秘祭:ダウナー巫女と都会から来たツンデレデレ雑誌記者


 編集長から仰せつかった仕事は、「秘祭の謎を暴け」だった。


 知る人ぞ知る霊山の麓にある小さな村で、外様には知られていない秘密の儀式が行われている、らしい。知られていないのならどうやってその情報を入手してきたんですか──なんて聞いたところで、答えが帰ってくるわけもなし。古き悪しき伝統蔓延るこの編集部で、木っ端のライターであるあたしが長に意見するなど許されるはずもなし。


 

 というわけで、交通費自腹でこの小さな村にやってきたのが6日前。


 

 齧りついてでも秘祭の情報を得ようと意気込むあたしを待っていたのは、妙に友好的な態度の村長と、秘祭の主役を務めてほしいという申し出。そして、村長の娘だという一人の少女だった。

 これで外に知られていないとは一体?と首を傾げはしたけれど、まあ、実際に体験して取材ができるというのなら、それに越したことはない。しかも、案内役にと付いてくれた少女──愛依めいに聞くところによると、あたしが村を訪れてからちょうど一週間後にその秘祭が執り行われる、というのだからタイミングも良かった。


 ただ不思議だったのは、この6日間、村人たちが祭りの詳細を全く教えてくれなかったという点。主役とやらをやらせてくれると言うわりに、誰に聞いても「その時になれば分かる」としか答えてくれず。穏やかな笑みを浮かべていながらも、一切こちらと交流するつもりがない彼らの様子に、なにかちぐはぐな雰囲気を感じたのを覚えている。異質さを肌身に感じたあたしは結局、一日と経たずに村人たちとの会話を諦めた。

 そしてその分、代わりと言ってはなんだけれど、ずっとそばにいた愛依と話をすることが多くなった。


 愛依。

 村の伝統服だという簡素な一枚着に身を包んだ、素朴ながらも美しい娘。

 

 そんな彼女もやはり、秘祭の具体的な内容を話そうとはしなかったけれど……ただ、「山の神様に関する儀式」「愛依は巫女の役」ということだけは教えてくれた。今日までを通して得られた情報はそれだけ。それ以外の会話の中身はほとんどが雑談で、けれどもあたしたちは、それを飽きることもなく続けていられた。二人してずっと。村ののどかな風景を眺めながら。散歩がてら。一日中。6日間。


「真里さんは都会の方から来られたんですねー」


 愛依はなんだかおっとり……というより、気怠げ?な雰囲気を纏っていて、半目のような眼差しも間延びした口調も絶えず穏やかで。だけれども、朝早くからあたしが間借りしている空き家に訪れては、日が暮れるまであたしのそばにいた。


「らいたー?記者さん?なんだかよく分からないけど、かっこいいですねぇ」

 

 愛依は色々なことを聞いてきた。あたしのこと。あたしの仕事のこと。あたしが普段、なにをしているのか。要するに全部、あたしに関すること。まるでこっちが取材されてるみたいな気分だったけど、愛依が相手だと、なぜだか悪い気がしなかった。


「わたし、真里さんとお話するの、楽しいです」


 そんなに面白いことを言ったつもりもないのだけれど、日を追うごとに愛依は楽しげに微笑むようになって。それもまた、悪い気はしなかった。いや、あたしも楽しかった。顔には出していないけれど。仏頂面は生まれつきだ。


「真里さん」


「真里さん?」


「真里さーん」

 

 囁くような声音で名前を呼ばれるたびに、少しずつ 少しずつ、愛依に魅入られていくような感覚。3日も過ぎた頃には、あたしの頭の中には愛依の姿と声がこびり付いていて。それはもう、夕方、借家の前で別れるのが寂しく思うほど。


 だから今日──6日目の夜。


「わたしもこっちで寝ていいですか?」


 そう聞いてきた愛依に、あたしは寸暇もなく頷いてしまったのだ。上っ面だけは、澄まし顔のままで。




 ◆ ◆ ◆



  

「──で、これも案内係のお仕事・・・ってわけ?」


 二人で食事も終え、愛依を先に風呂に入れて。入れ替わりに湯を浴びたあたしが居間に戻ってみれば、綺麗に支度された布団が一式。けれどもなぜだか、枕は二つ。ここは今日まであたしの貸し切りだったはずで、今夜だってあたし以外には愛依しかいなかったはずで、となればまあ、だれがその2つ目を使いたがっているのかも察せられる。


「むぅ、違いますよー。これはわたしからのお誘い・・・です」


「それはそれでどうなのよ」


 村長の一人娘、しかも秘祭においては巫女だなんていう神聖な役割を任されている娘が、行きずりの部外者と同衾するだなんて。


「誰にでもしてるわけじゃないですよ?真里さんだから、です」


「気持ちは嬉しいけれども、ね」


 あたしは今、平静を保てているだろうか。変な顔をしていないだろうか。ちゃんと、呆れたふうにモノが言えているだろうか。心はこんなにも、乱されているのだけれど。

 愛依とあたしの距離感は、確かに近かった。村娘とよそ者がたったの一週間足らず過ごしたにしては、近すぎるくらいに。まるで、最初から互いを求めていたかのように。不可思議で抗いがたい何かが、あたしたちを繋いでいくかのように。


 そしてその何かは今、あたしたちの生き物として本能を刺激していた。

 

「ほら、真里さん……」


 あたしが立ち尽くしているあいだにも、愛依はいやに艶めかしい仕草で布団の上に仰向けに寝転ぶ。いつもの半目が、今はまるでこちらを誘っているかのように見えた。いや事実、愛依は今あたしを誘っているんだから、「ように」ではないのだけれども。


