033. お姉さまの知恵袋

 肉を求めて三千里。


 ……まではいかないけど、調理スキルを取得するための試行錯誤で肉が尽きた。ここでさらにラットを狩ってドロップを期待するのは時間がかかりすぎる。ほら、強敵の物欲センサーさんもいらっしゃることですし。


 なので手っ取り早く金に物を言わせます。見よ。ヌンスの力!

 そうそう、このゲームの通貨はヌンスね。色々やり取りした感じ、一ヌンスが大体百円くらい。

 初期の手持ちが十万ヌンスあったので、暫く考えることもなく使えるのだ。初期費用としては破格だな、と思ったけど、そもそも買えるものが少ない現状、試行錯誤する用の費用なんだろう。


「ラットの肉くださいなー」


 インエクスセスで前回も調達したお肉屋さんで注文する。クルトゥテラでは生肉って、プレイヤーが買えるような店がなかったんだけど、インエクスセスには存在した。クルトゥテラも加工肉は流通してるみたいなんだけど、あれは保存食的なものなんだろうか。ここから運んでる……かは定かじゃないな!道どころか空間崩落して交通手段途切れてるし!


「おや、また来たのか」


 奥から顔をのぞかせたのは一見して人間に見えるお姉さん。ちょっとかすれた声はハスキーで、長い髪と気怠げな雰囲気が相まって、どこぞのクラブのママって風情を醸し出している。世間話の延長で、彼女がイナニマタ・プーパという人間ではないことを知ったときはびっくりしたなあ。

 人形種、って言えばいいのか、ビスクドール的な感じらしい。血で染まった手袋(もちろん肉解体の仕事道具のひとつ)を外した手には球体関節があった。


「料理は成功したのかい?」

「なんとか。お陰で肉が尽きちゃって」

「ハハ、こっちは売上になるからラッキーだ」


 案外話好きなんだよね。このお姉さん。

 これでタバコでもオプションに持ってたら、かなり似合うと思う。やっぱりママだよな。

 まあ実際に持ってるのは肉切り包丁と肉塊なわけですが。それはそれでニッチな需要が……いややめとこ。


 非生物ってどんな感じかと思ってたけど、たしかに人形は非生物だね。見た感じ、機械も居るみたいだ。こっちはボルトとか金属パーツが見えるから判断はしやすい。


「いくついる?」

「そーだなー」


 切り分けられたものより塊肉のがお得。ただ、こいつは保存がきかないので、買ったら全て調理する必要がある。まあ調理スキル上がりますし。スキルレベル上げと割り切ればそれなりに購入してもいいのだけれど。


「一つ……二つ……ううーん」

「少ないより多いほうがいいんじゃないか?」

「保存がね。全部焼くだけなのも飽きるし」

「塩漬けが鉄板だが。ああ、そうだ。だったら私の頼みを聞いちゃくれないか?」

「ん?」


 差し出されたカードを反射的に受け取る。


「調理スキルが自力で手に入ったなら、そこに行ってみるといい。新しい保存食なんかを作ってくれるとこちらも助かる」

「ほう」


 ほうほう。ほう。

 お姉さんの言葉とともに、カードに重なるようにして半透明のウィンドウが開く。


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【新しい保存食の依頼】

知識管理施設への紹介状を受け取った。ユニオン職員に提示し、許可証をもらおう。

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 お使いクエストですね!!

 これで新たなレシピが開示されるんだろうか。わくわく。


「了解しました! じゃ、これ終わったらまた買いに来るから、それまで取っといて!」

「売り切れることはないから安心しておいき。ああ、ここのユニオン支部はこっちの道を真っすぐ行って右だよ」

「ありがとー!」


 反対に進もうとしていた私を止めて、正しい道を示してくれるお姉さんに手を降っていざ。

 ところで、ここまで仲良く喋ってて何だけど、お姉さんの名前知りませんね。聞くタイミングを完璧に逃した。


 今度こそ迷うことなくインエクスセスのユニオン支部に辿り着く。特に待たされることもなく、職員に紹介状を提示し、許可証をもらう。なんの許可証かと思えば、知識管理施設の進入許可だった。これ、紹介状ないと入れない施設のパターンだ。


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【新しい保存食の依頼】

知識管理施設の侵入許可証をもらった。中央交易区の知識管理施設へ向かおう。

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 クエストも更新されたね。

 知識管理施設自体は中央交易区にあるとのことで、そのままユニオンの移動扉を使わせてもらう。

 なんだかんだ、最初に行ってから初めての中央交易区訪問になるんだな。


 移動扉を出た先、中央交易区のユニオン本部はかなり大きい。いろんな設備が集約されているのが、案内図や道案内の看板の量で見て取れる。目当ての知識管理施設もユニオン本部にあるようだ。なになに、ちょっと離れてる……というか別棟っぽい?


 安心してほしい。流石にこれだけ親切に案内板があって、迷うことはない。……たぶん。

 ほら、駅の構内とかでもあるじゃん。真っ直ぐなのか曲がるのかわからない表示のやつ。真っ直ぐって書いてあるから従ったら突き当りの看板で目当ての名前無いとか不意打ち食らうとかもさ。

 まあ現実拡張グラスが出始めて、道に直接矢印出るようになってからはそういうので困ることも減ったけど。たまにグラス忘れたときが悲惨なんだよね。昔はスマホが生命線とか行ってたけど現在はグラスが生命線ですよ。


 地図ナビゲート事情に思いを馳せているうちに、無事に知識管理施設にはたどり着いた。

 やればできる子!


 ユニオン本部の中庭……といってもかなり広々としていて、木立なんかも見えるんだけど、その外れに施設はあった。入り口の見えない真四角。柱の連結部分に装飾は見えるけど、全体的にシンプルな作りだ。


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【新しい保存食の依頼】

知識管理施設へたどり着いた。室内へ入るために、許可証を管理官へ見せよう。

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 クエストの更新を確認し、周りを見渡して、ついでに空も見上げる。

 のどかに鳥が横切っていくのを目にして、首を正面へと向けた。


「それっぽい人が見当たらんがな」


 休憩中、とかなんだろうか……?


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