010. クルトゥテラの食糧事情

 スイと別れ、転移したクルトゥテラの広場は、他のプレイヤーだろう存在が何人も見えた。


(うわー)


 空を仰いでまばたきを繰り返す。与えられた情報量が多くて、思考をどれに向けたらいいかわからなくなっていた。


(別れの挨拶、出来なかったな)


 システム上仕方のないことだろうとはいえ、あそこで何も言わずに別れてしまうのは惜しい。またどこかで会えたらいいのだけれど。


 気を取り直してぐるりと周囲を見渡す。その間にもプレイヤーが何人も出現していて、同じくチュートリアルを終えてクルトゥテラを選んだのだろう、その人達の邪魔にならないように広場の端へと移動することにする。コツリと足が地面を叩く音がした。


 端まで移動してしゃがみ込む。こつこつと拳を地面へと打ち付けて、広場全体を視界に入れる。中心から放射状を描いて外へと配置されているタイルは、薄茶と焦げ茶が入り混じっていた。それがなんとも言えない模様を作り出していて、周りの建物に彩を添えている。細い路地にまで同じレンガタイルが続いているのを見て、誘われている気持ちになり路地へと入り込んだ。


「結構明るいんだな」


 左右に建物がひしめいているが、屋根が片流れのせいか日差しが遮られるということはない。ところどころ樹木が壁と一体化していて、休憩所のような木陰を作り出している。置かれたベンチに人が座っているのを見て、NPCとプレイヤーを識別する設定のことを思い出した。少し意識すれば設定のウィンドウが開く。


「えーと、あ、あった」


 目当ての設定を見つけてチェック。どうやら常に識別表示をするのは非推奨のようで、ぱっと見その設定は見当たらない。代わりにジェスチャーで情報が表示されるものと、注視すれば情報が表示されるものとふたつあった。注視の方は秒数設定も可能だ。

 一応どちらもオンにして、ジェスチャーは指をさす動作にした。なんか干渉することあったら変更しよう。注視の秒数も2秒程度にしておく。


 設定を終えて先程のベンチの人を判断しようとしたが、いつの間にかいなくなっていた。別の対象を求めて路地を奥へと歩く。


 まあ、広場まで戻ってもいいんだが、多分あそこにいるの大抵プレイヤーだろうし。

 できたらNPCの判別をしたい。


(NPCっていうのも味がないよなー。現地人、住人、やっぱり住人かな?)


 そんな事を考えていると、おあつらえ向きに商店っぽいものの前まで来た。軽く中を覗いてみれば、カウンターと椅子などが置いてある。雑貨屋、兼、軽食もとれるところのようだ。

 満腹度とかどうなんだっけ。ヘルプ、ヘルプ、と。


 軽く意識すれば『食事について』のヘルプが開く。

 なになにー?内部的に空腹度があるので適度に食べろってことか。空腹度の表示はないけど、あまりに空腹だと能力低下、デバフがつくようだ。餓死とかはないみたい。

 そのうちバフ料理とかも手に入るのかね。


 ちょっとだけウキウキしながら雑貨屋の扉を開く。ちりん、と、来客を知らせるドアベルが鳴った。

 店内には人の気配はなく、カウンターにも店員らしき姿はない。少し待っていれば奥から出てくるかな?と、棚に並べられた商品を見ていることにした。


 カントリー風の緑の棚には薬品類、隣のオレンジの棚には食品類が置いてあるようだ。設定したとおり2秒ほど注視すれば、簡易ではあるもののアイテムの情報が見える。鑑定を取ってはいるものの、鑑定自体のレベルが低いのか商品にはプロテクトがかかっているのか、名前と簡易な説明文しか読み取れない。


 にしても、食品が偉くシンプルである。

 パンと水と、かろうじてベーコンっぽい塩漬けの肉。いや、燻製されてないみたいだから、正しく塩漬けの肉か。塩抜きとかしないとしょっぱそう。

 野菜類もベーシックなものしかなくて、果物に至っては見て取ることが出来ない。レモン、が、唯一それっぽいと言えばそれっぽい。


 もちろんアルコールは見当たらない。


「お待たせしました。なにかご入用でしょうか?」


 ややあって店員さんが表に出てきた。少し背の高い、あ、いや、今の私の身長が低いから普通くらいなのか?私より背の高いお姉さんだ。少し耳が尖っているので、エルフっぽい。このゲームにエルフいるのかわからんけど。


「軽く食事できます?」

「はい、大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」


 なおちゃんとNPCのお姉さんでした。メニューを渡してカウンターに戻る後ろ姿を注視することで判明。テキストでも表示されるが、色とかカーソルで判別したほうが楽かな。設定は……っと。ないのか。あとで運営に要望送っておこう。


 気を取り直してメニューを確認する。

 肉サンドとレモン水、パン単品とレモンの砂糖漬け……?


(うっそだろ。ここにある材料でピクルスくらいは作れるんじゃない!?)


 まて、まて、慌てるにはまだ早い。ここはほんとに軽いものしか置いてなくて、他の店だときっとちゃんとあるんだ。きっとそう。


 一抹の不安を抱えながら出てきた軽食を食べ終え、代金を支払って店を出た。

 ちなみにシンプルな塩味の肉サンドでした。可もなく不可もなく。


 次に入ったのは食堂っぽい店。当然のようにアルコールは扱っていない。

 そして、メニューもあまり代わり映えしない。


 食堂でこれ!!食堂で!!


「あの、すみません。聞いていいですか?」

「はいはい。なんでしょ?」


 耐えかねて食堂のおばちゃんへ声をかける。家族経営なのか、奥の厨房には旦那さんらしき人の姿が見えた。

 なお二人ともNPC、住人のようだ。


「メニューが、その、すごくシンプルなんですけど」


 どう伝えたものかと言葉を選びながら口にした私に、おばちゃんは、ああー、と、声を零す。


「今はどこもこんなものよ。この地区はレモンが名産だったから、レモンだけはそれなりに残っているけどね。もっと美味しいものを食べていた記憶はあるんだけど、どうもあやふやでねえ。これも大崩落の影響さね」

「大崩落」

「そう。あんた、大崩落を知らないってもしかして渡り人かい?ここにたどり着くまでに暗い穴を見なかった?」


 言われて、クルトゥテラに来る直前の光景を思い出す。あの、ぽっかり空いた暗い色を。


「あー、見ました、ね」

「あれが起こってから、色々なくなったものも多いんさね。フィニスに連なる方々が、なんだかんだやってくださってるけど、手が足りてないわね。あんた達には期待してるよ」

「それは、がんばります?」


 結局、軽く雑談してレモン水だけ頂いて席を立った。

 もう一度あの、塩のみの肉サンドを食う気にはなれん!


「あ、ちょっとお待ち」

「はい?」

「これ持っておいき」


 呼び止められ渡されたのは小さな袋。開けてみれば、ころりとした丸い粒がいくつか。


「私達にはもう何かわからないけど、あんた達なら解るかもしれないからね。またおいで」

「? ありがとうございます」


 何が解るかもわからないまま、手を振って店を後にする。


(とりあえず酒とか何かよりも先に!食の!改善が!急務!!)


 今後の方向性を見定めて、食材探しに繰り出すことにした。

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