025. 危険物取り扱い

「マップないんだもんなー」


 ユニオンから街へ繰り出してしばし。

 クルトゥテラに降り立って最初に散策した場所は西地区、というのが判明した。


 自慢じゃないが方向感覚は強くない。リアルでもゲームでも、単なる散歩ならいざしらず、目的地がある散策は地図がないとたどり着けない。そしてこのゲームには方向や目的地を指し示してくれるマップ機能がない。そこまで頭に浮かべて顔をこわばらせた。下手したら箱庭内でも迷う危険があるぞ、と。

 いや、たぶん箱庭内ならどこでもこっちへ入り口……出口? 開けるんだけど。


 というわけで、露店で買ったレモンパンをかじりつつ、そこの店員さんに道具系ならこっちと聞いた南地区へと足を向けている最中である。

 自分のエリアで迷うのは死活問題なので、せめて方向がわかるなんかそれっぽい道具見つけたいところ。


 んー、この、甘酸っぱいパンは割りと当たりだな。ちなみに住人ではなく渡り人製とのこと。私と同じように料理の少なさに絶望したのかもしれん。よきかな。ぜひ料理を発展させていって欲しい。

 ところでパンがあるなら小麦あるんですよね? 料理か調理かのギルドに行けば買えますか? 卸問屋とかある?


「っと、ここを右……いや左?」


 ビールの展望を考えていたら聞いた道がすっこ抜けた。

 眼の前には大木が生い茂り、その向こうは壁。左右に分かたれた分岐路。もちろん標識なんてない。

 oh……いやまだ迷ってない。大丈夫。たぶん、左!!!!


 自分の勘を信じて左を進む。西地区に比べて壁の色が白い。地中海ってこんな感じだよね。白と青とレモンのイメージ。


 さらにしばらく行くと少し開けた場所に出た。

 手前に石が敷き詰められているが、奥は地面そのまま。草野球でも出来そうな広場である。ただ、整然と区分けされた畝と生えている草からして、何かの栽培施設のようで。


 ちょうど広場の右手側、石組みが立派な建物がある。看板が中央にかかっているので読める距離まで近づく。すると轟音とともに入り口から白い煙が吹き出してきた。


「って、ええ!? 何!?」


 幸い、入り口は開放されていたようで、扉がこっちへ吹っ飛んでくることはない。派手な音と見た目だが、威力はそんなにない模様。怒鳴り声とともにのんきに謝る声が聞こえてくる。

 おそるおそる中を伺ってみれば、アフロヘアーのひょろっとした男が背を向けていた。どうやらこいつが元凶らしい。


「ごーめんごめん。怪我は僕くらいなんだから怒らないで」

「危険な実験は部屋でやれ!!!!」

「危険じゃないからここでやっていいってことだよね?」

「この惨状見てよく言えるなお前!?」


 男の影に隠れて怒鳴っているのはスレンダー美人。ショートカットの青い髪と初心者装備とは違う、身体にフィットした白のズボンと革のベスト。ぱっと見格好いい男性にも見える。

 ……うん、この短期間でオリジナルっぽい衣装、男性的なその容姿、心当たりがありすぎますね。


 念のために注視判定で調べたら二人ともプレイヤーだった。これは確定かな?アフロはしらんけど。


「よ」


 こちらからアプローチしないと話が進まなそうなので、入り口くぐって声をかける。あ、この建物の看板確認するの忘れた。


「なに!? って…………あー、ホップ? 今回はその名前なんだ」


 一部反応が遅れたのは名前を確認してたからかな。名前は誰でも知ろうと思えば表示される仕組み。これもいつかは隠蔽とかできるようになるんかね。

 他愛もないことを考えつつ、声をかけた反応から友人であることを確定させる。

 向こうがなんでわかったかって、それはこのアバターがいつも使ってるのと同じだからですね。目の前の怒鳴っていた彼女、このゲームだとリトという名前の彼女は、わりと見た目変えていくけど。でも基本理念である『男装の麗人』は外さないので、判断はしやすい。彼女と対象的に私は見た目を変えないから、声かけて反応あれば確定ってことで。


「これは随分また。縮んだね?」

「だろー? 視界が新鮮」

「ネネの職人魂に火がつくねえ」

「ああ、やっぱりその服、いつものようにネネなんだ」

「そう、今裁縫か服飾ギルド探してて……こらまて逃げるな」


 そろりそろりと離れようとしていたアフロの首根っこを掴んでリトが締め上げている。堂々巡りになりそうな気配を察知して、周りの惨状を詳しく確認すれば、呆然とした受付嬢と目があった。軽く会釈しておく。

 うん、この方は住人さんね。

 こちらの動作に気づいたリトが、如才なく言葉を紡ぐ。


「お騒がせして申し訳ありません。ここ、修繕とか整理とか後でやるので、まずはこの危険物遠ざけますね」

「は、はあ……あの、その方」

「こちらに私もこれも登録はあるので、のちほど」


 秘技、爽やかスマイルが炸裂した気配がする。受付嬢さんが心なしか頬を染めているのを見なかったことにして、引きずられるアフロとリトを追いかけて左壁にいつの間にか出現していた扉へと入った。

 入った先は調合の小部屋っぽい。壁際に機材や材料が置かれている。いまは作業の切れ間なのか、ビーカーや試験管ちっくな器の中はからっぽ。……部屋でやれ、ってことは入り口で実験してたんだなこの人。

 リトが苦労しそうだなーと、部屋の中央に引き摺っていかれたアフロへ向けて疑問を投げる。


「なあ、どうしてあんな状態に?」

「小麦粉圧縮して種を作る実験は失敗したから、逆転の発想で拡散させてみたらどうかなって。で、ばら撒いたはいいものの調合の火種が引火して、ぼーんって」

「粉塵爆発じゃん。髪もチリチリになってるし」

「これは地毛」


 地毛かよ!! そんなパーツあったんですね。

 というか……種を作る?


 私がなんとも言えない表情をしていたのを察したリトが、説明を付け加えてくれる。


「ホップ、良いお知らせと悪いお知らせ、どっちから聞きたい?」


 訂正、悪魔の囁きだった。


「どっちも聞きたくない。良い方から教えて」

「どっちよ。じゃあ言うけど、小麦粉は質は悪いけどなくなることはそうない位ある。パンもお菓子も作れそう」

「朗報だね」

「悪い方は小麦粉は小麦粉でしか存在しない。種がない、イコール小麦がない。白ビールは難しそう。understand?」


 最後だけ嫌に綺麗な発音で告げられた事実に、膝から崩れ落ち両手を地面についた。









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 ちなみに辿り着いたのは北なので、見事に道間違ってます

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