ゴブリン姉妹の葛藤 #7

 ゴブリンの少女は、彼女だけが知る獣道を進み、一行はその背中を追いかけた。


 「そういえばあの罠、アンタの村で作ったの?」

 「アレ、私作った、蜘蛛の糸束ねると、大きな獲物も、捉える」

 「え? 君が作ったの? すごいな」


 ユウは素直に感心すると、少女は頬を赤くして上機嫌に説明する。


 「元々、獣用、でも姉、悪知恵、ある」

 「つまり人用に転用したわけか、まあ総じてゴブリンはずる賢い生き物でしょうけど」


 少女は優れた狩人だった。

 ゴブリンアーチャーは、それほど珍しい物ではないが、彼女の弓の腕はエルフ相手でも退けを取るものでは無い。

 高い身長から腕の長さに合う大弓は射程の長さと威力を両立しているが、普通のゴブリンにはとても扱えない代物だ。

 身に纏うギリースーツも彼女の自作であり、彼女は頭を掻くと、器用さを控えめに自慢した。


 「まるで職人だね、街でも仕事に困らなさそうだ」

 「私? 街に?」


 ゴブリンの少女はキョトンとした。

 ユウはあまりにも天然だから忘れていたが、彼女は魔物だ。

 かつてムーンが起こした騒ぎを忘れていた。


 「ユウ様、ゴブリンが街に現れたら大騒ぎですよ」

 「え、あー、そうか」


 ゴブリン少女はシュンと落ち込む。

 だがユウはムーンを例にある提案をした。


 「でも女の子のゴブリンって凄く珍しいんでしょう? ムーンだって保証人がいれば問題ない訳だし、彼女も騒ぎを起こさなければ問題なさそうだけど」


 ゴブリン少女は今度は顔を明るくした。

 思わず嬉しげにゴブリンの少女はある夢を語る。


 「私、夢ある。街行って、冒険者、なりたい」

 「ご、ゴブリンが冒険者ですか?」


 少女は平和を望む優しいゴブリンだが、それはそれとして夢があったのだ。

 知性を得た彼女は人間が高度な文明を築いている事を知った。

 それは憧れになり、言葉を学び、いつか冒険者ギルドに行くのが夢だった。

 勿論現実は厳しい、ゴブリンが街に出れば大騒ぎになるのは当然だろう。

 だからこそ、これはまだ夢なのだ。

 だけどユウはというと。


 「なれると良いね」


 この男は……少女は顔を赤くすると、隠すようにギリースーツのフードを被って顔を隠した。

 どうしてそんなに甘い言葉を使うのか、初めてそんな男性に出逢ってしまった少女の胸はドキドキと高鳴ってしまう。

 まるで発情したかのような錯覚だった。少女は村の灯りを捉えると、顔を振って真剣な表情に戻る。


 「止まって、村、目の前」


 一行は足を止めると、口を閉じた。

 森の奥から光が灯る。

 火だ、松明でも焚かれているのか?

 否、それは焚火だった。

 村落は開拓されており、中央広場に足場が組まれ、焚火が煌々と輝き、煙を空へと放っていた。


 「ゴブリン村って思ったよりも文明的なんだ」


 周囲にはツリーハウスが並び、大地は均され、そこはしっかりとした村であった。

 焚火の周りにはゴブリン達が30人はいるだろうか、皆高台の前で平伏していた。

 ユウは高台を見上げた、そこに少女が立っていた。


 「ゴーブゴブゴブ! ゴブブー!」


 少女は幼い姿で、明らかに身の丈に合わないボサボサの服を纏い、なにか演説をしているようだった。

 ツバキはそれを見て、首を傾げる。


 「あれ? メスゴブリンが3人いるとか聞いてないんけど」

 「あれ、姉。姉小さい」

 「えっ? あれがお姉さん?」


 姉はシャーマンのような格好で、首元には髑髏のネックレスを掛けていた。

 髑髏は人の物ではない、小型の猿の物だろうか。

 その小さな手には杖が握られている、こちらはなにかの大腿骨を工夫して作成した不出来な杖という風情だ。

 なんだかまるで幼女のなりきりのような見た目のアンバランスさで、それは滑稽にさえ映った。

 だがゴブリンの少女はそれを真剣に見ている。


 「一体お姉さんは何を話しているの?」

 「ゴブリン、飲め、歌え、強くなれ、言っている」

 「ゴブリン語ってなんであれで成り立ってるのかしら?」


 共通語を当たり前に使うツバキには、ゴブリンの文化は理解し難い。

 兎に角今がチャンスではないだろうか?


