でもしか

@ju-n-ko

プロローグ 明日から俺は(3月31日)

 『でもしか先生』と言う言葉を知っているか?

 

 俺は知ってる。

 俺のばあちゃんの頃の話らしい。

 

 1945年に太平洋戦争が終わって、国が混乱して、復興して、高度経済成長になって……

 この頃、学校の先生が不足したらしい。

 

 で、

 「先生にしかなれない」

 「先生にでもなるか」と、学校教員になった先生達を総称する言葉なのだ。


 まあ、侮蔑だ。

 真面目に先生をしている人間からは、いい迷惑だったと思う。

 「でもしか先生だから使えねぇ」とか、

 「戦後のどさくさで教員になりやがって」とか。


 ばあちゃんは、この時代の先生だった。

 ……

 いやいや、死んだみたいな言い回しだな。

 ばあちゃんは健在だ。

 2か月に1回は旅行に行って、日々を楽しく暮らしているぞ。


 サラリーマンの親父、パート従業員のおふくろ。

 1番の問題は、大学まで出してもらった俺自身なんだよね。


 俺には具体的な夢がない。

 「大きくなったら何になる?」と聞かれて、

 「会社員」と答えるタイプ。

 スポーツ全般、出来ないこともないが意識してやるほど……例えば進学の役に立ったり、職業になったり、しない。

 正直そこまでのめり込めない。

 

 趣味はフィギュア作りやプラモ作り。

 手先は器用だが、まあ、ただの趣味である。


 人間関係はうまくやれる。

 波風は極力立てず、しかし男だからな、譲れないものは譲らない。

 まあまあ無難な、及第点だろう。


 大学は入れたから通った程度。

 『特にこの学校じゃなければ』とか、

 『これを学びたいから』とか理由はない。

 

 社会学部。

 理由はない。


 ただ教職だけは取っておいた。

 でもしか先生、だ。

 なりたいわけじゃない、保険のつもりだったけど、ばあちゃんの頃ならいざ知らず、現在はこういうのが通用する程甘くはないのだ。


 社会科教員の免許はある。

 採用試験は全滅した。

 まあ、仕方がない。


 だからって、大学院に進学して就職の機会を伸ばすほど、家に余裕もなく、俺に気力もない。

 普通の会社?

 出遅れが響いて目ぼしいものは残っていないぞ。

 

 結果、深く考えることもなく、いまだに募集が残っていた塾を受け、すんなり採用の運びとなった。

 

 まさしく『でもしか先生』だ。

 はっきりと『なりたい』意思はないが、教員採用試験に気力を全振りしていた以上、教える仕事が最適と思った。


 明日4月1日から、俺は『先生』になる。

 何が出来るかわからないが、まあ無難にこなそうと思う。

 中学生相手の学習塾だ。

 大して難しくもないだろうと、若干舐めた気持ちもある。


 蓋は……

 開けてみないとわからないのだ。

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