第二章 第四話
ニールトンを出たあとは、いよいよ聖賛地ヘイラのある大陸へと渡る。
ヘイラは陸の孤島になっている。その昔、世界の気候がいまよりも数十倍は寒かったころ、氷河で崖が削れて、そこだけ離れ小島になったのだ。
右手を曲げて、左が空いている円形を形づくる。北西部の湾の形状だ。その中心にあるのが、ヘイラのある島だ。渡るには、本大陸から渡されている大橋を行く。一本は北の方角から、もう一本は南の方角から、ヘイラに向かい大橋が渡されている。ウルルたちは大陸中西部のノールリオスからヘイラを目指すので、南側の大橋を渡ることになる。
さすがにヘイラ付近まで近づくと、ほかの巡礼者を見かけるようになる。だれもがそれとわかる服装だ。みな聖者で、スヴィカと同じような黒衣姿なのだ。
大橋へ至る道――ヘイラ
「聖地が近くなってきたので、頭が痛いですね」
巡礼者向けに食事や、登山靴などの備品を販売する簡易小屋が立ち並ぶ通りを歩きながら、スヴィカが側頭部を押さえる。
「ウルルはなんともないですか?」
問われても特に変化はなく。ウルルは静かに首を振った。
「聖賛地は強力な聖の力――ヘイラグを放っています。強すぎる聖の力に当てられて、頭が痛くなったり、吐き気をもよおしたり。体調が変化する人もいるんですよ」
見ればあちこちで、座り込んで頭に氷嚢を当てたり、寝袋を枕代わりに体を横にしたりしている聖者たちがいる。
「聖者でも、あんなふうになってしまうんですね……」
聖者ならばヘイラグと相性がよさそうなのに。あまりにも強すぎる聖の力に、圧し負けてしまうものらしい。
「あなたの場合は呪いの力が、聖賛地のヘイラグを中和しているのでしょうね」
スヴィカがそう見立てる。ウルルの呪いは、世界最高峰の聖地が放つ力に対抗しうる力ということだ。ほめられても、まるで嬉しくはないが。
「出発は明朝です。まだ陽が昇るまえに出ますよ。いまのうちに、しっかり体を休めておきましょう」
(明日からはもっと、ヘイラに近づくんだ……)
まだ陽は完全に沈みきらない。簡易宿泊施設へと向かいながら、ウルルは気を引き締める。
ヘイラに近づき、いよいよ依頼人にウルルを引き渡す段階になったら、スヴィカは聖者の仮面をかなぐり捨てるだろう。そうなればもう、ウルルの味方はしてくれない。依頼人に利用されないよう、自分で自分の身を守る必要がある。
ヘイラに入ってからなのか。あるいは、依頼人と出会えてからなのか。どこでスヴィカの態度が豹変するかわからないのが、おそろしいところだ。
後方で、ああっと悲鳴のような声が聞こえた。おい、どうしたと周囲がにわかに騒がしくなる。ウルルたちがいま通ってきた商店通りを戻ったあたりで、騒ぎが起こっているようだ。
ここからでは様子が見えない。なにがあったのか気になるのだろう。飲食店の軒先に腰かけていた聖者たちが席を立ち、様子をたしかめに動き出す。野次馬が次から次へと席を立ち、あとに続いた。
「私たちも行ってみましょう」
スヴィカもただならぬ気配を察知したようだ。うながされて、ウルルもいまきた道を戻りはじめた。
そのとき、ぴぃんと頭のなかの弦をはじかれるような、妙な感覚がした。獣の本能がウルルに危険を知らせている。ウルルの感覚が自然と、兎のものに切り替わった。
切り替わった瞬間、ひどいにおいにうっと呻いて、鼻さきをシャツの袖で覆った。布越しでも、なお臭い。鉄臭いにおいだ。鉄というよりは、もっと生々しいにおいの気がする。
血だ。これは血のにおいだ、とウルルは気づいた。
商店通りの途中で進めなくなった。そこだけものすごい人だかりができているのだ。ここが騒ぎの中心だろう。一体なにが起こっているのか。ウルルとスヴィカは人ごみをかきわけて、輪の中心部分が見える位置まで来ると、首を伸ばして様子をうかがった。
人が倒れていた。お店の人に抱きかかえられて、水を飲ませてもらっている。黒衣を着た聖者だった。
聖者はひどいけがをしていた。彼は首筋、右腕、左脚に裂傷を負っているようだ。黒衣の表面に血の染みが広がっている。先ほど感知したにおいの正体はこれか、とウルルは思い当たった。
「みな……さん……。はやく……聖地に……」
水で喉を潤し、しゃべれるまでに回復したらしい。手負いの聖者は警告をうながす。
「聖地に、向かって……。ブルーガが……来ます……」
ブルーガと聞いたとたん、周囲から驚嘆の声が上がる。
