ゴブリン姉妹の葛藤 #3
昼過ぎ、2匹の騎竜に跨がるユウとムーンは主に馬車用の車を造っている工房へと向かった。
ディンにはユウ、ルウにはムーンが跨がり風を切る。
ムーンは頭を慎重に固定しながら、ユウに振り返った。
「ユウ様ー! ユウ様は大丈夫ですかー!」
「もう慣れた! ムーンこそ頭落とさないようにね!」
ムーンはスカーフで頭を固定しているが、それは不完全であった。
今も揺れる中グラグラで、ムーンも不安を覚えている。
なんとか改善案を出したい所だったが、ムーンにはそんな知識も無いのが現実だ。
一方ユウは見事に乗りこなしている。
まるで熟練の騎手かのようで、ムーンはそんなユウの様に「はう」と熱い視線を送っていた。
格好良い、特にそう思えたムーンは自身の頬が赤くなっている事に等全く気付かない。
「もうすぐ着く、だからそれまで――ムーン? 顔赤い?」
「はううう!? な、なんでもありませんっ!」
ムーンは慌てて手綱を握り直した。
気の性かルウがケタケタ笑っている気がして、更に気不味かった。
「見えた、アレだ」
ユウが仕事を任せた工房は町から少し離れた森の入口にあった。
ユウは工房前にディンを停めると、その背から降りる。
工房ではガレージの方から木を削り、金属を叩く音がしていた。
「すいませーん!」
ユウは迷わず工房に踏み込むと、中には作業中の背の小さな男性がいた。
防塵マスクを付けた背は低いがガタイの良い初老の男性はドワーフ族だった。
ドワーフはマスクを外すと、赤っ鼻のおっさん顔を晒し、ユウを見る。
「おおう、来たかユウ! 依頼の品はガレージに置いているぜ!」
「ありがとうございます」
「良いって事よ! それが俺様の仕事だからな!」
「ドワーフ……」
後ろから付いてきたムーンは初めて見るドワーフにポカンとしていた。
ドワーフはムーンを見ると、目を細める。
「なんだその別嬪さんは、ユウの連れか?」
「ムーンって言うんだ、ウチの従業員」
「ムーンです! よろしくお願いします!」
「がははは! 俺ぁダンブルギア! 見ての通りドワーフだ!」
小柄だが筋骨隆々であり、その赤黒い身体は脂肪など無いといわんばかり。
更に豪快で熱い性格は種族特有といった所か。
思わずムーンも少し気圧されてしまう。
「新しい竜車、見ても良い?」
「そりゃ勿論! そのまま持っていっても構わないぜ!」
ユウはそれを聞くと、迷わずガレージに向かった。
ムーンはその側を離れず付いていく。
そんな様を見たダンブルギアはニヤリと暑苦しく笑うと。
「良い嫁さんじゃねぇか」
と、誰にも聞こえない独り言を呟くのだった。
§
ガレージに置いてあった竜車は見事な物だった。
少なくともかつての物と比べると、無骨だが頑強で、更に中はより改良されていた。
「見てください! 窓がありますよ!」
ムーンは小さな窓を見つけて、興奮気味に言った。
勿論積載量は上がっており、より多くの物資を運搬可能になっている。
欠点はその分重量が上がっている事か、今まではディノレックス一匹で充分だったが、これは二匹が力を合わせる必要がある。
「うん、流石ダンブルギアだ。要求通りの仕上がりをしている」
「あの……ダンブルギアさんって、ユウさんとどう知り合ったんですか?」
ムーンはユウがこの異世界で持つ謎の人脈に疑問を持った。
だけどユウはそれを聞かれて、少しだけ考えるように目を瞑った。
「恩人の知り合いなんだ」
ユウが浮かべたのは亡きソロスだった。
今のユウの人脈の殆どはソロスが揃えてくれたと言っても過言ではない。
ダンブルギアは気難しい職人だったが、ソロスの名を告げれば快くユウの依頼を受けてくれた。
ドワーフという優れた名工のお陰で、より良い品質の竜車が完成したのだ。
「アギャア?」
「うん? ディン?」
突然外で待っていたディンがなにかに気付いた。
ユウはディンに振り返ると、ガサガサと森から気配を感じる。
「どうしたディン――」
ユウはディンに駆け寄る。しかしその瞬間、ディンはユウを押し倒すように庇った。
訳がわからない、ユウは戸惑ったが直後、小さな石がディンの背中を打った!
「攻撃!?」
「ユウ様!」
すかさずムーンはユウの下に駆け寄ると、剣を鞘から抜き取った。
ヒュンヒュンヒュン!
風切り音、暗い森の奥に小さな影が見える。
何かを振り回している、それは
小さな何かは器用に
ムーンは弾道を見切り、それを剣で撃ち落とした。
「はあ!」
「あ、あれは一体!?」
「ゴブリンです!」
ユウはゴブリンという言葉に今朝の事を思い出す。
掲示板の前の二人の少年少女がゴブリン討伐依頼を受けていた。
そのゴブリンが、まさか目の前に?