 「で、どうする訳? アンタならここから狙い撃ち出来ないの?」

 「ゴブリン、撃ちたく、ない。出来れば、言葉で」


 ツバキは少女の持つ弓矢を見て苦言を呈した。

 とはいえ同胞殺しは、少女には辛い事だろう。

 ユウはその想いを汲み取り、ある提案をする。


 「陽動を掛けるのはどうだろう?」

 「陽動ですか?」

 「皆の力を合わせれば、あの場を混乱させる位は出来ると思う。その隙にこの子にお姉さんの下に行かせるのは?」

 「姉を止められる保証がね……」


 ツバキは賛成しない。

 第一にゴブリンの少女の優しさを危惧したからだ。

 次に交渉が決裂した時どうなるのか?

 彼女がしようとしている事はファシスト政権を転覆させようというクーデターに他ならない。

 ゴブリン持つ幼稚で野蛮な性格は、ファシスト政権と相性が良すぎる。

 彼らは彼我戦力差も気付く事なく滅びの道を辿るだろう。

 今は弱い冒険者ばかりがくるかもしれないが、いずれ強力な力がこの村を滅ぼすから。

 だが、それをユウは望んでいない。

 だからツバキはを頭から捨て去った。


 「いいでしょう! 暴れるのは得意よ!」

 「アギャース!」


 ルウは咆哮を上げると、一気に坂を滑り降りて村を急襲する。


 「ゴブー! ギャッギャー!」


 ゴブリンシャーマンの少女がなにやら喧しく叫びだした。

 ブンブンと振り回す骨の杖で、なにか指示を下しているのか。

 兎も角仕掛けられた、ツバキはユウを見る。

 ユウはツバキに対して。


 「お願い、ツバキ!」

 「ええ! アンタがそう言うなら!」


 ツバキは意気揚々と飛び出した。

 愛する男の激励を受けて、興奮しないラミア等いない。

 今やツバキは荒ぶる恋の蛇神、ゴブリン達はその姿を見て、慄いた。


 「ゴブー! ゴブー!」


 それでもゴブリンシャーマンは台から降りる事なく、果敢になにか指示を送る。

 やがて、ゴブリンのアーチャー部隊が一斉に弓を構えた。


 「ゴブー!」


 ゴブリンシャーマンの号令と同時に、ゴブリンアーチャー隊は一斉に矢を放った。

 それは放物線を描いてツバキに襲う、だが所詮ゴブリンの非力な弓だ。

 ツバキの上半身の動きはゴブリン程度に捉えられるものではない、矢は一発もツバキを捉えはしなかった。

 ゴブリンシャーマンはそれを見て、怒り顔で地団駄を踏む、妹に比べて子供っぽい姉だ。


 一方ルウの方は村を駆け巡り、非武装のゴブリンを蹴散らしていた。

 ゴブリン達は戦々恐々だ、成熟したディノレックスは恐怖の対象でしかない。


 (よし! 姉気づいてない! 今の内に!)


 ゴブリン少女はギリースーツのフードを深く被り、静かな足取りでユウ達を誘導した。

 万が一も兼ねてユウを護衛するのはムーンとディンだ。

 ユウは大狂乱に陥るゴブリン村の外側から、目立たないように捕虜収容所へと向かった。


 「ゴブ!?」

 「気づかれた!?」


 ムーンが咄嗟に抜刀、建物の前に槍を持ったゴブリンがいたのだ。

 だがゴブリン少女は直ぐに手でムーンを制した。


 「同士! 敵じゃない!」

 「じゃあ彼もレジスタンス?」


 ゴブリン村には必ずしも、あのゴブリン少女の姉に従うばかりではないと説明はされていた。

 とはいえそれをユウ達に見極めるのは難しい、なにせゴブリンの顔の違いさえ見分けがつかないのだ。


 「ゴブ、ゴブブ!」

 「ゴブゴブ! ゴブゴ!」


 少女はゴブリンの言葉で何か説明をしていた。

 ユウはムーンを見て「分かる?」と尋ねるが、ムーンは首を横に振った。

 やがてゴブリン少女は会話を終えるとユウに振り返る。


 「囚人奴隷、皆無事、急いで!」


 槍を持ったゴブリンが道を開くと、ユウは暗い木造の建物に侵入した。

 中には小さな牢屋があり、そこにユウの見知った少年少女がいた。

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