「あんたこの傷はまさか……。ブルーガにやられたのか?」
肩を支える店主の問いに、聖者は小さくうなずく。
「北の大橋へと渡る道の途中で、ブルーガに襲われました……。聖者がヘイラに集う日を待ち構えていた……のだと……」
聖者はそこで激しくむせる。手で請い、店主に水を含ませてもらっていた。
「北では、多くの神官が犠牲に……なりました。私はなんとか逃げ出し、南に警告をと思い……」
「あんた、このけがでなんて無茶なことを……」
店主が気の毒そうな顔をする。伝えるべきことを伝えると、聖者は苦しそうに顔をゆがめて沈黙した。
様子を気にして集っていた人たちは互いの動向を短く確認しあうと、三々五々、散っていく。荷物を背負い、聖者の警告どおり、聖賛地を目指しはじめた。
「ブルーガか……。しかしなぜいま……」
スヴィカが忌々しそうに顔をゆがめる。
「その話が本当ならまずいことになります。ウルル、出発を早めましょう。このままヘイラに向かいます」
「このまま……ですか⁉」
おどろくウルルをよそに、スヴィカは急いで歩き出す。ウルルもあわててあとに続いた。
「ブルーガのこと、聞いたことがあります。もとは獣人なんですよね?」
「ええ。獣人から派生した生き物です。人の血を好んで吸います」
「それも聞いたことがあります。けど、それは大昔のことで、もう人はおそわないって……」
ブルーガは獣人の派生生物で、少数民族だ。岩場の洞窟などに集落を形成している。人里に下りてくることはあまりない。
種族の起源が同じ獣人を、ブルーガは同族とみなしている。そのため獣人はおそわない。
ブルーガが人の生き血を吸うのは、栄養素として必要だからではない。酒などの嗜好品に近い感覚らしい。ブルーガは本来、人の生き血など吸わなくても生きていけるのだ。
ヘイラの強い指導のおかげもあり、彼らは人間と共生の道を選んだ。吸血の習慣は数百年まえでやめにしたらしいというのが、ウルルがブルーガについて知っている情報のすべてだ。
「あなたもさきほど見たでしょう。実際にブルーガにおそわれたという人を。なんらかの事情で、ヘイラとの協定を破ったんです。人の生き血を吸わないという約束を守り続けるなら、住処は奪わないし、またこれまで人をおそったことは不問にすると、ヘイラと交わした協定です。それでここ数百年はおとなしくしていたんですがね」
血の味が恋しくなってしまったんだろうか。でも、それは変だとウルルは思いなおす。ブルーガは人間並みの寿命だったはずだ。数百年まえに味わった人の生き血の味など、なつかしむ者がいようはずもない。一族に伝え聞こえる話に興味を惹かれて、再び吸血を試そうとする不届き者がいるのだろうか。
「急ぎましょう、ウルル。ブルーガはヘイラ道に生えているどくだみのハーブを嫌います。だからヘイラ道にさえ入れば、もう追いかけてはきません」
そのため、ヘイラ道を目指して人が殺到しているらしい。
「人の生き血とは言っても……。ブルーガは誰彼構わずおそうわけではありません」
忙しなく歩を進めつつ、スヴィカが補足する。
「彼らはね、グルメなんです。神官の血だけを吸うんですよ。徳の高い聖者の血ほど好まれる。なんでも、ヘイラグのにおいを嗅ぎ分けられるのだそうです。体にどれくらいのヘイラグが溜まっているかを嗅ぎ分けて、その量の多い者を狙う。ヘイラが協定を結んで、神官たちを保護しようとするのがよくわかります」
スヴィカが聖衣のポケットに手を差し入れて、なにかを取り出す。黒い塊を目にして、ウルルはぎょっとした。
「スヴィカさま……。それ……」
手に握られていたのは、小型の銃だ。
「護身用です。神官の一人旅には、危険がつきまとうのでね」
歩きながら、スヴィカは弾倉を一度抜き、弾が入っていることを確認したあとでまたもとのように戻した。ポケットに銃をしのばせる。銃を操る手つきが慣れていた。
ヘイラ道の入り口へと行進する聖者たちに囲まれている。皆、わき目も振らずに足早に歩く。競歩大会でもしているかのようだ。スヴィカの速度について行くのが精いっぱいで、ウルルは足がもつれそうになった。
あの、倒れていた聖者。あの人は自力では逃げられないのに、置いていってしまって大丈夫だろうかと心配になる。
兎の耳が、遠くのほうから聞こえる足音をとらえた。足音は複数名いる。それも、数十人規模だ。体積の大きな体でどかどかと地面を踏みしめる、野蛮な歩み方だ。
