第1話 始まりの昼(4月1日)

 金原大地(キンパラダイチ)、22歳。

 本日より『先生』です‼


 学習塾の勤務時間は、事務員含め13時半から22時半だ。

 塾に来るのは学校の後、夕方からだし、問い合わせ電話もこの時間帯に集中するので、こういうことになるらしい。

 

 ……

 まあ、仕方がない。

 人によってはそれまでの友人関係が継続しにくくなるために、退社の原因にすらなるらしい。

 休みも土日ではなく、月火だしね。

 

 俺は……

 関東の大学を卒業し、今は地元。

 直前の人間関係に配慮する必要もなく、まあ、諦めがついた。


 初日だし、13時頃には本社ビルに着いた。

 恰好はスーツにネクタイ。

 個人塾の先生だとジャージとか動きやすい普段着が主だが、俺が入社した中堅の塾(その地方に数10軒の教室を持つ程度で、全国区ではない)だと、

 『先生は生徒に憧れられる大人でなければならない』とかいう理由で、スーツなんだよね。

 鼻で笑うわ。


 だって、量販店で一式1万円以下のスーツ、しかも2着目からは更に割り引かれるような庶民派スーツで、あ・こ・が・れって?

 いつの時代の寝言だよ、と言いたい。


 入社式は、本社ビルの1番大きな部屋で行われた。

 同期は50名ほど。

 中堅の学習塾として、多いのか少ないのか、よくわからない。

 『辞める人が多いから多めに採用する』なんて、ブラック1歩手前の情報もある。

 

 まだ……わからない……


 いろいろなお偉いさんが出てきて話をするが、おおむね聞き流していた。

 50名もいると、同期も簡単には把握できない。

 俺の近くにいたのは……

 

 初日だから、みな簡易的なネームプレートを付けていた。

 

 隣が、

 『森永康太(モリナガコウタ)、理科』。

 がっちりした体格の、まつ毛の長い、濃い顔の男だ。

 浪人とか留年とか、大学院卒とかあるから一概には言えないが、同じ22歳くらいと思う。

 目がギラギラしている。

 面倒で死んだような目をしている、俺とは大違いだ。

 情熱的な男らしい。


 斜め前が、

 『原田祐輔(ハラダユウスケ)、数学』。

 こちらは痩せすぎでヒョロっとした体格の、明らかに年上な、30歳くらいの男だった。

 オドオドした気弱な雰囲気。

 中途採用かもしれない。


 逆隣りが、

 『吉野由紀奈(ヨシノユキナ)、国語』。

 やっと異性だ。

 小柄で、整った顔立ち。

 『やったぁ‼当たりだ‼』と、内心盛り上がる。

 おとなしそうな印象だが、美人はありがたい。


 俺は、大学時代彼女がいたし、やることはやった。

 男だしね。

 ただ、俺が就職で地元に戻ることとなり、

 「じゃあね」とお別れして、それっきりだ。

 

 彼女も地方の人間だったが、東京で就職を決めた。

 遠恋する気力など、お互いにない。

 まあ、その程度の関係だったのだろう。


 だから、

 『女の子は大歓迎だよ』と思う、俺の胸についているネームプレートは?

 『金原大地(キンパラダイチ)、社会』だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る