因習村:旅先で出会ったダウナー意味深くすくす笑い幼女を酔った勢いでブチ理解らせるツンデレデレ粗暴女


 月並みだけど、旅は出会いがあるから好きだ。

 美味い酒に美味い飯、良い景色だったり。まあ旅といってもあたしの場合は、飛行機も船も必要のない距離で、一、二泊程度の軽いものだけども。


 今回の三連休も、どこで得たのかも忘れてしまった“良い山の幸と地酒が出る民宿がある”とかいう情報を頼りに、電車→レンタカーで行ける距離にある山間部の村を訪れていた。

 昼と夕方のあいだくらいの時間帯に到着して、その時点でもう部屋に酒が用意されていたときには少し驚いた。しかも容器がまさかの瓢箪で、さらには女将さんから「使い捨てだから口つけても良いし好きに持ち歩いても良い」とまで言われたときには、あまりの気風の良さにもうひと驚きしてしまった。とにかく、良いと言うなら遠慮なく、瓢箪を腰に下げて田舎道を散策する今この時間は、中々どうして気分が良い。


「こんにちはぁ、今回のお客さんかぇ?」


「おやぁ、今回のお客さんは別嬪だねぇ」


「あんたぁが今回のお客さんかぁ。どうやって来たんだい? 電車乗ってぇ? 駅から車? ほぉーそうかい」


 山間部ということで、右も左も少し遠くを見れば山、山、山。その手前に田畑、ぽつりぽつりと家屋が入り混じり。アスファルトでの舗装もされていない、車二台がギリギリすれ違えるかどうかって感じのあぜ道? だかなんだかを歩いていれば、村人たちも割合気さくに話しかけてくる。誰も彼もがニコニコと朗らかに。普段は目つきとかで怖がられがちなものだから、少し面食らってしまった。


 ええとかどうもとか適当に答えつつ、皆が口にする“今回のお客さん”という独特のフレーズが耳に残る。まあ、そこそこ都会住みのあたしにも噂が流れてくるほどの民宿なのだから、客はそれなりに来る、ということだろうか。そのわりにはあまりにも“質素な田舎”感が強すぎる村だけども。というか本当に、どこでここの噂を聞きつけたんだったか。どこかのサイトで見た? いや、んー……


「──」


 手繰ろうとした記憶が、ふっとかき消された。視界の端によぎった、鮮やかな朱によって。


「……?」


 目で追えば、少し先の小屋の影に少女が一人。少女……いや幼女? その中間くらい? ともかくまだ幼いと言える女の子が、朱色の着物をまとってそこにいた。

 ごく普通の作業服やTシャツなんかを着ていた他の村人たちとは、明らかに違う装い。和装には疎いからよく分からないけれども、それでも遠目にも分かる仕立ての良さ。こののどかな山村にあって、明らかに一人だけ浮き上がった存在。艷やかで長い黒髪が、いかにも彼女の“お人形”感を強めていた。


「──くすくす」


 その子が笑った。吹いた風に乗って、確かにその声が聞こえてきた。袖を口元にやりながらこちらを見ている。どこか気だるげに細まった目つき。距離があっても、その声と視線にある種の憐れみが乗せられているのが容易にうかがえた。


「……はァ?」


 そしてあたしは──ちょっとイラッときた。

 なんだか妙に心がざわついてしまった。その瞬間にはもう、あたしの中でのあの子の呼称は“女の子”から“ガキ”に変わっていて。同時に右足が大きく一歩、ガキのいる家屋の方へと向く。


「ねぇ、アンタ──って、ちょ」


 けれどもガキのほうも、逃げるようにして小屋の裏へと消えていく。軽やかな足取り。袖が揺れ、下駄のような履物の底が一瞬こちらを向く。最後の最後までこちらへ向けられていた視線には、やはり憐憫の色が。煽り立てられるようにしてあたしの足は早まるけれども、小屋のそばにまでたどり着いたときにはもう、ガキの姿は影も形もなかった。


「……ッチ」


 周囲はわりかし開けていて、身を隠せるものでもないと思うんだけども。地元の小さな子供ともなれば、どうとでも逃げられるということだろうか。さっきまで良い気分だったのが、腹の底がピリリとひりついた感覚になってしまった。あのガキ。

 鮮烈な朱、妙にこちらを煽るような視線と笑い声。それらが脳に焼き付いたまま、あたしは瓢箪を一気に呷った。




 ◆ ◆ ◆




 とはいえまあ、流石はのどかな集落というべきか。日の暮れる手前まで散策を続けているうちに(その最中に酒を呷りまくっているうちに)苛立ちも収まって、宿に戻ったころにはあたしはすっかり上機嫌にできあがっていた。