ブルーガたちがやって来たのだ。
「聖者さま。やつらが来ました」
ウルルは思わず歩みをゆるめる。
「ウルル」
スヴィカは顔をしかめる。さきを急げとウルルに催促しているかのようだ。
まわりには聖者が大勢いる。ブルーガはその足音からして、ここにいる人たちよりも数が多そうだ。おそわれたら一網打尽になる。
ウルルの足が、とうとう止まった。
「ウルル?」
スヴィカの声があせりで上ずっている。
「スヴィカさま。みんなを助けないと」
「助ける?」
「はい。俺たちで囮になりましょう。ここの人たちが全員、無事にヘイラ道に入るまで。ブルーガを足止めするんです」
「な……」
スヴィカが言葉を失っている。
「なにを言っているんですか……! ブルーガと張り合おうだなんて……!」
「でも、それが一番いいと思うんです」
ウルルは獣人だ。いまは耳と尻尾を隠しているが、獣人であることがわかれば、ブルーガは捕食対象にしない。それに、ブルーガがヘイラグに反応して聖者だけをおそうというのならば、スヴィカだってなんの影響もないはずだ。スヴィカのヘイラグの量は常人並みで、あったとしても、ほとんど意味がないくらい微量なはず。やはりブルーガに生き血を吸われることはないだろう。
ここはブルーガにおそわれる危険のない自分たちが残り、足止めをするほうがいい。
「ウルル。馬鹿なことを言わずに逃げるのです。ブルーガは獣人よりも獣に近いんですよ。あなたでは歯が立たない」
「でもっ……」
ウルルは歯がゆさで唇をきゅっとゆがめる。
本当はスヴィカだって、自分が狙われないことくらいわかっているだろう。けれど人をだます最低な詐欺師だ。面倒なことに巻き込まれるまえに、さっさとヘイラに向けて出発してしまいたいという気持ちで、こうしてウルルを急かしているだけなのだ。
そのことを指摘できない。指摘すればウルルが、スヴィカを偽物の聖者だと見抜いていることがばれてしまうからだ。
説明したいのにできないもどかしさで、ウルルは全身がむずむずした。
「でも、ヘイラとの協定を破った理由を確認しないと」
スヴィカの返事を待たず、ウルルはもと来た道を駆けだした。
「ああっ! ちょっと、ウルル……⁉」
あとからスヴィカが追いかけて来るのを、気配だけで感じた。スヴィカは自分を追いかけるしかないだろう。荷物である自分を失うのは、ぜったいに避けなくてはならないから。
自分たちが囮になるのが一番いい。おそわれる心配のない二人で、どうしてブルーガが協定を破ったのか確認して、ヘイラに報告しなければ。
ウルルは正義感で動いていた。それと不思議なことに、正義感ばかりでもない気持ちがあった。スヴィカを困らせて、ざまあみろとあざけるような気分でもいたのだ。そんな意地悪な気持ちになるなんて、と自分でもおどろいた。
スヴィカは聖者ではない。だから、ブルーガと相対しても、なんてことはないはずだ。でも、彼は真正面からそうとは言えない。このさきもウルルに対して嘘をつき続けなければいけないからだ。本当は引き返させたくないのに、足を止めないウルルを真実で説得できない葛藤にもまれて、せいぜい困るといい。そんな気持ちだった。
(俺は……それほどスヴィカに怒っているのか)
聖者を騙るスヴィカにだまされたことで、傷ついている。怒っている。スヴィカのことを救世主のように思い、その気持ちが裏切られたことにショックを受けていると、ウルルははじめて自覚した。
戻った場所に、すっかり人気はなかった。聖者たちは全員、ヘイラ道を目指したらしい。けがをした聖者も保護されたのだろう。
よかった。まずは安心して、一瞬気が抜けた。その一瞬の隙に、ウルルは背後から羽交い絞めにされた。
(な――⁉)
そのままひょいと抱え上げられる。
どうやら相手の身の丈は、ウルルよりも頭三つ分は大きい。体も横に大きく、抱きつかれたらウルルの体はすっかり隠れてしまうのではないかと思えた。
これだけ大きな体躯なのに、近づいてくる足音もしなかった。ウルルは羽交い絞めで抱き上げられたまま、どこかへと連行されていく。
ブルーガは人間を狙う狩人だ。獲物に気づかれないように近づく術など、心得ているだろう。ブルーガの歩みはうるさいと先入観で決めつけていたために、気づくのが遅れた。
ウルルはブルーガ族にとらわれ、簡易宿泊施設のなかへと連行された。スヴィカも同じように羽交い絞めにされて、運ばれてくるのが見えた。
