003. 難問だらけの設定ターン@1

(あー、っと……)


 なんかすごい待たれている気配がする!名前、なまえ……いつものやつは諸事情あって使いたくないから、新しいの必要だな―って数日前までは考えてたんだっけー。はっは、完璧忘れてた。


(えー、と)


 ランダムとか有りませんか?ない?でしょうね!えー、酒、バッカス、クラフト、シングルモルト……。

 待ちの姿勢で動かないスイに焦りを覚えながら、酒からの連想で名前を探す。安直というなかれ。下手にひねるより良いはずだ多分。


(「ホップ」で)

「OK、ホップだね。では、降り立つ身形を考えようか」

(身形?)

「どんな姿でこの世界を過ごしたいか……かな?それぞれで適正が違うから、やりたいことを教えてもらって、おすすめの形を伝えることもできるよ」

(酒作りで)

「ああ、うん……そうだね。はっきりしていて良いことだ」


 どこか遠い目をしたスイが手を横に動かす。ふわりと光が集まって、中空に一つの形を作り出した。


「まずは、ベースは【スピリトゥス】、その中でもお酒ということなら【シールフ】がおすすめ」


 等身大のドール素体にも似たそれが、意思を持つように形を変える。全体が少し小さめに、見た目は機体に登録してあるものが反映されているのだろう、馴染みのある自分の姿が目の前に浮かぶ。

 浮かんだ造形、ボブカットの淡い金髪に緑のメッシュが両サイド、灰色の瞳、まではよかったものの、その体の小ささに疑問を覚えた。


(サイズ、小さくない?決定前の投影だから?)

「まだ生まれて間もない状態になるからね。小さいのは当たり前だよ」

(そういう、もの?成長したら大きくなる?)


 そんな最初のキャラメイクで成長換算とか、びっくりにも程がある。データ量大丈夫か、なんて、考えても仕方ないのだけれど。


「そうだね。力をつければ大きくなれるだろう。どう成長するかはキミ次第だ」

(へえー)

「どうだい?他の種族も作れるけれど」

(これで大丈夫)


 おすすめには従いましょう!この世界に詳しい相手、しかも神というならハズレを引かされることはないはずだ。比較するのがめんどかったとも言う。


「じゃあ次は身形の細かいところを決めようか」


 いわゆる見た目変更というやつだろう。ベースからゲーム独自の素体へ変える作業だ。ゲーム固有の、例えば羽とか角を追加したり、色合いを調整したり。こだわる人はここで何時間も調整をかけるらしいが、私はそこまでこだわらない。


 身体は現在もふよふよと頼りない心地だが、移動は特に問題ないようで、宙に浮かぶ素体の周りを一周しながらざっとチェック。

 種族の特徴なのか、背中には薄い妖精によくある羽が一対、両手首から肘辺りまで、肌色より少し濃い色で文様が描かれていた。蔦と言うには葉っぱがなくて、水と言うには直線が強い。シールフという語感からして風、なのだろう。

 身長は元データから縮んで100cm弱、リアルだと165cmほどあるので不思議な感じだ。カスタムできるとのことなので、最大まで伸ばして……150cm弱、ってところか……。


(よし、これで)


 結局、文様の色を薄い緑に、身長を最大まで伸ばした程度でカスタムを終えた。


「終わったようだね。じゃあ、降り立ってみようか」

(やること少なくない!?)


 あっさりとゲームスタートと思しきセリフを紡いだスイへ思わずツッコミを入れる。

 こう、スキルとかジョブとか、チラリと確認した公式サイトではたしかあったはずなんだけど。


「決めることはまだあるけど、ずっと不安定な状態だと良くないから。一度降り立って存在を確立させてから続きをしよう」

(なる、ほど?)


 なるほどぉー?思った以上に導入部分を作り込んでいるらしい。それならばさっさと進めてしまおうと手招きするスイの側へと近寄る。

 先ほどと同じような感じに場所が変わるのかな、と思ったが、身構える前にスイの手が目の前に広げられ、エレベーターが降りるときのような感覚とともに、視界が切り替わった。

 臓腑が浮かぶあの感じ、心構えがないとひゅっとする!!


 ***


 しっかりとした地面を踏みしめる感触、肌に当たる風と、緩やかにさざめく周囲の気配。

 スイに導かれ降り立った場所は街のど真ん中で、左手に丸い噴水が飛沫を上げていた。サービス開始直後だというのに、全く混んでいないのはイベント空間だからなのか。


「問題なく降り立てたようだね」


 スイの声に、周りを見渡していた視線を前へ向ける。あの不思議空間での目線と明らかに違い、上の方にスイの顔があるのは身長が縮んでいることの証明か。両手を握って開いて、感覚の違いをアジャストしようとしたが違和感を全く感じなかった。技術怖い。


「ここからどうするんだ?」


 発言した自分の声は、エコーもかからず普通の声として耳に届く。少し高い気もする音程は、体格に関するものか種族設定なのか、細かいところが気になった。プレイしていけば馴染んでいくのだろうか。


「まずはあそこにいくよ」


 指さされた先、噴水から続く石畳の奥に神殿のような建物が見える。青空を背景に灰白の石積みがよく映えていた。ここからだと細かな装飾は見えないけれど、何本もの太い柱が屋根を支えている姿は重厚で、けれど何人もが出入りを繰り返しているのが遠目にも解って、敷居が高いとは感じさせない。


「この噴水からあそこまで水路が引かれているでしょう?途中で光が触れてくるけど、ホップを世界に定着させるためだから受け入れてね」

「だから離れた場所に出たのか」

「そう。まあ、この街を見てもらうのも目的のひとつなんだけど、見えても触れたり交流はまだできないから、全部が終わってからだね」

「あと何があるんだ?」

「まず箱庭を作って、次にスキル、最後にジョブの決定かな。それぞれ詳しいことはその時に話すよ」


 それだけ言って、進み始めたスイが数歩先でこちらへと身体を向ける。


「ようこそ、ネクソムへ。我々は君たち渡り人を歓迎する。まだ不安定な世界だが、君たちの活躍で安定することを願っているよ」


 青い空、神殿を背景にした神という姿はとても絵になるものなのに、告げられた歓迎のセリフに突っ込まずには居られない。


「不安定って何!?」


 少しは酒以外の公式設定を読み込んでおくんだった。そう思っても、時間は戻ってくれはしない。

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