 

 おそらく酒臭いであろう余所者のあたしに、嫌な顔ひとつせず「お夕飯の準備、できておりますがいかがなさいましょう?」なんて聞いてきた女将さんの良い人感がすごかった。ニコニコと、他の村人たちと同じような笑みを浮かべられては、ついつい調子に乗って「じゃあ、部屋までお願いします」なんて言ってしまうというもの。


 すぐにも部屋に持ってきてくれた牡丹鍋……っていうほど牡丹っぽく盛り付けられてはいなかったけれど、とにかく猪肉を中心に、見慣れない山菜も多く添えられた猪鍋は、これまた瓢箪の地酒によく合う逸品。若干のクセがある薄切り肉が、どんどんとあたしに酒を進ませた。それを見越してか、言わずとも追加の酒も一緒に用意されている始末。こんなんもう飲むしかないでしょ。


「あ゛ぁ゛〜……」


 ──というわけで、夕食も終え外がすっかり暗くなったころには、あたしはもうべろんべろんに酔い散らかしていた。このまま風呂に入るとまずいだろうなって、かろうじて残った理性がそう言っていて、だから部屋の縁側に出て、夜風で熱と酔いをさます。静かで、大きな月と遠くの山々がよく見える場所。昼間も思ったけれど、改めてこれは良いロケーションだ。お腹を膨らませた夕食と酒の味も相まって、なおのこと。


「ふぅ……今回は大当たりだったわね」


 誰にでもなく独り言が出るくらいには、機嫌が良かった。だから、予想もしていなかった返事に、その聞き覚えのある声音に、一瞬で腹の底がざわめいた。


「──くすくす。あーあ、可哀想なお姉さん」


 先ほど見かけたあの女の子……いやガキが、ほんの目の前の生け垣から姿を現した。間違いなく宿の敷地内であるはずのそこから、悪びれもせず、当然の権利とでも言うように。


「…………はァ?」


 まったく気配も感じなかったのに、いざ現れてしまえば、どうして気づかなかったんだというほどに目につく朱色。その装いのうえにちょこんと乗る小顔、こちらを憐れむような気怠げな視線と口元。ふつふつと煮える。あたしの腹の底にある、なにか言いようのない衝動が。目つきもいつも以上に悪くなっているだろうに、低い声をあびせたあたしをものともせず、ガキは上から目線で笑んだまま。


「そんなにいっぱい飲んじゃって。お姉さん、もう逃げられないね。可哀想。可哀想」


 くすくすと葉の擦れ合うような、癇に障る笑い方をする。なにか、あたしには知り得ないことを知っていて、有利な立場から一方的にこちらを憐れみ馬鹿にする、そんな微笑み。達観した眼差しと合わさって、とにかくその一挙手一投足があたしを苛立たせる。夜闇に浮かぶ朱色と黒髪が、その存在だけをあたしに焼き付けていく。顔立ちが整っているのがまた、なおのこと気に食わない。


「憐れなお客さん。憐れなお姉さん」


 二言、三言と耳に入るごとに、体の内側がムズムズ騒がしくなる。煽られて燃え上がった腹底の衝動が、今にも全身を突き動かさんばかり。


「くすくす、くすくす……」


 ……で、その何度目かのくすくす笑いで、完全にプツリといった。


「──チッ、ガキが」

 

「くすk…………ん、ぇ?」


 立ち上がって、一気にガキの目の前まで距離を詰める。酔いもあってか体はふわふわと軽く迷いなく、これだけ近ければ逃がすこともない。


「大人を馬鹿にするとどうなるか、たっぷり思い知らせてやるわ」

 

「……え? ちょっと? お姉さん? え、なに、なんで手ぇ掴ん、え、えぇーっ?」


 後先という言葉が完全に吹っ飛んだあたしは、このクソ生意気なガキを引っ掴んで部屋へと連れ込んだ。




◆ ◆ ◆


 


「──ふぅー」

 

「うぅ……ぐす、すみませんでしたぁ……」


 ブチ理解わからせてやった。

 なにも敷いていない畳の上で、半べそかきながら全裸で土下座するガキ──めいとかいう名前らしい──のつむじを眺めながら、電子タバコで一服。 


「ッハァーッ……ガキに土下座させながら吸うヤニがこんなに美味いなんて知らなかったわ」


 タールとかほとんど入ってないけど。紙巻きから電子に変えても、こういうときはついついヤニと呼んでしまう。ほら、Xエッ◯スのことをツ◯ッターって呼んでしまう、みたいな。