簡易宿泊施設は石造りで、扉で締め切られてはいない。入口や窓がくり抜かれ、吹き抜け部分が多くなっている。
なかにはブルーガの仲間が大勢いた。目算で三十人はいるだろうか。聖者のための宿泊所を占拠して、酒を片手に大騒ぎしている。
ブルーガは大柄だ。縦にも横にも、標準的な人の三割増しといったところだろうか。髪の毛はなく、まるで岩石が人型になったかのような見た目をしている。頭部には丸いこぶ状のものが浮き出ていて、獣の耳が退化した痕跡が見て取れる。肌の色は緑色で、鼻はひしゃげて、歯は鋭く尖っている。
いかにも凶暴そうな成りの男たちが、部屋にたむろし、狩人の帰還を拍手喝采で迎えた。
「ようやく一匹、聖者さまをつかまえたぜえっ……!」
「逃げた獲物にチクられたか。早く追いかけてって殺しとくべきだったな」
「まあーいいじゃねえか。一匹でも成果がありゃ、わざわざこっちまでまわってきた甲斐があったってもんだ……!」
嗄れた声がげらげらと下品な笑い声を上げる。声の大きさに、ウルルはおののいた。
ブルーガの狩人は仲間のほうにスヴィカとウルルを突き飛ばす。仲間は二人にすばやく縄をかけて、一本の柱に縛りつけた。狩人たちは手柄を称えられ、仲間から投げて寄越された酒瓶から直接酒をあおり、祝杯をあげる。
ブルーガ族の連中は、スヴィカを本物の聖人だと思い込んでいるようだ。十二年に一度の祈念大祭を目前に、ヘイラ道の手前にいるくらいだ。若くして相当に徳の高い人物だろうと誤解されていることは、想像に難くない。
「さっそく恩恵を受けさせてもらうかあ。なあ、聖者さんよお」
「この若さで聖地入りなんざ、よほどの徳を積んでいるらしい。俺たちの寿命も十年は延びるな」
左右からブルーガの男たちに迫られて、スヴィカがぐうっと喉を鳴らす。両腕は後ろで拘束されたうえで、柱に縛られている。抵抗したくとも、ウルルも体ががちがちに固められてまるで身動きができなかった。
「そんじゃ、さっそく味見するかね」
「俺のぶんも残しとけよっ……!」
「ああ。体がかさかさに干からびるまで、吸いつくしてやろうぜえっ」
ブルーガがスヴィカに迫る。
「くそっ……! 近づくんじゃねえよっ! くせえ雑魚どもが!」
スヴィカは相手を口汚く罵りながら体をよじり、左右正面から迫りくる吸血人から逃れようと、必死に抵抗している。
(スヴィカが、噛まれる……!)
本当に体からいっさいの血がなくなるまで吸われ尽くして、それでスヴィカは死ぬ。
(だめだ)
だまされていたことは、恨んでいる。怒ってもいる。だからといって、スヴィカの死を願うのは間違っている。目のまえにいる人が。ウルルが助けられる人が、死にかけている。
「待って……!」
ウルルは大声で、餌に食らいつかんとしたブルーガを制した。
「その人は、本当は聖者さまじゃないんですっ……!」
ウルルたちを取り囲むブルーガが、いっせいに首をかしげる。
「本当です。その証拠に……。腕の聖者の刻印は偽物。お酒をかけたら消えます」
ブルーガの一人が乱暴に袖をたくし上げ、酒を口に含むと、腕に向かってぶうーっと霧状に吹きつけた。赤褐色の紋様が、見事に薄まっていく。ああっと、ブルーガたちから驚嘆の悲鳴が漏れた。
「ね? だからその人の血を吸っても、なにもいいことないですよ。人をだましてお金を稼いでいる、徳とは程遠い人だから」
「だったら」
ブルーガの一人が問う。
「どうしてこいつから、ヘイラグのにおいがするんだ?」
ウルルは首をかしげた。
「だって、ヘイラグは普通の人のなかにもすこしはあるから……」
ブルーガは大仰に首を振る。
「いやいや、そんなカスみたいなヘイラグなんて目じゃねえ。聖者と同じくらい、におってくるぜ?」
(どういう……こと……?)
スヴィカは偽物の聖者のはずなのに。これにはウルルは困惑するしかない。
「と、とにかく。この人は偽物なんです。本物ならどうして、わざわざ腕の刻印を入れるんですか?」
ブルーガは生返事をする。納得したというよりは、難しいことを考えるのが苦手らしく、ウルルに同調しただけのようだ。
「まあいい。だったら……」
ブルーガはウルルの首根っこをつかむ。
「最高のデザートはあとだっ! おまえから血を吸ってやる!」
「ま、待って……!」
耳を見せないと。だが、手がふさがっていて自分では下ろせない。
