ゴブリン姉妹の葛藤 #4
夕刻、ユウはアシリスの街に戻っていた。
新型竜車を駐車場に停めて、ユウはムーンと一緒に街を歩く。
街の商店街では最後のバーゲンセールが始まっており、主婦達で賑わっていて、仕事終わりの冒険者達もぞろぞろと帰ってきている。
ユウ達の夕食は屋台を利用する事が殆どだ。
自炊は殆どした事がない人生故に、安くて美味しい屋台料理は欠かせない。
「ムーンはなにが食べたい?」
「うーん、ボクってそもそもあんまり食べる必要ないですし」
デュラハンという種族はアンデットに近い種族らしく、あまり空腹を覚える事はない。
とはいえ物を食べる事は出来る以上、娯楽程度の意味はあるのだ。
ムーンも色とりどりの屋台料理を眺めるのは好きだ、人見知りだが人の輪が好きなのだ。
ふんふんふーんと、鼻歌を歌うように上機嫌に品定めするムーン。
しかしふと、遠くからユウを呼ぶ声があった。
「ユウさん?」
「えっ? 冒険者ギルドの受付嬢さん?」
それは今朝顔を合わせた冒険者ギルドの職員受付嬢だ。
受付嬢はユウを発見すると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ユウさんも屋台で晩ごはんですか?」
「はい、受付嬢さんもなんですね」
極めて人懐っこく「はい!」と溌剌に言う受付嬢にムーンは「うー」と小さく唸った。
それはユウにも聞こえない程度のささやかな声だったが、この妙に馴れ馴れしい女に、少なからず嫉妬していたのだ。
とはいえ、だ。ユウが誰と仲良くしようがそれはユウの勝手、むしろただ引っ込み思案で陰キャなムーンが悪いだけなのだ。
けどユウと女性が仲良くする、それは少しだけ胸がチクリと痛む気がした。
「仕事着ですけどそのまま晩ごはんを?」
「ええ、まあ……夜勤もあるので……」
「大変なんですね受付嬢って」
受付嬢は乾いた笑いを浮かべると、小さく頷いた。
冒険者はいつ帰ってくるか分からないし、どんな依頼が舞い込んでくるかも分からない。
冒険者の仕事はスリルがあって命懸けかもしれないが、それは受付嬢も同様なのかもしれない。
「……そういえば、あのゴブリン討伐を受けた子達って帰ってきました?」
「いいえ、それがまだ……」
落胆するように肩を落とす受付嬢の顔色は悪かった。
ユウは途端に不安になる。もしやと思っていた事が現実になるかもしれないから。
受付嬢も鬼ではない、だが新人冒険者の死亡率が高いのは事実である。
今回もそんな不幸が起きたかもしれないと思うと平然としているのは無理があった。
「も、もしかしたら仕事が長引いているだけかも! あっ、あるいは先に戦勝を祝っているとか! 結構あるんですよねー! 依頼が終わったら直ぐ酒場行っちゃう人って!」
無理に明るくする受付嬢は、どこか痛々しかった。
しかしそれを一番理解しているのも受付嬢で彼女は空笑いした後「はあ……」と溜め息を吐いた。
「せめて楽観的に考えないとやってられないんですよね……」
「気持ちは分かります。俺も無力ですから」
「適材適所ってありますからね、私も剣は持てませんし」
適材適所……ユウの適材適所はどこだろうか?
生前のユウは精密加工を主に取り扱っていた。
職場ではかなりの敏腕であり、誰よりも正確で生真面目だった。
今の商人としての活動は決して天職ではない。
それでもこの世界で学んだ経験を活かすなら、これしかなかっただけだ。
「あの、部外者が聞いて良いのか疑問ですけど、ゴブリンの討伐依頼が出たのって?」
「ここから北東にあるカルメン村です。最近ゴブリンの動きが活発化していて」
「ッ!? それって」
ムーンは驚いた。そしてユウはワナワナと震えている。
嫌な予感は最高潮だった。あのゴブリンがユウに襲いかかったのも偶然じゃないとしたら?
「あの、ユウさん? 顔色悪いですよ?」
「……すみません、急用思い出しました!」
ユウは迷わず走り出した。
ムーンはばったり受付嬢と顔を合わせると、受付嬢とユウの背中を見比べた。
「え、あ、えーと?」
「うー、その、失礼します!」
ムーンはそう言うとユウの背中を追いかけた。
ユウは迷わず竜車を停めてある駐車場に向かった。
ディンとルウは駐車場で休んでいる、ユウが近づくと鳴き声を上げた。
「待ってください! ユウ様! まさか森に向かうんですか!?」
「早くしないとあの子達が!」
ユウは焦燥していた。
助ける義務なんてない、むしろ足手まといにしかならないだろう。
助けるなんて無理だって想いはズシリとユウに強くのしかかる。
それでも……そこで足を止めてしまったら、ユウは唇を強く噛んだ。
「ヒーローになりたいっ……俺はそう願ったんだ!」
女神エーテルはヒーローになれると微笑んだ。
ユウは空を飛び、どんな悪党もパンチ一発で倒すような馬鹿げたヒーローにはなれない。
それでもヒーローがユウに与えた夢と希望は、ユウを奮い立たせた。
「ユウ様、もう暗くなります! そうなったら一層森は危険です!」
「でもどうしたら……」
「せめて森のプロでもいれば……」
森のプロ? ふとユウはその言葉に覚えがあった。
森のプロ……ユウの脳裏に浮かんだのは、あの赤い長髪だった。
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