ゴブリン姉妹の葛藤 #6

 駆け寄った人影の正体は見てくれの悪い人形だった。

 ユウが叫んだ瞬間、突然ユウ達を囲むように、地面から網が飛び出し、ユウ達を捕まえると宙づりにする。

 倒れていた人影の正体は粗雑な木や骨で作られた人を模したガラクタであった。


 「わ、罠!?」

 「典型的な罠ね! 木の枝に吊るしているのか……」


 ツバキは頭上を見上げると、大きな木の幹に罠が仕掛けてあるのを確認すると舌打ちした。

 ディンとルウは突然の異変に慌てて暴れるが、罠は頑丈だった。

 合わせて3トンはある筈だが、頑丈な網だ。


 「ギャッギャッギャ! ゴブゴブ!」

 「ッ! ゴブリン!」


 ムーンは緑色の肌で、子供のような体格の魔物を見た。

 間違いなく今朝襲撃してきたゴブリンと同じタイプだ。

 しかしツバキはゴブリンを無視して網に注視していた。

 まるでゴブリンよりも、この罠の方が興味深いようで、彼女は網に指を掛けて強度を測る。


 「この網、蜘蛛の糸を何重にも編んでいる? ゴブリンにそんなエルフめいた技量があるわけ?」


 魔物とて道具を使うことは普通だ。

 ムーンが大剣を、ツバキが黒曜石のナイフを扱うように。

 だが使うことと、作る事は別だ。

 薬学のスペシャリストのツバキは人間が作る最高精度のポーションを容易に越えるラミアポーションを製造出来るが、これは世界中でもラミア族特有の技術だ。

 ゴブリンも簡素な罠や斧といった物なら作れるかもしれない。

 だがこんな熟練した物を作れるとは想像し辛い、だとしたら?


 「ケヒャヒャ! ゴブー!」

 「ゴブリン! 冒険者をどうした!?」

 「無駄よ! ゴブリンは共通語を話しはしないわ!」


 ツバキはなるべくユウを庇うように身体をユウへと巻きつけた。

 ゴブリンはたかが一匹……一匹?