「待って! 俺は獣人なんだっ……!」
フードを下げて、耳を見て。ウルルはなおも叫ぶも、興奮して雄叫びを上げるブルーガ集団の声にかき消されて、だれの耳にも届かない。
「ブルーガを止めるなんざ……。だから、無茶だと言ったんだっ……!」
柱越しに背中合わせのスヴィカが、そう吐き捨てるのが聞こえた。
わあっとブルーガたちがウルルに殺到する。我先に血を吸おうと、柱のまえに詰めかける。ブルーガたちの押し合いへし合いで体がつぶされそうになり、苦しい。ウルルは声なきうめき声を上げた。
もとは獣人から派生したのだとは思えない。ブルーガ族は、自分とはまるで違う生き物だ。体躯も、力の強さも違い過ぎる。ウルルからヘイラグの香りがしないことなど、お構いなしのようだ。ひさしぶりの獲物にぎゃあぎゃあと興奮する姿からは、もはや理性が感じられなかった。説得の通じる相手ではない。
戻ってきたのは、間違いだった。囮になるなんて、無謀すぎた。
ウルルが、自身の軽率な判断を後悔した瞬間――。
胸の奥から、バルブンが飛び出てきた。
黒い帯状の霧は、まとわりついていたブルーガたちの体を貫通し、縦横無尽に部屋のなかで跳ねまわる疾風となった。四本に分かれた霧は、部屋の四隅に走ったかと思うと、螺旋を描きながら、ひとまとまりに収束していく。
黒い霧が暴れる。ブルーガの腕に、脚に、次々と絡みついては命を吸う。バルブンの動きを、ウルルは制御できなかった。
命が脅かされる恐怖を感じた。それでうっかり、ウルルの心の鍵がはずれて、呪いが飛び出してきたのだ。解放されたバルブンは絶好の機会に、まわりに大勢いる餌に食らいつく。食らいついて命を吸う。
「逃げてーっ! みんな、俺の呪いに殺されるっ……!」
ウルルはせめてもの警告をうながす。
バルブンに体をつかまれていない者は、脚をもつれさせながら出口へと殺到する。脚や腕など、黒い霧に体の一部を拘束されているのは……合計で八人。八人のブルーガは蜘蛛の糸にとらわれて力を失った虫けらのように、床に倒れ伏したままだ。バルブンに命を吸われはじめており、自力ではもう、立ち上がることさえできない。
「だめ……。だめだーっ」
戻れ、戻れ、戻れ――!
ウルルは頭のなかで必死に、おのれの両手が鎖を持っている姿を思い描く。その鎖のさきは、バルブンの首輪につながっている。ぐんっ、と一気に引いた。けれどバルブンは微動だにしない。解呪に成功したときに呪いを引き戻したやり方と同じようにしているのに、今度は、なぜかうまくいかない。
それはたぶん、ウルルの心がすっかり恐怖に支配されてしまったせいだ。おのれの制御からはずれた呪いを引き戻せると、ウルル自身が信じられないでいる。だからいくら呪いを引き戻すところを思い描いても、力が呪いに作用しない。
「戻らない! どうしようっ……」
今度こそだれかを、自分の呪いで殺してしまう。
望まなかった最悪の事態になる。自分の呪いで人を呪い殺してしまったら――。
このさきウルルは、どうやって生きていったらいいのかわからない。自分で自分を許せずに、呪いのことをますます、おそれるようになる。また自分だけではなく、ブローフ族全体への視線も、厳しいものになるだろう。
そのとき、どこからか放たれた白い閃光が、部屋に走った。
光の筋はバルブンに降り注ぐと、黒い帯を部分的に断ち切り、ブルーガを拘束から解放した。
「戻れえーっ!」
スヴィカの怒声とともに、白い光が部屋中を包む。光に目がくらんだ次の瞬間、どんっ! と胸を拳で叩かれる衝撃が、ウルルをおそった。
「あぐぅっ……!」
衝撃で肺腑がひくついた。
「はやく鍵をかけろっ!」
スヴィカの声にはっと我に返り、ウルルは心の扉を閉め、鍵をかけるところをイメージした。一瞬まえになにがあったのか思い出せなくなるほどあっけなく、部屋じゅうに渦巻いていた黒い帯と、白い閃光は消えた。
バルブンにつかまっていたブルーガたちは、よろめきながらではあるが自分で立ち上がり、救出に戻ってきた仲間たちに肩を抱えられて、宿泊所から退散していった。
(いまのは……?)
バルブンが消える瞬間、白い閃光がウルルに向かってきて、胸に衝撃を受けた。あの白い光――。バルブンに対抗しうる力――。
ヘイラグだ。ヘイラグの白い光が、ウルルのバルブンを強制的に心のなかへと押し戻した。
(あのヘイラグは……スヴィカの……?)
