第4話 夏の暑さより梅雨のじめじめの方が苛立ちます(6月25日)

 塾の先生になって、3か月近くが過ぎた。

 夢や希望があって始めた仕事ではないが、上手くいかないのは苛立つ。


 「なあなあ、大ちゃん」と、ニヤニヤして声をかけてくるのは、Aクラスの男子2名だ。

 変な話、塾は勉強さえ出来ればいいのだから、多少チャラついていようが構わない。Cクラスなら怒られるが、Aクラスの15位と17位なら、全く問題とされない。


 『大ちゃん』呼びもむかつくが、学校の規則ギリギリなのだろう、短髪を必死で気遣っている痛々しさごと、思春期の自分を思い出していたたまれない。

 この2人と、8位の似非ヤンキー少年が、いわゆる調子づいている3馬鹿だ。


 彼らの後ろでニヤニヤしている芙亜那が見えた。

 どうやら糸を引いているのはこいつらしい。

 こいつは4月が29位、5月が30位、6月(5月末にテストした結果)が26位だった。


 26位って、しょせん後ろから5番目じゃないかと思うものの、こいつは調子に乗っている。

 原田に媚を売ったことの効果があったと思ったかもしれない。

 なんにせよ、救いのない娘だ。


 この仕事をして3か月。

 授業をし、生徒達と関わって思うことは、

 『社会科は不利だ』と言うこと。

 社会は暗記教科と言われる。

 本来それ以外に目を向けていくのが学問の本筋でも、中学生程度に優劣をつけるのなら暗記が1番。

 高校受験を目指して暗記している塾生と、キャリア数か月の教師では、むしろ生徒の方が覚えているよ。


 その上俺は、『でもしか』だし。


 彼らは質問という名の喧嘩を吹っかけてきた訳だが、下手に誤魔化した方が面倒くさい。

 「知らね」と答えて去ろうとした、瞬間。

 「このガキ‼貴様、なめてんのか‼」と、どすのきいた大声が響いた。


 俺も、ガキ共も、ハッとして振り向く。

 ちょうど1階に降りる階段の付近で、Aクラス8位と同期の森永がもめていた。


 「いや、俺は別に……」

 あまりの剣幕に縮み上がってしまっている。

 普段のチャラついた様子は影を潜め、8位は『いやいや』するように首を振る。


 「普段から舐めた態度取りやがって‼」

 森永は完全にキレている。怒鳴りつけながら8位の胸をドン‼と押す。


 彼は階段ギリギリまで追い詰められた。


 「えっ?ごめんなさい‼押さないで、先生‼」

 半泣きで謝るその胸を、情け容赦なく森永が押した。


 人が人を、意図して階段から突き落とす様を初めて見た。


 「お‼おい‼大丈夫か、お前‼」

 俺が踊り場まで駆け降りるのを、鼻息荒く森永が見ていた。


 空気がピンと張りつめて、息苦しい……

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