ゴブリン姉妹の葛藤 #5

 ユウは夜が更けていく中、コンパスと地図を片手に竜車を走らせていた。

 ディンとルウという2匹のディノレックスのパワーに牽かれた竜車は速い。

 だがユウは竜車を北東ではなく、西に走らせていた。

 目的地はゴブリンの森ではない、別の森だ。

 その道は何度も利用してきた平原の道だ。

 そしてそこには――。


 「ユウー!」


 森がある、その森の女王たる存在はユウを発見すると、笑顔で手を振っていた。

 ラミアのツバキだ。

 誰よりも森に精通し、そして森を支配する絶対的存在、ユウが頼りにしたのは彼女だった。


 「ツバキ! お願いがある!」


 ユウは迷わずツバキの前まで竜車で近寄ると、持参した酒をツバキに差し出した。

 ツバキはいつになく真剣な表情のユウに照れて頬を掻くと、ユウに質問した。


 「なに? もしかしてまたポーションが欲しいとか? あんな物で良いならいくらでもあげるけど?」

 「ツバキの力を貸してほしい!」

 「はえ? 私の力?」


 ツバキは目をパチクリさせた。

 想定外、ただ最近ユウは顔を出してくれなかったから、寂しさで鬱憤も溜まっていた。

 久々にユウの顔を見たら思わず心が舞い上がってしまったが、ユウの様子はそんな場合じゃなさそうだ。


 「事情を説明してユウ」

 「ゴブリンの森に行きたい。その為に森の専門家が必要なんだ」

 「ゴブリンの森……あの薄汚いゴブリン?」

 「何か様子が変なんだ、それに新人の冒険者が被害にあったかもしれない」


 ユウは真剣にそして包み隠さずツバキに説明した。

 ツバキは冷静に事情を聞くと、シュルリと長い蛇の下半身を回した。

 情報を吟味して、そしてツバキは「ふふっ」と微笑む。

 馬鹿らしい程、ユウは魔物を疑わず、そして優しいんだ。


 「行くわ、事情は分かった。私の力貸してあげる!」


 そんなユウはツバキを惹きつけてしまう。

 ツバキはそれが心地よかった。彼に理由をつけて貢物をさせたように、ユウと接点を持つことがこそばゆく心地良い。

 結局ユウに助けを求められれば、ノーと言う理由は無いのだ。




           §




 「聞いてないんだけどー?」


 竜車の中には今、ラミアとデュラハンという強大な力を持つ魔物が対峙していた。

 ツバキはムーンを見て、あからさまに見下していた。

 その高圧的な態度に弱りつつも、対抗するムーンは「うー」と唸って、せめてもの抵抗を見せる。


 「ねえユウ、これどういうこと? なんで私以外に魔物がいるの?」

 「ぼ、ボクはユウ様に忠義を尽くす剣であり盾です! 貴方とは違うんです!」

 「はあ? 生意気ね、私一人でも充分なんですけどー?」

 「ふ、二人共仲良くして」


 「ふん!」と鼻息の荒いツバキはそっぽを向く。

 ユウを絶大に信頼する彼女だが、まさか別の魔物と一緒に行動しているとは思わなかった。

 そんなツバキの胸中はあまりにも子供っぽいものだった。


 (ずるいずるいずるい! 人型の魔物ってずるくない!? 私だってユウと一緒に居たい! けどラミアだから我慢してたのに、デュラハンって何様!?)


 一方でムーンの方も口には出さないが、不満はたらたらである。


 (なんでラミアがユウ様にデレデレなんですか? ラミアって人襲う魔物ですよね? ボクがユウ様を護らないと!)