自力で拘束を解いたらしいスヴィカが縄から抜け出し、ウルルの拘束も解いてくれた。
「バルブンの暴走を、止めてくれたんだね……。……ありがとう」
スヴィカに対して憤りはある。けれどスヴィカのおかげで、ウルルはだれも呪い殺さずに済んだのだ。そのことには礼を言っておきたい。
ウルルに礼を言われるスヴィカの顔は、気まずさでいっぱいだった。聖者でないことがウルルにばれていたのだと、知ってしまった顔だ。
「俺の正体。いつから気づいてた?」
ばれてしまった以上は、ウルルもごまかせない。
「ニールトンで、フレイに会った日の晩から。……薬草茶はまずいから捨てたんだ。本当は起きてて、部屋できみたちの話を聞いてた。俺の兎の耳は、遠くの声も拾えるから」
スヴィカが愕然とする。
「だったら、どうして逃げなかった」
「どうしてって?」
「どうしてもなにも……。祈念大祭の恩寵を受けさせるなんて話、嘘っぱちだったんだぞ」
「……逃げてもつかまるだけだと思ったし。それに、俺を聖賛地に連れてきてほしいって依頼した人の正体と目的を知りたかったんだ。だから、きみにだまされたふりをしたまま、ついて行こうと思った」
「はあ?」
スヴィカは信じられないという顔をする。
「俺を振りきる方法なんて、いくらでもあるだろう。わざわざ自分から危険に身を突っ込む馬鹿がいるか。いまだって、勝算もないのに囮になると言い出して、その結果がバルブンの暴走だ。おまえって、ほんっと馬鹿なのな」
たしかに向こう見ずで乗り込んでしまったのはウルルの落ち度だ。だがそれにしても、馬鹿と連呼するなんてひどい。ウルルはむっとした。
「馬鹿ってなにさ、馬鹿って」
軽く罵倒されると、旅を続けるために一時封印していたはずの、スヴィカへのむかつきが一気にこみ上げてくる。
「フレイに俺の悪口言ってたよね。撤回して」
「どの悪口のことだ?」
スヴィカは悪びれず、にやにや笑いさえ浮かべている。苦い薬草茶を飲ませてやっただの、自分のことを聖者と信じて疑わないなど散々な言われようで、あの晩のウルルはスヴィカに軽んじられてばかりだった。けれど、それ以上に頭に来ていることがある。
「全部、むかついたけど……。でも一番いやだったのは、俺の大事にしてるものを踏みにじられたことだ。あの発言を撤回して。謝って」
怒りで興奮し、涙のにじんだ目で、ウルルはスヴィカをねめつける。
「人が傷つくくらいなら、自分が傷ついたほうがいいっていう、俺の大切な信条を、きみは馬鹿にした」
その優しさはウルルの美徳だと、聖者のスヴィカは認めてくれたのに。涙混じりに謝罪を求めるウルルを、スヴィカは鼻でせせら笑う。
「いやだね。全部本音だから撤回しない。それよりおまえこそ、謝れ」
「なにをだよ」
「せっかくスヴィカさまが用意してやった茶を捨てるたぁなにごとだ。飲まないにしても『口に合わないので捨てますね』くらいの、ことわりを入れてからにしろってんだ」
スヴィカはがしがしと頭を掻く。
「おかげで、計画が台無しだ。まさか、起きてるとは思わなかったからな」
ウルルに手の内がばれたので、請け負った仕事は反故にするしかない。フレイへの言い訳が思いつかず、汲々としているのだろう。勝手すぎる言い分に、ますます腹が立ってくる。
「俺に責任転嫁しないで。本当にお茶を飲んだのかどうか、確認しなかったスヴィカが悪い」
ウルルは冷たく、詐欺師の落ち度を突きつける。
「ああ、すっかり信頼されてるもんだと思って、油断した」
「信じてたよ。あの夜、きみたちの会話を聞くまではね」
自分の信じていた聖者スヴィカは、どこかにいなくなってしまった。一抹の寂しさが、ウルルの胸に飛来する。最初からそんな人は、どこにもいなかったのに。
寂しさを感じるのは――。スヴィカと過ごして、ひさしぶりに他人に触れるあたたかさを感じたからだ。そのひと時が心地よかったからだ。あたたかな記憶はなかなか、自分のなかから拭い去れない。
「人が傷つくくらいなら、自分が傷つくほうがいい。おまえはそう言ったな」
スヴィカの嫌いな、ウルルの大切にしている信条。
「おまえのそれは――優しさじゃない」
厳しい言葉に、氷柱で貫かれたかのようにウルルの背中がぶるっと震えた。他人の身代わりを買って出るウルルの優しさは、ウルルの美徳。ウルルの好きだった聖者のスヴィカは、そうほめてくれたのに。
「普通は、自分が損するほうがいいだなんて思わない。そう思うのは――おまえにとっては、自分が損するほうが、むしろ得だからだ。自分がいやな思いをすれば、だれかがいやな思いをするところを見なくて済む。人に恨まれることの責任を取らなくて済むからな」
「ち、違う……」
否定しながら、足が震えた。
「違わない。おまえは、人と対立するのが怖いんだろう」
スヴィカの決めつけを、自信を持って打ち砕くことができない。それどころか、的を得ているかもしれないと、ほんのりと認めかけてさえいる。
「そんなことない」
「そうか? なんとなくおまえは、いつも本音を隠している気がしてたけどな。たいした話じゃないんだ。ただ、俺の問いに答えを濁したり、嫌われるのが怖くて、文句を言えなかったり。そういうちょっとしたことだ。でも、こういう些細なことにこそ、そいつの本性があらわれる」
核心を突かれて、ウルルは動揺した。
どうして俺の考えていることが、わかるの。
反応したくはなかったのに。目でスヴィカに問いかけてしまった。ふん、とスヴィカは不遜に鼻を鳴らす。
「俺は詐欺師だぜ。人の心理なんざ扱いなれてる。おまえの考えていることも、手に取るようにわかるんだよ。……おまえは、封じ子に選ばれたやつに恨まれるのが怖かった。だから自分から、その役割を買って出た。一生背負うことになる大きな負債の代わりに、人にいやな感情をぶつけられなくて済むからな。だから馬鹿なんだよ。損得の等価交換がめちゃくちゃだ」
「違う……違うよ、俺は……」
スヴィカの言葉に、耳をふさぎたくなる。
(俺って、そんなやつだったの――?)
