まなかった。

 でも、ならばどうする?


 「何考えてるの、先生?」

 その夜、授業終了後にも考え込む俺に、声をかけてきたのは土屋はるみだ。

 はるみは相変わらずだ。

 終わったばかりの後期中間テストはズタボロだ。

 はるみは真面目だ。

 勉強もしない訳じゃない。

 でも、テストは出来ない。

 いつものパターン。

 おそらく最下位。

 だから、この時の俺の思い付きは、実際は『俺』のためなのか、はたまた『はるみ』のためなのか、それすらハッキリわからない。

 ただ、その気になってしまった。

 ただ、それだけ。

 「はるみ‼️」

 「ん?」

 「お前、冬期講習しない?俺と‼️」

 「はい?」

 意味不明な提案に、彼女は呆気にとられ……

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