 ともかく、そんなヤニの味を格別なものにする、今のめいの姿よ。仕立ての良い朱色の着物もぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられて……というかあたしに剥ぎ取られて見る影もない。つむじの向こうに見える小ぶりな尻は、その朱以上に真っ赤に染まっていた。いくつも重なった手形までついている。もちろんあたしのものだ。


「……ちょっとファンキー過ぎるよお姉さん……」


「あァ? 誰が頭上げていいなんて言ったかしら?」


「ハイ、スイマセン……」


 先程までのミステリアスな雰囲気は完全に霧散し、今や愚かで憐れなガキになっためい。見ていて大変気分が良い。“仕置き”のあいだに色々と聞き出せたことだし。


「……しかしまぁ、生贄とは時代錯誤な話ねぇ」


 捧げる相手、鬼だか神だかの伝承だとかなんだとかは小難しくて頭に入ってこなかったけれども。ともかく信仰されているソイツへの供物として、時折訪れる外様の人間を殺して生贄に捧げるなんていう狂った因習が、この山村にはあるらしい。

 住民たちが妙にニコニコしていたのも、その中にあってこのガキだけが目立つ格好で変な態度を取っていたのも、全部その儀式の一環。それから、この美味い瓢箪酒も。


「……普通の酒以上に判断力を鈍らせる、とか言ったわよね」


「はいぃ……ふわふわして、とてもまともじゃいられなくなる、らしい……です」


 なるほど確かに。あたしだって、普段から酔った勢いで知らんガキを理解わからせたりするような趣味はない。この酒で自制心が弱まっていたんだろう。あと煽りがウザすぎた。そうだ。そうに違いない。つまりあたしは悪くない。


「……いや、昼間っからあれだけ飲んでたら、普通はもう殺されても起きないくらい落ちちゃってると思うんだけど……」


「って言われてもねぇ」


 酒は強いほうではあるけど、極端な酒豪ってわけじゃない。相性が良かったとかだろうか。


「そんなんでわたしがこんな目に遭うだなんて……」


「あたしを煽ったあんたが悪い」


「ひでぇ……」


 頭は上げないまま、弱った声を漏らすめい。なんとも耳に心地良い。生意気だったぶん、とことんいじめ甲斐がある。なんか一周回って気に入ってきた。こんなクレイジー人殺し村に置いておくのが惜しいくらいに。


「……じゃあまあ、とりあえず。逃げるとするか」


「いや逃げるって……この村に逃げ場なんてないよ」


 めいの表情に、一瞬だけ諦念の色が混じる。吸ってるのが紙巻きのほうだったら、顔面に煙でも浴びせてやったのになぁ……とか考えつつ、あたしは電子タバコを片付けて立ち上がった。


「村から逃げるっつってんの。ほらこれ羽織って」


「わぷっ」


 子供らしいまぁるい頭に向かって、あたしのジャケットを放る。自分で着てもだぼっとしたシルエットになるそれは、小柄なガキ一人くらいすっぽり覆ってしまう。少しもぞもぞ蠢いて、それから襟のほうから這い出てきためいの顔は、すっかりと困惑にまみれていた。


「さっさとしなさいな」


「いや、え、 は……?」


「あたしはこんなところでおめおめと殺されるつもりはないわよ」


 めいの手を取って立ち上がらせ、さっきとは逆に縁側のほうへと引っ張っていく。靴は……諦めよう。なに、裸足でもなんとかなるでしょ。あたしにはこの瓢箪酒パワーがあるのだ。


「……いや、いやいやいや、この流れ二回目、ぇ、あれぇー?──」


 もう誰も、あたしを止められない。


  


 ◆ ◆ ◆ 




「──ッオラどけどけェッ!!」


 裸足でアクセルを踏み抜く新鮮な感触が、あたしのテンションをさらに高めていく。

 

「ひぃいぃ……!」


 悲鳴が聞こえてきたのは助手席と車の外の両方からで、前者は微妙に据わりが悪そうにしている(たぶんまだ尻が痛いんだろう)めい、後者は追ってきたというか、待ち伏せていたらしい村人のうちの一人。

 