他人との望まぬ諍いを避けるために、ルクシュや一族の役に立つのだという使命感を、言い訳にした卑劣な人間なのか。
「おまえは人のためって言い訳しながら結局、だれかと向き合うことから逃げただけだ。それで結局、自分が損してとんでもない目に遭ってる大馬鹿もんだ。だから俺は、おまえを見てるとイラつくんだよ」
スヴィカの心ないひと言で、ウルルの心は殴られ、ひび割れた。ひくっと肺腑が痙攣し、目に涙が盛り上がる。
「まーたそうやって、すぐ泣くんだな、おまえは」
涙もろさに、スヴィカはあきれたようだ。聖者のスヴィカはウルルの涙を、優しくぬぐってくれたのに……。
本性をあらわしたスヴィカの口調は軽薄だが、表情は真剣だ。真正面からウルルに向き合う。この会話の応酬から逃げるなよ、と全身でウルルに脅しをかけているみたいに見えた。
悲しくて、情けなくて、涙は鼻水を誘発する。ずっ、ずっとウルルは鼻をすすった。
(認めなきゃいけないのかもしれない……。俺はあのとき、たしかに怯えていた)
封じ子に選出されたルクシュの顔は、絶望で真っ白だった。その真っ白な顔で、まわりにいる同世代の子どもたちの顔を、一人ひとり見つめていた。助けを求めるように。すがるように。
いや、違う。裏切り者と罵るように、だ。
俺一人を犠牲に、おまえたちは救われた。
……俺のことは、だれも救ってはくれないのに――!
憎い。みんなが憎い。
ルクシュが心で無情を叫ぶのを、ウルルはひしひしと感じた。あの目に責められるのは苦しかった。気づいたら身代わりを申し出ていた。
(スヴィカの言うとおりなのか……俺は……)
全身がぶるぶると震え、目から滂沱の涙が流れる。
(人が傷つくところを見るのが怖くて、だったらまだ、自分が傷ついたほうがましだって。その程度の考えしか、持たなかったのか……)
スヴィカの言うとおり、自分はただ臆病なだけなのだろうか。
これまでの旅の記憶が、ウルルの頭のなかで再生される。
故郷を旅立つとき、だれもウルルのことを抱きしめてくれなかった。
旅路はいつも一人ぼっちで、スヴィカと出会う八年の間、まともに人と会話をしたことがなかった。
ウルルが理性を失うと呪いが暴れ出し、だれかの命を奪ってしまうのではないかと怯え続けた。
孤独と恐怖に満たされながら、千年まえからの荷物を担で歩き続ける。つらく、苦しい旅路だった。
それでも――ウルルは投げ出さなかった。
八年という長い間、だれに泣きつくこともなく、耐えてきた。耐えることで、一族の皆を守ってきた。スヴィカと出会って、ひょっとしたら、一族を呪いから解放してやれるのではないかと、聖賛地に赴くことも自ら決めた。
(俺は……逃げなかった)
ウルルは面倒なことから逃げたくて、封じ子を引き受けたわけではない。そこには、逃避とは違うウルルのたしかな意志があった。
「そりゃあ……きみからしたら俺は、馬鹿みたいに見えるのかもしれない」
ぎゅっと拳を握りしめる。スヴィカが小首をかしげて、ウルルの答えを試すような表情をしているのにまた、むかついた。きゅっと顔を上げて、憎い詐欺師を正面から見据える。
「でも、俺は俺なりに、覚悟を持って呪いを引き受けたんだ。俺たちの一族が背負ってきた荷物は重い。自分で担いだこともないのに、軽々しく俺を否定するようなことを言わないで」
人と争うのが怖くて、わざと損する道を選んだなんて、そんなのはスヴィカの決めつけだ。
「俺の気持ちを、勝手に決めつけないで。俺が大切にしてきたものの本質をねじ曲げて、頭のなかで理屈をこねまわして、違うものにして俺に突きつけるのは、許さない」
だって、スヴィカはなにも知らない。ウルルたちの一族がどんなに苦しんでいるのかを。一生をかけて呪いを背負うということが、一体どれほどの責任感と勇気を必要とするものなのかを――。
「きみになにがわかるの」
封じ子に選出された幼なじみの、絶望した顔。あの顔を見た瞬間にウルルは、自分が代わってやらなければと使命感にかられた。ルクシュが、難を逃れた仲間たちを責める顔は怖かった。でも、ルクシュに役目を押しつける勇気がなくて、身代わりを申し出たわけではない。誓ってそう言える。あのときのウルルはただ本能的に、だれかを助けたいと思ったのだ。
だれかを助けたい。ウルルが助けてあげたい。だってどんなに苦しんでも、神は救いの手を差し伸べてはくれないのだから。
「俺だって本当は怒りたいよ!」
神の不条理に思いを馳せたとき、ウルルのなかで、なにかがはじけた。
