第2話
コロナが蔓延しているせいもあって入口で熱を測られた。診察室に行く前に病院の一階で血液検査と尿検査を受ける。なぜだろうか? 一度目の血液検査の後「もう一度血液検査をさせて頂けませんか?」と問われた。不安が募る。
待合室で流れる時間が一分一秒ととても長く感じられた。汗が額に浮いてくる。
視界が少しぼやけ眩暈が襲った。と同時に掲示板が明滅し番号を呼ばれた。
よろよろと手すりをたよりに診察室へと向かう。
「親御さんはすぐに来られる事が出来ますか?」
パソコンの画面を見ていた医者からの第一声がこれだった。
「いえ、新幹線で行き来する位の距離です」
本人には伝えづらい症状なのだろうか? と昴は考える。
「急性リンパ性白血病です。辛い治療になると思いますが、一緒に乗り切りましょう」
緊急入院。ちょっと、ちょっと待って、そう思うも何も出来なかった。このままの状態で帰す訳にはいかないと即日に部屋へと通される。検査を色々受けて泊まる病棟が決まるまで昴は荷物を預けるしかなかった。ようやく解放された病室でベッドから半身を起こし携帯を眺める。番号を押す手に震えが走る。
数秒間続いた電話の発信音が途切れた。由紀の声が聞こえてきた。
…………。
何気ない会話が続く。暫くの間いい出せなかった。それでも勇気を振り絞る。
「由紀」
「ん?」
「俺、実家に帰ろうと思う」
今のままこの病院でお世話にはなれない。お金の事もある。両親がきてくれるだろうが、着替えや日用品の事もある。家はそんなには裕福ではないのだ。沈黙が数舜携帯を支配する。
「別かれるって事?」
うん、と言う一言が言えない。突然の事でまだ心の準備が出来ていなかった。先生が言うには大体八割で回復に向かうそうだが、残りの二割になったらと思うと不用意に彼女のままでいてほしいとは言えなかった。
「なんで? なんで?」
彼女の言葉が重く響く。怒る様な声音が涙声に代わる。「嫌よ、嫌、嫌だからね」と言う声が胸を打つ。
震える手で携帯を耳から離した。そして、耐えられなくなった様に通話を切ったのだった。
ようやく昴は声を出して泣いた。両手で顔を覆って、指の間から雫が滴った。
それからの行動は早かった。父親には泣かれたが治る病気だと言うと早く治してこいと背中を押された。実家近くの大学病院に転院する事が出来た。上司が一度お見舞いに来てくれたが昴の顔色を見て以来こなくなった。目まぐるしく日々が過ぎる。
「昨日、彼女さんから連絡があったよ」
治療を始めてから二週間が経っていた。
「変な事は言ってないよね」
急に怒りが湧いた昴はきつい言葉を口にしていた。由紀の事を伝えてくるのが癇に障る。なんで僕が死ぬかもしれないのか。なんで彼女に全てを伝えられないのか? と自分に対しても嫌になっていた。
「変な事ってお前……」
両親にはもし連絡があったら自分がどこにいるか分からない旨伝えてほしいと頼んでいた。だから余計にその事を伝える言動に対して怒りがこみ上げて来ていた。
「言いたかったよ。でも、止めた。その方が良かったんだろう?」
「うん」
言ってない。その言葉を聞いてやっと冷静さを取り戻す。空元気を装った。
携帯は家の自室に置いて来た。彼女と連絡を取る方法はない。あればきっとかけてしまうから。
髪が抜ける。頭を手ですいてぞろっと抜けていく。鏡に映る姿は日に日にやつれていく。
治りたい、治る病気だと聞いた。これから自分は死ぬのだろうかと呆然としていた。神に祈りたくなった。でも、昴は今迄神仏に頼った事がない。だから、祈る神の名が分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます