002. キャラメイクよりまずは

 空間に再構築される感覚。周りはしんとして空気の流れは停滞している。網膜構成が終わってなお、暗い海の底のような、不思議な揺蕩いと明滅する小さな光。


『これ、は、どうしたら?』


 発生した言葉ははっきりとした音にならず、膜がかかったような二重音で聞こえてくる。


(最初からバグスタートとかやめてくれよー)


 しかし身体は動かせるし周りを見渡す余裕もある。景色として感じられるくらいの変化はあるのだから、これはスタート時の演出なのかもしれない。それにしてもここからどうやって進むのかのヒントくらいは欲しい。

 なにせ、地面がない。上下左右、ゆっくりとした圧によって姿勢は保持されているものの、ジタバタと手足を動かしても周りに変化は起こらないのだ。

 こぽり、泡のような光が、一点の方向へといくつも流れていく。見る間に数を増やしたそれに巻き込まれるようにして、ようやく身体は移動を始めた。


 しばらくすると、手をふる人物の姿が見えてくる。長い髪はプラチナブロンドで、この空間を象徴するように四方八方に漂っている。ただ乱雑な印象はなく、計算されたような配置で絵画のようにも見えた。


『こんにちはー』


 挨拶は基本だよなーと、手を振り返して言葉を紡ぐも、先程と同じで明瞭には紡げない。それに相手との距離もちょっと遠かったから、音声となっていたとして届くかは微妙だった。まあ、いいんだ。こっちの気の持ちようだし。

 このまま側まで行けばちゃんと会話出来るかな?と期待していると、いきなり後ろから嫌な圧が流れてくる。それと同時、ちょっと焦ったような顔をした目の前の人物が両手を広げて何かを包み込むような動作をした。


 グンッと加速する感覚と、水中から外へ出るときのような重さ。


 まばたきの間に人物の側へ辿り着き、何だったんだと背後を振り返れば、黒い触手のようなアメーバじみた不定形が空中をかき回しているのが見えた。


「わお」


 思わず呟いた声は今度ははっきりと耳に届く。

 現実だと恐怖体験だけどね!ここゲームだからね!!

 あとなんかうねうねしてて可愛くも見えなくもなくもない?


「すまない、ちょっと場所を変えるよ」


 そんな声が聞こえたと同時、周りの景色が割れて消えた。

 クリスタルガラスに写った景色が砕かれたと言えばいいだろうか?光の粒子がまばゆくたゆたい、はっきりとした輪郭を形成したと同時にどこかの部屋へと変わっていた。


(海から陸上へ!)


 なお自身のぼんやりさは消えていない。周りがはっきりしている分、声すら響かなくなっていた。


「さて、ようこそ世界へ。あなたを呼んだのは他でもない私達だ。ああ、声は出さなくていいよ。まだここでは繋がりが薄いから、音にはならない。伝えたいことは考えれば伝わるから、とりあえず楽にして。聞きたいことがあれば答えられるだけ答えよう」


 空間に散っていたプラチナブロンドは背中へときれいに流れている。そうか、ここは重力があるんだなと妙に納得した。


(お酒ありますか!!!!)

「え?」


 自分の中で何より重要なことを伝えれば、目の前の人(?)は虚を突かれたように固まった。


(ここに、いえ、この世界にお酒があるかどうか、それが何よりも重要なんです!)

「能力とか、どんな姿形をとるかとか、さっきのはなんだとか、気になりそうなことたくさんあると思うけど……?」

(後で良いです)

「え、えぇー……?お酒……?お酒ってあの、飲み物の?」

(そうです!あるんですね!?)

「たまにお供え物としてもらうことがあるけど」


 よっし存在する!それそのものが重要だ!!あとは手に入りやすさ!!流石に初期は装備とか消耗品にお金かけないといけないだろうけど、値段によっては開幕飲酒が出来るかも!?


「飲みたいの?」

(はい!!)


 それはもう精一杯頷いた。まあ形がふんわりしてるからこう、心で頷いた感じだけど!ああ、どんなお酒かな。お供え物なら日本酒かワインかな。この世界特有の何かかも知れない!楽しみだなあ!!


「すごく嬉しそうなところ悪いけど、一般には飲めないと思うよ……?」

(え)


 まじまじと目の前の人(?)を見つめる。そうだ名前も聞いてない。あ、睫毛までプラチナブロンドなんだ。なっがいなー。顔も整ってるし、そういえば普通に会話してるってことはNPCでもAIレベルが高いのかな?それともこの世界はこれが標準なんだろうか。


(のめない)


 現実逃避に考えたことを裏切り、心が勝手に無慈悲な事実を突きつけてくる。


「うん、そう。えーと、僕たち、君を呼んだものだけどね、それらは総じて神なんだ。今から君が降り立つ世界は壊れかかっていてね?嗜好品のたぐいは散逸したか、あっても特別なものとして管理されてるから……」

(のめない)

「ほ、ほら、元気だして!特別扱いは出来ないけど、縁あったものとして精一杯サポートするから!」


 なんか一生懸命に慰めてくれる気配がしているが、無慈悲な事実を咀嚼するので精一杯だ。ちょっとまっていてほしい。こんなことがあっていいのだろうか?新しく積まれた機能ならそれを存分に活かす設定にしてもいいんじゃない!?なんだって?散逸して?特別?……はっ!


「いろいろ、手段はあると思うし!!うん!たぶん!」

(ないなら作ればいいじゃない!!!!女王の言葉!!)

「そうそう作れば!は、え?女王?」


 なんか違う気もするけどそうだ!過去の偉人も言っていた!不可能の文字はないって!


(作ることは可能!?)

「出来ると思う、よ?製法も失われてるから、探るところからだろうけど……うん、君がもとに戻してくれるなら、それは僕らの意にも沿う」

(よし今すぐやろういきましょうそういえばお名前伺ってませんでしたね!)

「落ち着いて!!降り立つためには決め事が色々あるから!」

(あ、はい)

「うん。まずは自己紹介からね。僕はフィニスに連なるスイ。スイと呼んで貰えればいいよ」

(スイ)

「よろしくね。では君の……この世界に降り立つにあたっての呼び名を教えて」

(…………)


 にこにことこちらを見てくるプラチナブロンドの美丈夫……スイを見つめてしばし固まる。

 そういえば、飲酒もといプレイにばかり気が行ってて、名前、考えてませんでしたねー?

 自慢じゃないが名付けに自信はまったくない!


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