012. 食い意地の張った毛玉

 ぽかん、と、レモン片手に箱庭の入り口を見つめる。

 なにが、どうして、どうなった?


「えー……と」


 とりあえず残りのレモンも全部箱庭に放り込んだ。綺麗になった地面を見渡して手をはたく。


 さて、現実と向き合おうか。


 出っぱなしになっている確認ウィンドウ、その共有ボタンをポチリと押す。


<< 情報が共有されました。ノートリアスモンスター /【ark hortus】影響度についてヘルプに追加が行われます >>

<【称号:初めに標を刻むもの】を獲得しました>


 うん、うん。まあなんかこうなる予感はしてたけどね?

 これワールドアナウンスってやつかなあ。ちょっとエコーのかかった音声が称号獲得の音声と違う。


 幸いにも周りに人影はない。色々確認事項はあるがまずは避難が先決かな。

 そういえば箱庭って入るとどうなるんだろ。入り口は空いたままなのか、マスターが入った時点で閉じるのか。

 えーと……ああ、マスターが入った時点で入り口は閉じるんだ?で、箱庭から出るときは入ったときと同じ場所に開く、と。


 じゃあこのまま入ったらとりあえずは雲隠れできるわけだな。

 ……毛玉がどうなってるのか心配ではあるけど……。あ、ちょっと森の中入って目立たない木陰にでも入り口開き直して、と。


「いくかぁ」


 気が進まないながらも面倒と天秤にかけて、箱庭に避難することを選択した私は入口をくぐる。

 あー、箱庭内で死んだらどうなるんだろ。載ってなかったや。いや、そもそもレベルは上がらないとかなんとかスイが言ってた気が。捕獲って出てたし、無力化されてるといいんだけど。


 二度目ましての箱庭内。相変わらず広い。空が青い!外よりもちょっと色が濃い気がするな。


 入った瞬間上を向いていたのは逃避です。

 いや、目の前にレモンに囲まれて毛玉がこちらを向いていたので。


「リュ」


 鳴き声に渋々視線を下げる。声や雰囲気からして特に敵対心はない模様。じっと見ているとシステムが注視判断したのか情報が表示された。


[待機:幻獣]リュ


 待機か。そうか。


「お前、どうしたいの?」


 通じるかわからんがとりあえず話しかけてみる。ペットとかにも話しかける人いるよね。そういう感じ。

 ペットにしては随分凶暴ですが!


「リュ」


 ぽふん、と、レモンの上に乗る。うーん、ちょっとかわいく見えてきたぞ。殺されかけた、というか一度殺されたけど。


「リュ」


 レモンに乗ったあと、こちらめがけて飛び込んできた。慌てて両手のひらで受け止めてやる。

 うわー見た目通りふわっふわしてる。ちょっと猫の毛っぽい。

 なんか訴えるように見上げてきてるっぽいけど、お前、顔まで毛だからよくわからんよ。


「リュ、りゅ!」


 しばらく見つめ(?)あった後、毛玉は私の手とレモンの上を行き来しだす。

 なに?これ?


「食べたいのか?」


 レモンが好物なんかなあ。そう思ってどうぞと手を向けるも、一向に食べる気配がない。ぽふんぽふんとレモンの上で跳ねている。このレモンはお気に召さんのか。


 あたりに散らばる残ったレモンを確認すれば、最初に取った低品質のものばかりだった。

 ……もしかして?


 えーと、確かポケットに一つドサクサに入れてたはず。

 探れば品質Dのものが見つかった。これなにげに今までで一番品質高くないか?いつの間に。採取レベルでも上がったかな?


「リュー!!」


 ステータスを確認する暇もなく毛玉が飛びついてくる。またたく間に手の中からレモンが消え、毛玉は満足そうにゆらゆらと揺れる。……美食に目覚めた毛玉……。


「りゅ!」


 もっと、とでも言うように震えられてももう無いんだけど。


「ちょっと待ってろ」


 なんか情が湧いてきたし、外に出たらいくらでも取れるからな。こいつがどれくらい食べる気かわからないけど、ある程度満足させてやることは出来るだろう。

 心配なのは着いてきて外に出た時にまた襲われやしないかということ……うん?来ないの?待ってる感じ?


 箱庭から出る素振りのない毛玉を残して森に戻……おや?


 戻ろう扉を開いて触れた途端、ウィンドウが開いて出る場所の指定を促された。


 おやあ?ヘルプに書かれていたことと違いますね?


---

【指定してください】

 ・レモン森の入り口(クルトゥテラ)

 ・???森の入り口(ストゥーデフ)

 ・???森の入り口(インエクスセス)

---


 他の国、行けるね?これ。


「りゅー」


 しばし固まっていると、催促するように毛玉が鳴いた。


「どこから音声出してるんだお前は。ごめんごめん、すぐ採ってくるから」


 まあ、検証調査よりさきにまずはこいつだ。採取レベルもチェックしたいしね!


 気になる現象を振り切ってレモンを採取してくる。幸い、まだここらへんに人影はない。もしかしたら先に来た人たち全部殺されてたりして、危険区域扱いになってるのかも。ちょっと他プレイヤーの動向も知ったほうがいいですねえ。あとで調べとこ。


 最近のVRMMOにありがちな、時間加速とそれに伴う外部との断絶はこのゲームにも搭載されている。確かリアル1時間がゲーム内6時間だったかな?4時間プレイしたらゲーム内一日が過ぎる計算。

 リアルとゲーム内の時間の流れに差があるせいで、リアルタイムで外部とやり取りすることはできなくなっている。それを補うために、公式が掲示板を用意していたはず。一応アプリ入れてれば、リアル側でも掲示板のチェックは出来るらしい。書き込みは話題に取り残される強い心があればどうぞ、って感じらしいが。禁止はされてないけど、暗黙ルールでチェックだけになってるVRMMOは多い。


 そんな事を思い出しつつ、採ってきたレモンを毛玉に向かって転がしてく。


 面白いんだよ。動くボーリングみたいな。いやボーリングの玉は元から動くけどね?ピン=毛玉が動いてキャッチしていくから、的中率100ボーリングが楽しめます。


 何個か転がしてやって、満足したのか毛玉はちょっと横に平べったくなった。


「案外形変わりますねお前」

「リュー?」

「いつまでもお前とか毛玉って呼ぶのもなあ。名前ないの?」

「リュー」

「リュー?」


 名前がリューなのかと繰り返せば違うというように小刻みに跳ねられた。


「勝手につけていい?そう?何がいいかなあ。チェッロ……呼びにくいな。チェロでどう?」


 もちろんリモンチェッロからの短縮形です。

 返答はなくころりと一つ転がる。この動き初めてだな。横回転もするのかお前。


「えー、違うの?じゃあ、リモン……リモ?リモは?」

「りゅ!」


 お気に召したらしい。

 その途端ウィンドウが新たに開き、アナウンスが鳴り響いた。


<【幻獣:リュ / name:リモ】とパートナー契約を結びました。【ark hortus】内、パートナー機能を開放します >

<< 【ark hortus】にて初めてパートナー契約が行われました。パートナー契約についてヘルプに追加が行われます >>

<【称号:初めに友誼を結ぶもの】を獲得しました >


 うーん、お外に出にくくなりますねえ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る