「ご、ゴブリンって道具を使うのか!?」
「使います、なんなら弓や剣だって使います!」
ムーンはより上位の魔物としてゴブリンに遅れは取らないが、数が集まると厄介だ。
特に力のない主を守るとなると、これほど心許ないのは苦しい。
「アギャース!」
だが、そんな様子を黙って見ている程ルウは臆病ではなかった。
猛々しく嘶くと、森の中に飛び込んでいく。
「ゴブッ!?」
「アギャース!」
ゴブリンの悲鳴が上がる、ルウは狩猟者の本能を剥き出しにして、ゴブリンに噛みつき、ぶん投げる。
ゴブリンはまるで人形のように数メートルは跳ね上げられ、ルウに蹂躪された。
さながら恐竜を相手にするように、ゴブリンは這いながら命からがら逃げ出した。
「どうしたどうした!? 一体何が!?」
騒ぎを聞きつけた工房の主は飛び出してくると、周囲を見た。
既に戦いは終わっている。ユウは立ち上がるとダンブルギアに説明をした。
「ゴブリンが突然現れて……」
「ゴブリン? 確かに森にはゴブリンが棲息しているが、滅多に人は襲わないんだがなあ?」
「そうなんですか? 普通に襲われましたけど」
ユウはディンの背中を見て、患部を優しく擦る。
ゴブリンの低い攻撃力では頑丈なディンの鱗を撃ち抜けないが、あれが殺気を持った攻撃なのは明白だった。
「ゴブリンは森の奥に集落がある。だが普段は森の中で狩りをしている種族だ」
「討伐依頼とかは?」
「時々悪さをする奴がいるから、そういう依頼もあるな」
かくいうダンブルギアの工房も、ゴブリンの盗難にあった事もある。
とはいえゴブリンは大体が先程のように脆弱な種族だ。
最弱の魔物は? なんて問われれば大体の冒険者は口を揃えてゴブリンと答えるだろう。
だがユウはあの一瞬で恐怖を怯えるには充分だった。
なんの装備もないゴブリンなら確かに怖くないかもしれない。
事実装備があってもディノレックスにはまるで敵わない程度だった。
「武器を持って、おまけに徒党を組む……あれが冒険者が戦う魔物」
経験で言えばユウはそれ以上の格上を何度も見てきている。
森の女王と言われるラミア、ゴーレム、特級魔物に分類されるデュラハン、規格外の力を持つサイクロプス。
たかがゴブリン、されどゴブリン。
「……ちょっと心配だな」
「ユウ様?」
ユウは首を振る。
詮索しても仕方がないが、彼の脳裏にあのあどけない年齢の少年少女が思い浮かぶ。
果たしてゴブリンの討伐は出来たのか?
もしかしたら杞憂かもしれない、冒険者らしく今頃武勇伝を語っているかもしれない。
だけど、もしかしたら――。
「――ッ!」
ユウは思わず口を抑えた。
あまりにも恐ろしい想像をしてしまって、吐き気がしたのだ。
「お、おい大丈夫かユウ?」
「だ、大丈夫です……それよりこの辺りにゴブリンの討伐依頼は出てますか?」
「いや、俺様は知らんが、近くにあるカルメン村が出しているかもな……武装しているゴブリンが現れたってなると、ちょっと異常事態だ」
ゴブリンは人間とは相容れないが、人間と積極的に交戦する種族でもない。
最低限の知能を有し、馬鹿だが間抜けではない。
森に迷い込んだ人間ならば当然のように襲うが、テリトリーに入らない限り、無視する関係だという。
「悪い事にならないといいけど」
ユウは不安だった、けれどユウは冒険者じゃない。
それが少し歯痒かった。
(俺に力は無い……ゴブリンが相手だって、きっと……)
そんなユウの無念を想ってか、ムーンは優しくユウの手を握った。
ユウはムーンに気づくと、ムーンは静かに微笑む。
「ユウ様、私はユウ様の剣であり盾でありたいと思います。どうかお悔やみにならないで」
「ムーン……うん、ありがとう」
ユウは己が如何にちっぽけな存在か自覚している。
だからこそ、仲間を頼る必要があるんだ。
ムーンはそれを教えてくれた。
「ユウ、取り敢えず竜車を受け取って帰れ。ゴブリンの事は忘れろ」
「うん……分かってる」
ユウはルウを呼ぶ、新しい竜車を運ぶためだ。
二匹を竜車に連結させ、ユウは運転席に座る。
座り心地は以前よりも快適だ、これなら長時間座っていても問題なさそう。
「ダンブルギア! いい仕事ありがとう!」
「おうよ! また何か仕事があったら遠慮なく言えよー!」
ムーンが竜車に乗り込むと、ユウは竜車を動かす。
ディンとルウの連携が試されるが、竜車はスムーズに走り出した。
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