 ツバキは何故ゴブリンが一匹なのか疑問に思った。

 ゴブリンは凶暴になる。だが一匹で行動する時はむしろ臆病すぎる位の種族の筈だが。

 だが考えている猶予はなさそうだ、ゴブリンはおもむろに木に登る。

 このままではゴブリンの村に連れ去られるだろう。


 しかしその時、不意に一本の矢がゴブリンを襲った。

 カツン! とゴブリンの手元に突き刺さったのは石の鏃だ。

 ゴブリンは突然の事に驚くと、木から落ちてもんどりを打った。

 森の奥、何か気配がある。ゴブリンはそれに気付くと慌ててその場から逃げ出した。


 「なにが起きて?」


 ユウは呆然とすると、広場に弓矢を持った一人の少女が駆け寄ってきた。

 少女は緑色の肌をしていて、ギリースーツを纏っていた。

 少女はユウ達を見上げると、なにやら聞き取りづらい共通語で喋りだした。


 「ダイジョブ、ですか?」

 「この娘もゴブリン?」

 「て、ありえない! ゴブリンにメスですって!?」

 「女の子のゴブリンはいないのですか?」

 「普通ゴブリンはオスだけの種族の筈よ? メスを拐って交配する種族だもの、メスが種族にいたら異種族を襲う必要なんてないわよ!」


 ツバキの言にゴブリンの少女はシュンとした。

 なにか少女を傷つけたのかもしれない、ユウはなるべく笑顔を向けた。


 「あ、あはは……その俺たちは」

 「知って、ます、冒険者、助けに」


 少女はそう言うと、素早い身のこなしで木に登り、網を地面に下ろした。

 久し振りに地面を踏みしめると、ルウは嬉しそうに燥ぎ、絡みついた網を払った。

 少女は軽やかにユウ達の前に飛び降りると、改めてユウはその少女を間近に見た。

 少女の顔はやや幼くもしっかりとした女性の顔で、鬼というよりエルフのような美しさがあった。

 緑色の肌もきめ細やかで美しく、宝石のような輝きを持つ青い瞳は大きかった。

 身長はゴブリンらしく小さいが、さっきの普通のゴブリンよりは大きいか。

 兎に角感謝をする必要があるだろう。


 「ありがとう、俺はユウ。君は?」

 「名前ない、ゴブリンに、名前いらない」

 「なんで私達を助けたの? ゴブリンでしょ?」


 ツバキはやや警戒心を持って、瞳孔を収縮させていた。

 ムーンはどうするべきか悩んでいたが、このゴブリン少女が敵とはどうしても思えずにいたからだ。


 「ゴブリン、平和、暮らしてた。私達平和な村、産まれた。けれど、平和、終わった、特別なゴブリン、ゴブリンを超越した」

 「えと……ようするにゴブリンの村で異変が起きた、と?」


 ゴブリン少女の喋りは聞き取りづらく、ムーンは首を傾げながら要約すると、少女はコクコクと何度も頷いた。

 特別なゴブリン、というとゴブリンキングかそれともロードか。

 雑魚の代表ゴブリンも極稀に強大な力を有する事がある。

 それでも例えゴブリンキングといえど、種族としての力はドラゴンのような強大な魔物には及ばない。

 おそらくツバキやムーンにも劣るだろう、そう高を括るが。


 「姉、ゴブリン、扇動して、革命、起こした。姉、ゴブリン支配して、侵略する」

 「ちょ! 姉!? ゴブリンに二匹もメスが産まれたの!?」


 特殊個体としては、ゴブリンキングよりも遥かにレアなメスゴブリン。

 それが寄りにもよって2匹も……それは予想よりも遥かにやばいかも知れない。


 「ツバキ、メスだとなにが不味いの?」

 「ゴブリンのメスなんてレア過ぎて、どんな能力を持ってるのか分からないのよ? この娘だって、身体能力はゴブリンを遥かに超えているわ」


 少女の軽やかさは確かに平均的なゴブリンを超越していた。

 この子もまたゴブリンを超越した存在なのかとユウは納得する。

 少女の顔は深刻で、そして力が籠もっていた。


 「私、姉止める、村平和、したい。昔、戻す」

 「つまりクーデターを?」

 「平和、望むゴブリン、いる。人間襲う、危険、反対」


 驚きの連続だ。ゴブリンの村で革命が起き、ゴブリンの村が軍国主義に傾いた。

 そんなゴブリンの村に平和を望むレジスタンスがいる。

 それは奇しくも二匹のメスゴブリンだった。

 ユウは真剣な顔で少女に聞いた。


 「冒険者がこの森に来た筈だ、無事か?」

 「姉、富国強兵、目指す。奴隷、必要」

 「つまり今は国力増強優先で、奴隷は殺せないと」


 ゴブリンが国を持つなど、とツバキは苦笑するが、ゴブリンの少女は大真面目だ。

 ユウは安堵すると同時に、事の重大さに顔を顰める。


 「勝算はあるの?」

 「……姉、わがままで強欲、言葉では、多分……」


 姉というゴブリンの性格はまだ分からない。

 ただ典型的な悪の女王のようなイメージだろうか。

 少女の体付きは良く、なんとなく姉はムチムチエロゴブリンな姿をイメージして、ユウは顔を真っ赤にして首を横に激しく振った。


 「俺たちは冒険者を助けたいだけだ、ゴブリンを傷つけるつもりもない」

 「任せて、奴隷、解放、絶対、する」

 「はあ、ユウこそ勝算ある?」


 ツバキは腰に手を当てると、溜め息を吐いた。

 少女は驚いた、ユウは少女に力を貸すつもりなのだ。


 「ゴブリンの政権が変わらない限り、過ちは繰り返されるんだろう? なら、ここで終わらせないと」

 「だけど多分厄介よ、雑兵はともかくその女王はね」

 「人間、ゴブリン、助ける? 何故?」

 「それはね? 君が俺を助けてくれたから」


 少女は目を輝かせた。

 ユウの爽やかな笑顔に絆された? いや、孤独にレジスタンス活動する彼女にとって、それは眩いものだった。


 「人間、感謝、する。正直、力、足りなかった」

 「うん、手助けさせて」

 「ふふふ、ユウ様らしい」

 「そうやって私達も絆されたものねえ」

 「達? ツバキさんも?」


 ツバキは顔を真っ赤にすると、ビックリした顔で身体を跳ね上げた。

 完全に油断していた、ユウだけの為のデレ顔をいけ好かないムーンの前で晒してしまったのだ。

 ツバキは鬼のような形相をすると、ムーンを威嚇する。


 「忘れろー!」

 「むうう、ユウ様が何人愛人を作ろうと構いませんが」

 「え? 愛人?」

 「アギャアス」


 聞き捨てならない言葉だった。

 だが愛人は自分もだと言わんばかりにディンはユウに身体を擦り付けた。

 それを見て、ムーンは「ディンさんもですね」とまた微笑んだ。

 なんだか急に興を削がれたようだが、兎に角ユウは気を引き締めた。


 (ヒーローになれ、俺!)


 それは女神への誓いだった。

 ユウが望むヒーロー像、今度こそ憧れたヒーローになるために。

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