「真里さん、はやくぅ……」


 そんな媚びるような声も出せたなんて、知らなかったわ。

 そうからかうつもりだったあたしは、けれども気付けば無言のまま彼女に覆い被さっていた。


「……大人を誘惑して。悪い子だわ」


 どうにかこうにか、言葉を絞り出す。

 鼻先が触れそうなほどの距離で、まだ、平静を装う。


「……真里さんはこういう・・・・経験、おありなんですかぁ?」

 

「…………ま、それなりにね」


 もちろん嘘だ。あたしはバチクソに処女だ。でも時には、都会の女として張らなければならない見栄というものがある。


「……真里さんのそういうところ、わたし好きですよー」

 

 見透かすように細められた眼差しに、少しくすぐったくなってしまう。それを誤魔化すようにして、反撃。


「そういうあんただって、妙に手慣れた誘い方じゃない」


「もう、さっきも言ったじゃないですかぁ。相手が真里さんだからできるんです。わたし、初めてなんですよー?」


「……そう」


 あたしと違って、素直に生娘だと言ってのける。そんな愛依の方が、なんだか余裕があるように見えて。悔しさと興奮で、いよいよもって自慢の仏頂面が崩れてしまいそうになった。


 そんなあたしの心を感じ取ってか。

 流し目に、いたずらっぽい笑みを浮かべて。愛依の口から、殺し文句が。


「ほら、真里さん。わたしのこと、食べて──?」




◆ ◆ ◆


 


「──その龍神様は、どこからかやってきて……っ……そしてずっと、待っていましたっ……」


「ぅっ……ぉぉ……っ」


 あたしの体からは水音が、愛依の唇からは物語が、薄暗い部屋に響き渡る。


「自身が、ぁっ、番うに相応しい、運命のっ巫女が……っ、現れるの、をっ……!」


「ぅ、お゛ぉっ……!!」


 もう何度目かも分からない大きな波が全身を襲って。

 だというのに愛依は、攻める手を止めてはくれない。


「ずっと」


「っ、あっ……」


「ずっとっ」


「ぉぁっ……!」


「ずぅーっと……!」


「お゛お゛ぉぉっ……!!」


 ビクンビクンと体を震わせ、それすらも馬乗りになった愛依に押さえつけられる。

 

「待って待って、はぁっ……待ち続けて……!そうしてようや、くぅ……、出会い、ました……っ。ただ一人だけの番、運命の、巫女にっ……!」


 確かにあたしは、愛依を食べた。

 貫き破いた指の感触を、まだ覚えている。


「──それから龍神様と、っ、巫女は……、幸せな毎日を、ぉっ、送ります……っ」


 だけれども。


「村人にもっ誰にもっ、邪魔されない……っ、二人だけの……ふっ……穏やかな、日々を……」


 今はもう、主導権を完全に握られていて。

 愛依はあたしを犯しながら、悦楽に息を荒げている。


「しかし巫女はっ、ふっ……所詮、ただの人間……!龍神様とは、ぁっ……生きられるっ時間が、違いましたぁ……!」

  

 決して、凄まじい手練手管というわけではない。たどたどしい指遣い、初々しい舌技。彼女は間違いなく、あたしと同じく初めてだったはず。だというのに。

  

「だからぁ、ぁぁ……はぁ……っ、龍神様は、考えに考えっ……」


 愛依に触れられるたびに、あたしはおかしくなっていった。段々と段々と。最初のうちはただの、初々しい情交。気が付けばもう、何をされても体が咽び泣く。息が苦しい。身に余る快楽に、脳が焼け付く。


「巫女の齢が……七十も過ぎた頃……っ……ついに、その時がやってきます……!」


 とろんと細まった愛依の眼差しは、捕食者のそれではない。

 もっとなにか、別のもの。あたしの深くにまで入り込み、芯まで侵すような。

 

「……龍神様は、その愛する巫女をっ喰らったのです……っ、天寿なんて、全うさせるものかと……っ、天になんか、んっ、くれてやるものかとっ……!!」


「──んぅ゛ぉ゛っ……!!」


 ぷしっと。あたしの体から、何かが吹き出す音がした。

 正常な部分が警告を発している。そしてそれ以外のすべての部分が、愛依からの愛を求めている。


「──ですが龍神様にとって……っ、人間の肉はもうどく、でした……」


 くたりと脱力した愛依が、全身をあたしに預けてきた。朦朧とする意識の中、耳元で囁かれる彼女の声が、脳の一番深いところに届くような。

 二人分の心臓がばくんばくんと、出してはいけないほどの高鳴りで、あたしたちをどこかへと連れて行こうとする。

 

「龍神様は、その毒でぇ……、あっさりと……死んでしまい、ましたとさ。めでたし……めでたし……」


 霞む視界の先に、床に放られた腕時計がぼんやりと見えた。日はとっくの昔に変わっていて……ああ、だけれども。こんなにも苦しくて気持ち良いのに、やめて欲しいなんてつゆほども思わない。このまま愛依に壊されたい。殺されたい。


 あたしには、愛依が熱っぽく語るそれが、自分たちの結末に思えて他ならなかった。

 あたしが主役で、愛依が巫女役。


 愛依を喰らったあたしは、その毒に殺されるのだ。愛依という毒。甘くとめどなく、致命的な毒に。


「……はぁ、はっ……めいぃ……!もっと、もっと苦しくして……っ」


「──真里さんっ……ぁぁっ、わたしのっ……──さま……!」


 今はもうあたしの方が、媚びるような声を上げていて。

 あたしと愛依だけの秘め事は、なるほど確かに。永遠に、そして誰にも知られることはなかった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 というわけでストックが尽きた……かに思えましたが、もう一話だけちょっとしたssのようなものが書けたので明日投稿します。

 次回:会話劇?:放課後の教室で駄弁るダウナーさんとツンデレデレさん

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