 そんなこんなで犬猿の仲を示すツバキとムーン。

 早くもツバキの不満が爆発しそうだが、ユウはただまっすぐ前を見ていた。


 「アンタってさあ? ユウのなにが良いわけ?」

 「ユウ様は尊敬に値します! 魔物であるボクを匿ってくれて、お仕事も教えてくれました!」

 「やっぱりずるい! 私だってユウの役に立つんだから!」


 ビッタンビッタンと、尾を竜車に叩きつけながら不満を零すツバキ。

 流石に堪らずユウはツバキを制止する。


 「ツバキ! 車壊れるから! ビッタンビッタンするのやめて!」

 「あっ、ごめんなさい!」

 「もうユウ様を煩わせないで!」

 「やっぱり生意気ー!」

 「アギャアス……」


 本当に大丈夫なのかしら、そう言いたげなディンだけが、今はユウの癒やしかもしれない。




         §




 夜、その月明かりは森まで届かない。

 闇夜に支配された森は、外部の者には強い敵意を向けるとう。


 「ち、気をつけなさい……ここは流石に私のテリトリーじゃないんだからね」


 ラミアのツバキは右手に黒曜石のナイフを構えながら周囲に警戒を促す。

 森は生きている、ユウはそれを周囲の雑音から感じ取っていた。

 そこは旧ウォードル帝国中央部、誰の領地かももはや定かではない暗い森――別名ゴブリンの森。

 いつどこで、夜目の効くゴブリンの襲撃がくるか分からない中、一行は獣道を掻き分ける。


 「アギャアス……」


 ディンは周囲の臭いを嗅ぎ分けながら、時折声を漏らす。

 パーティの両脇を固めるディンとルウの2匹のディノレックスは心強い護衛ガードだった。

 一方後ろを警戒するムーンもまた、顔持ちは緊張しているが心強い仲間だ。

 一行はユウを中心に護りながら、さながら鉄壁のスクラムを組む。


 ザッザッザッ、一行の足音は森に響き、か弱い生き物はその足音に驚いて去っていく。

 緊張の顔はユウも同じだ、どこでゴブリンと遭遇するかも分からないのだから。


 「一応今のうちに目的を再確認するわよ?」


 ツバキがナイフを構えながらそう言う。

 ユウは怯えながらも、はっきりとした声で目的を話した。


 「ゴブリンの討伐依頼を受けた若い冒険者がまだ森にいる可能性がある。俺たちの目的はその捜索及び救助だ」

 「救助って言ったって、自業自得でしょうに」

 「ユウ様のお優しさはきっとあらゆる種族を見捨てないのでしょう」


 ツバキは「やれやれ」と首を振る。

 現実的な考えのツバキはそこまで人族を信用していない。

 無論ユウは別格だが、その若い冒険者は信用に値しないのだ。

 ゴブリンのテリトリーに侵入したのはその冒険者だろう。ならばどんな目に合おうと因果応報としか言いようがない。

 無慈悲に言えば、ゴブリンの主権領域への侵犯を犯したのなら相応の報いがあってしかるべきだろう。

 勿論ツバキもそれが身勝手な言い分だと理解している。先に人間のテリトリーに手を出したのはゴブリンだろうから。


 ただツバキは楽観視するような性格ではない。

 ゴブリンに纏わる二つ名を、悪しき小鬼と言われる所以を知っているからだ。

 ゴブリンは少数だと臆病で卑屈なものだが、数が集まると途端に凶暴で悪質な物に変貌する。

 まるでイナゴだ、数が集まっても所詮はゴブリンはゴブリンなのに、彼らは強くなった気でいる。

 身体は人族の子供のように小さく、頭も悪いが、魔物である以上人間の敵なのだ。

 そんなゴブリンが人族――それも年若い、いやいかようにも調理できそうな人族の少年少女を見て、なにを思うだろう?


 もう男は食われた可能性はないか?

 女は孕み袋として生かされるかもしれないが、ゴブリンの思考はラミアには分からない。

 ただラミアにはラミアの生態がある……そこにはゴブリンと少なくない共通点もあるのだ。


 ラミアは発情すると、気に入った男を見つけ、薬で痺れさせてそのまま男と交配する。

 受精を完了させたラミアは男を捕食するのだ。精子を提供した後男は不要であり、まして男を生かしたまま養うような慈悲をラミアは有しない。

 人間には理解されない文化であろうが、ようはカマキリやクモと一緒だ。

 違うのはラミアには男性がいない、全て女性故に男は必ず異種族でなければならない。

 ツバキは、そんなラミアの性に否定的に首を振るが、それが魔物であるとも納得している。


 ユウへの視線は時として熱を持ち、その好意はラミアとしては特異だろう。

 だがムーンはそんなツバキを軽蔑する。


 「な、なによ?」

 「いえ、なんでも……ただちゃんと集中してるのかと」


 ツバキは顔を赤くすると、直ぐに森の奥へと視界を向けた。

 いけないいけない、ツバキは感情を抑えると森の中でなにかを見つけた。


 「奥! なにかあるわ!」

 「冒険者かも! 急ごう!」


 ユウ達は急いで茂みを掻き分ける。

 先頭を行くツバキは慣れた物で、獣道を自ら作ると、ユウ達が進むのは楽なものだった。

 やがて一行が踏み入ったのは、開いた場所だった。

 月が一行を照らし、広場の中央でぐったりとした人影があった。


 「ゴブリンじゃない! 今助けますから!」

 「あ、ユウ、ちょ!?」


 ツバキは慌ててユウを止めようとしたが、ユウはツバキの手をすり抜け、倒れた人影の下に向かった。

 罠かもしれない、そう言おうとしたがユウの気持ちは切迫していた。

 仕方がないと、ツバキ達はユウを追う。

 ユウは倒れた人の容態を確認しようとしたが……。


 「これは人形!?」

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