第14話 壊すべき世界(10月30日③)

 また、森永が喚いていた。

 「……‼……‼」

 何か意味のあることを言っているのだろうが、聞き取れない程度に俺の方が冷めている。

 馬鹿馬鹿しいと思う。


 どうも『進学塾』と言う空間は異常だ。

 教師と聞いて誰もがイメージする、ドラマのような先生にはなれない。

 いや、一般の学校でもそれは同じで、『教えること』はサラリーの元。給与のためと割り切ればその通りなのだが、塾はこれがもっと顕著だ。

 塾生は、授業料を収める『お金の元』で、実績をアピールするための『道具』でしかない。

 そのために教えるのだから、もちろん手抜かりなく教えるけれど、零れ落ちるもの、いらないものに対する優しさは皆無だ。

 同じことが雇われている教師側にも言えて、過剰な負荷をかけて成長を促すか、使い潰す存在でしかない。

 うまく育てば有名講師として塾の発展に一役買うし、そうならないならいらない、単純明快だ。

 森永はバランスを崩している。

 勉強しなくても出来たことを過信し、周囲に追いつかれて混乱する似非ヤンキー・武佐と同じだ。

 彼がいったんは主任に上がったこと自体間違いみたいなものだが、本人だけは納得出来ない。

 こんなはずはない。

 世界の方がおかしいと荒れ狂った。

 「ちくしょう‼誰も彼も馬鹿にしやがって‼」と荒れ狂う、森永の前にいるのは半井芙亜那だ。

 大層プライドが高いからこそ、媚を売ってでもAクラスを維持しようとした彼女だ。

 何で森永の地雷を踏んだのかわからないが、周りにいる他の生徒達も動揺している。

 だから、こんなことをしなくとも森永がクレームその他で、今いる場所を失うくらい、規定された事実だったが、

 「おい、待てよ」と、気付いたら間に入っていた。

 「何だよ‼金原‼」

 「今度は女の子にまで手を挙げる気か?最低だぞ、お前。」

 「何‼」

 わざとした挑発に乗ってくる。

 さすが今風と言うか、何人かがスマホを構えていることも知っている。

 はめるような真似をして、

 『悪いな、森永』と思っていた。

 ただこのままここにいても、彼も、生徒達も幸せにはなれない。

 だから、壊す。

 すまない。


 「うるせえ‼」

 森永の拳が鼻っ柱に入って、ガクンと膝が落ちる。

 ボタボタ鼻血が落ちたから、折れたかもしれない。

 「はは、手を出しちゃったな、森永。」

 「え?」

  本当はこんな悪役めいたセリフ、言いたくないけど。

 「俺は学生じゃないし、今は子会社とはいえこの塾の教師ですらないぞ。お前をかばう理由もないし、俺は出るところに出るからな。」

 「う……」

 「『馬鹿にされたから暴力を奮いました』は、絶対に通る理由じゃないぞ。」

 追い詰めたのは環境だ。

 歪んでいたかもしれない。

 けれど、森永の歪みが正面に出た理由は今いる環境に由来する。

 だから、これ以上……


 変な犠牲者が出ないで良かったと思いたい。

 俺の鼻は折れたけれど。

 殴られたせいなのか?

 音が頭の中で反響している。

 ワンワン‼と、いい年をした男である、森永が声をあげて泣いている。

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