「消せるなら呪いを消したい! どうして俺たちにだけこんな残酷な呪いを与えたのって、神さまに訊きたいよ!」
これまで滞留していたもやもやした気持ちが、いま言葉の姿を借りて、とめどなくあふれてくる。
「でも、だれかが呪いを背負わないといけないんだ。封じ子に選ばれた人の絶望した顔も、自分の呪いのせいでだれかが死ぬんじゃないかっていう怖さも、ずっと一人でいなきゃいけない寂しさも……。なにも知らない人が、俺の大事にしているものを簡単に踏みにじらないで!」
(ああ、俺は――)
本当はずっと怒りたかったのだ。ブローフ族だけが呪いを受け継ぐ理不尽に。
本当は苦しいと叫びたかったのだ。だれも救いの手を差し伸べてくれない悲惨な状況に。
自分の気持ちを言葉にすることで、ウルルははじめて、おのれのなかに、行き場のない怒りが溜まっていたことに気がついた。人が傷つくくらいなら、自分が傷つくほうがいい。その優しさで、無理やり蓋をし続けた気持ちに。
あっけに取られてウルルの本音を受け止めていたスヴィカは、おそるおそるといった様子で足もとを指さした。
「……それ、なんだ?」
「なに⁉」
怒りを引きずったままのウルルはつい、語勢が荒くなる。
「その……。さっきから足が動きっぱなしだぞ」
「えっ」
おどろいて、下半身に目を落とす。右足が勝手に、だんだんと地面を踏みしめていた。感情が高ぶると、人間の理性が引っ込み、獣の本能が強く出て来る。怒ったときに後ろ足を踏み鳴らす、兎の習性が出てしまっていた。
上背のあるウルルが、癇癪を起した子どものように足を踏み鳴らす姿は、きっと滑稽に映ることだろう。ウルルは急に気恥ずかしくなり、怒りがしゅーっとしぼんでいった。
「……さっきは馬鹿にして悪かった」
スヴィカは素直に謝罪した。ウルルの優しさは、逃げではないのだと伝わったのかもしれない。
「それと、だまして悪かった。もう、聖賛地には行かなくていい」
スヴィカはウルルを解放しようとする。
「……いいの? でも、それじゃきみが困るんじゃ……」
「いいさ。フレイにはうまく言っとく。じゃあな。もう俺みたいなのに引っかかるなよ」
聖衣の裾をひるがえして、スヴィカは片手を上げて別れのあいさつをよこした。そのまま宿泊所を出て行こうとする。
「ねえ、提案があるんだけど」
ウルルは、立ち去ろうとする背中に呼びかけた。スヴィカが振り向いたところで、予想外であろう申し出をする。
「俺と手を組まない?」
人の心理を読むのは得意だと言っていたくせに。ウルルがなにを言い出すのかは読めなかったようだ。スヴィカはつり目を丸めておどろいていた。
「依頼を続行して、俺を聖賛地まで連れていって」
「なんで……」
スヴィカはぽかんと口を開けたあとで、ぎゅっと目を吊り上げる。
「まさかおまえ。俺に悪いとか、変な気ぃ遣ってるわけじゃねえだろうな?」
「違うよ」
ウルルは首を振る。
「俺は、依頼人の目的を知りたい。スヴィカは依頼を果たして、報酬を受け取りたい。俺たちの目的地は同じだ。だったら手を組もう」
宿泊所を出かけたスヴィカが、一歩、二歩と戻ってくる。
「ヘイラへは通行証が必要なんでしょう? 俺一人じゃ、聖賛地まで行けたとしても、どうやってなかに入ったらいいかわからない。だから、きみを利用させてもらう。表向きには、俺はきみにだまされているふりを続ける。きみは、俺を依頼人に引き渡したら好きにしていい。だから――。俺に力を貸して、詐欺師のスヴィカ。俺を聖地に入れて。きみなら、なんとかできるんでしょう?」
「まいったな」
急にふてぶてしさを身に着けたウルルに戸惑っているのか、スヴィカは後頭部を掻く。
「……わかった。お互いに利害は一致だな。俺がおまえを、必ず依頼人に引き合わせる」
「よかった。じゃあ、よろしくね」
ウルルは右手を差し出す。スヴィカはその手をしっかりと握った。これで交渉成立。二人は同盟の握手を交わした。
「一個だけ言わせて」
そのさきをうながすように、スヴィカが片眉を上げる。
「きみには怒ってるけど、ひとつだけ感謝してる。俺に力の使い方を教えてくれたこと。呪いが制御できるってわかったから、まえほどは怖くなくなった」
「そいつは、どうも」
予想外に礼を言われて、スヴィカは気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
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