「車の前に出るほうが悪いのよアホンダラが!!」


 夜の山村を裸足で駆けてレンタカーの元まで向かい、当然その途中で村人共に見つかって追いかけられ、なんか途中殴ったり蹴ったりちぎったり投げたりした気もするけど……まあとにかく今、こうして無事に車までたどり着いてハンドルを握っている。一応、軽トラが一台追いかけてきてはいる。しかしなぜだろうか、今のあたしはまったく捕まる気がしない。

 

「なんで、なんでわたしまでぇ……!」


「その情けない顔が気に入ったからよっ!」


 ひぃひぃと体を縮こまらせるめいを、あたしは村から連れ出していた。人質ー、とかではなく、普通に持って帰ろうかなと思って。打てば響くもとい尻を叩けばよく啼くこのガキも、くそったれ因習村の土産物には丁度良い。


「バカ共がっ、車に細工でもしておくんだったわねぇ!!」


 レンタカーはタイヤもエンジンもその他も全部無事で、あぜ道のような山道のようなオフロードを問題なく走り続ける。やはり普通はあの酒を飲んだ時点でアウトで、逃げるだなんて想定していなかったんだろう。


「あの酒っていうかこの酒だけどっ……ッぷはぁッ!」


「い、飲酒運転しながら追い飲酒してるっ……」

 

 さも凶悪犯罪者でも見たような声を出すめいだけど、あたしに言わせれば村ぐるみで殺人を繰り返しているほうがよっぽどヤバい。つまり相対的に見てあたしは善良な被害者だ、間違いない。


「飲酒運転に女児誘拐に暴行にその他アレやらソレやら……たぶんさっき一人轢いたし……これで善良な被害者は無理あるって……」


「こっちは殺されかけたんだから! なにやったって無罪よ無罪っ!!」


「んなわけないと思いまぁーす……ひぅっ」


 デカい石ころでも踏んだのか、車体が大きく跳ねた。合わせて聞こえるめいの悲鳴が心地良い。さすが、産地が同じだからか夕飯の猪鍋以上に酒に合う……あーくそ、瓢箪が空になった。もっとたくさん用意しておきなさいよ、まったくサービスの悪い民宿だ。

 

「──じゃあね、酒と飯とガキが美味いだけのイカれクソ田舎がっ!!!」


 軽くなった瓢箪を窓の外に放り捨て、ついでに中指も立ててやる。後方でごっ、ぎゃりぎゃりぎゃりっ、ききぃーっ、がしゃぁぁん、みたいな音が聞こえた気がするけれど、なにぶん意識も感覚もふわふわしているからよく分からない。ただまあ、村から離れていく最中にも、景色の良さは変わらないことは理解できた。行く先のずっと向こう、山々のあいだに浮かぶ大きな月へと、あたしはアクセルを踏み続ける。


「月を追いかけたってどうにもならないってぇ……」


「わぁーかってるわよガキっ。道なりに進みゃそのうち駅にたどり着くってのっ、多分ね!!」


「たぶんかぁ……」


 正直ルートはよく覚えていないが、まあざっくり来た道戻るという気持ちで車を走らせ続ける。来たときよりもうんとスピードを上げて。木にぶつかりかけたりタイヤが跳ねて浮いたり、そのたびに上がるめいの悲鳴が気分を良くする。さっきの“仕置き”のときにも感じていた、ムカつきとは似て非なるゾクゾクが、腹の中から湧き上がってくる。堪えきれずにタバコを吸おうとして、あれ、その所在が思い出せない。


「あたしタバコどこやった?」


「知らないです……って言いたいところだけど。ジャケットこっちのポケットに入ってるっぽい」


「そ、じゃあ電源入れてスティック刺して」


「子供にタバコの用意させるのほんとにどうかと思うよ……」


「生意気な態度も戻ってきたみたいね。追加の仕置きが今から楽しみだわっ」


「ひぃ……」


 渡されたブツを左手で握る。こんなもの重くて咥えタバコなんてできやしない。やっぱ紙巻きに戻そうかな。「飲酒喫煙片手ハンドルぅ……」とかいう助手席からの苦情をひと睨みで黙らせる。

 

「……ぁあ、まぁ、うん……もうどーにでもなぁれー……」

 

 めいのくたびれたような、吹っ切れたような声を尻目に、あたしは電子タバコを口に咥えた。

 美味うまっ。




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このお話はフィクションです。

車に乗るときはきちんとシートベルトを締めましょう。

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ダウナーさんとツンデレデレさん ~あらゆる世界線でいちゃつく二人~ にゃー @nyannnyannnyann

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