023. 致命的な見落とし

「よかったー!はい、ここ、サインお願いね」


 拝啓、みなさま。

 この仕立てのいい制服を着て、木目艷やかなカウンターに座り、一枚の書類を差し出してくるハニーブロンドベビーフェイス美丈夫のケトゥンと、わたくし主人公こと低身長ホップは何をしているでしょうか。


 答え。ユニオン登録。


 なんだろうって思うよね? 思うよねぇ!?

 ちょっと自分でも整理したいから順序立てて説明しよう。


 森のくまさんと遭遇して街に戻ってきたんだけど、リスポーンポイントの広場まで歩いてきたらば、見慣れない看板を持った住人がいたのよ。で、看板には「ユニオン登録がお済みでない方はお声がけください」って書いてあって。もちろん、済んでなかった私は声をかけたんですが。


 どうやらチュートリアルは終わっていなかったらしい。

 声をかけたらあれよあれよと住人に今いる建物へ案内されて、ケトゥンに引き渡されて説明を受けた。


 なんでも、この建物は『トランス・ユニオン クルトゥテラ本部』という所らしく、渡り人は全員登録する義務があるんだと。箱庭のメンテナンスなんかも請け負っているそうで、迎え入れ報告と人数が合わなかったからずっと探していたんだとか。……幸い、私一人だけ登録漏れてたってことではないらしい。いや幸いと言っていいのかわからんけど。


「いやー、ごめんねぇ。まさかこんなに人が来るとは思ってなくてさあ。初日はほんと、捌くのに手が一杯で、気づいていない人のフォローまで出来なくって。戻ってきてくれて助かったよぉ」

「はあ」

「ん、問題なし。じゃあこっちに手をおいてね」


 ケトゥンに差し出されたのは透明な板。ちょっとだけ青みがかったそれは硝子みたいだが、触れた感触は硝子ではなかった。謎鉱物。金属とも手触りが違う。

 触れると一瞬、魔法陣のようなものが浮かんですぐ消える。


「こっちも問題なし。……なし、だよね?……いや珍しいけどなしでいいんだよねこれ……」


 不安になるような物言いに突っ込みたくなるけど突っ込まないぞ。藪をつついて蛇を出したくない。


「……問題なし!はい、ではこれを」


 次に差し出されたのは長方形のプレート。首にかけるチェーンまでついてて、ドッグタグみたいだな。


「これは?」

「登録証だね。無くすと再発行にヌンスがかかるから気をつけて」


 正しくドッグタグだこれ!!


「これがあれば、ここや他のギルドでも依頼が受けられるよ。箱庭メンテナンスのときにも提示してもらうから、無くさないでね。不便だったでしょ? ごめんねぇ」

「え、ギルド?」

「あれ? まだ行ってない?」


 思わず見つめ合う。

 ちなみにケトゥンは碧眼だった。どこの乙女ゲームだこの顔のいいNPC。


「ユニオンの他に……ギルド? いやまって、ユニオンでも依頼って」

「調査依頼とか、採取依頼とか、討伐依頼とか、まあ専門のギルドより種類はないけど、全体把握のためにうちでもやってるよ。ランクはないからランクアップの恩恵はないけどね。そのせいか消化率悪くって。出来たらいくつか受けてもらえると助かる〜」

「いやそれは構わんけど……」

「ほんと!? じゃあ適当なの見繕ってくるねまってて!!」

「あ、ちょっと!」


 ……行ってしまわれた。

 いや、というか。普通にギルドとかあるんだこのゲーム!? めっちゃ自由度高いしないのかと!思って!いた!! 初期でジョブもスキルも貰えるしさ!?!?

 スタートダッシュとかは気にしないからいいんだけど……うわぁシェフレラに大口叩いて自分がチュートリアル未クリアってこれうわぁ……。穴掘って埋まりたい。


 いや導線。導線が悪い。そう、そういう運営の不備にしておこう。


「おまたせぇ。どしたの? 渋い顔して」

「自分の行動に思いを馳せてる……」

「なんか知んないけど大変だね。はい、これ調査依頼と採取依頼と討伐依頼。受けたいの選んで。全部受けるのがおすすめ!」

「わぁ」


 深刻な落ち込みをサラリと流されて、ここぞとばかりに大量の依頼を提示された。


「全種類あるんだけどこれ選んできたの? ほんとに?」

「もっとあるけど危険なやつは外してるよ!」

「どんだけ溜まってるんだ」

「……聞く?」

「遠慮しとく」


 まあ、ほら、一応リアル時間本日中に気づけたから良しとしよう。うん。この世界だと二日目はいってるけど!


 改めて受け取った依頼を眺めていく。羊皮紙かと思ったけど、これ藁半紙みたいだな。植物性の手触り。中央部分、依頼の文字と図が記載されているところは蝋引きされてるのか、ツルリとしている。


 なになにー。


『調査依頼:コルト街道付近、渇水の調査』

 推奨レベル5。報酬変動。

 リグ川の水位が下がっていると報告があった。現地に赴き、川の状態を確認せよ。

『採取依頼:リグ草の採取』

 推奨レベル3。報酬変動。

 コルト街道付近に育成しているリグ草の採取。ひと束10本。最低3束〜上限なし。

『討伐依頼:マーモット』

 推奨レベル2。報酬変動。

 マーモットの穴掘り被害が増大しています。なるべく多く間引きしてください。

『討伐依頼:ビー』

 推奨レベル3。報酬変動。

 季節外の大量発生がありました。街道の安全のためなるべく多く排除してください。


 他にもあったけど、まとまってやれそうなのはここらへんかな。

 ビーはレモンの森に行くまでにも戦ったことがある、でっかい蜂。一匹二匹だと脅威じゃなかったけど、推奨レベルがちょっと上ってことは群体でくるかな。


 他はなんとなく。コルト街道ってことはコルトって街か村でもあるのか。ちょっと気になったので推奨レベル結構上だけど受けることにした。持ってこられたってことはそこまで難しくないでしょう。

 多分マーモットとビーを乱獲したらレベル上がるはず。


「じゃあこれ。受けます」

「もっといってもいいよ?」


 推してくるケトゥンには笑顔でお引取りいただいて、四枚のみ手元に残しあとは突っ返す。

 それで受注処理になったのか、残した四枚が淡く光ってドッグタグもとい登録証に吸い込まれた。


 なーるほど?

 受注管理ってこうやるんだ? 確かにないと不便そう。


「はぁ〜、でも四つ受けてもらえるだけでもありがたいよぉ。またよろしくね!」


 残念そうな彼は置いといて、今度こそ当初の目的通り街歩きしよう!!

 ……依頼? 期限ないから後だね!!





--------------------------------

チュートリアルくん「終わったと思った?まだだよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る