ゴブリン姉妹の葛藤 #2

 ギャアギャア!


 牧場にはディノレックスの低い鳴き声が響き渡っていた。

 昼間はディノレックスも牧場に開放されており、各々が牧場で過ごしている。

 牧場主の一人娘シーナはそんなディノレックス達に優しく目を配っていた。


 「おはようございます」


 そこへユウ達が現れるとシーナは満面の笑みで振り返った。

 誰相手でも人懐っこいのは変わらないが、ユウには特別だ。


 「いらっしゃいユウ!」


 ユウの隣には人見知りする騎士然とした女性がいた。

 ムーンは何度かシーナと面識はあるが、未だに少し遠慮気味で小さく頭を垂れるのみだ。


 ユウはシーナの下に向かうと、ディノレックス達を眺めた。

 この牧場は東部でも珍しいディノレックス専門だ。それだけに全国でも有数の良質なディノレックス輩出している。


 「アギャー!」


 早速ユウを発見すると、成熟したディノレックスがユウに突撃してくる。

 ルウだ、ルウはユウに体当りするとユウは小さな悲鳴を上げて後ろに倒れた。

 ルウはそのままグリグリと、嬉しそうにユウに頭を擦り付ける。

 ユウは背中を擦りながら、ルウの頭を撫でた。


 「はは、ルウは元気だな」

 「アギャース!」


 シーナは慌ててユウを持ち上げた。

 ルウの性格は一朝一夕で変わる物ではない。

 シーナも呆れるが、ユウの方は変わる必要はないという表情だ。


 「あんまり甘やかさない方が良いと思う」

 「そんなに甘やかしてる?」


 シーナは大きく頷く。

 「うんうん」とムーンも同意していた。


 「牧場主は?」

 「あっち」


 シーナは牧場の外れを指差した。

 ユウ達が視線を向けると、そこには2匹のディのレックスがいた。

 牧場主はやや離れた場所からその2匹を見ていた。


 「ディン?」


 そう、一匹はユウのよく知るディンだ。

 もう一匹は心当りがない、ディンに比べると小柄で年若い個体のようだが。


 「行けウレイ!」


 牧場主の合図に2匹は走り出した。

 先ず突出するのはディン、若い騎竜はその背後を追う。


 「これって?」


 ムーンは初めて見る競争竜の姿に驚いていた。

 シーナはあの小柄な竜の事を説明する。


 「あの子、競争竜としてデビューするの」

 「競争竜ですか?」


 2匹のディノレックスはやがて、大きな坂を迎える。

 ディンも若い竜もその程度は苦にもしない。

 そのまま2匹は弓なりにコースを曲がり、迎えたのは高さ2メートルの反り立った壁だ。

 ムーンは驚くが、2匹は軽やかに跳躍する。


 「障害レースは、騎手を載せてあれやるからね」

 「馬じゃ無理ですね」


 ユウは思わず唸るように頷いた。

 競馬でも障害レースという物は聞いた事があったが、騎竜のするそれは文字通り次元が違う。

 馬よりも遥かにパワフルで跳躍力のある騎竜のアクロバティックな走りは、何故この世界のディノレースにおいて、障害レースが最も人気があるか理解わかる。


 2匹の試走はそのままディンがリードを維持し、先に完走した。

 とはいえ若い騎竜はまだまだ元気、デビュー前の未熟な騎竜だが、スタミナはディンの方が劣っていたか。

 既にレースを引退したディンでは、現役のようなスタミナはもう無い。


 一方で牧場主はその走りからなにかを羊皮紙に記入していた。

 牧場の仕事は思ったよりも複雑で多い、ユウには分からない事もあるだろう。


 「ねえユウ、騎竜主になるつもりない?」


 シーナはユウにそう言うと、ニッコリ微笑んで一枚の羊皮紙を見せた。

 騎竜主、牧場に出資することで、競争竜の命名権なんてのも得られる。

 ユウもそのシステムは知っていたが、問題は出資額を見て頭を抱えた。


 「一口10万ゴールドはとても無理だよ」

 「10万!? 一回の仕事の稼ぎが数千だから……はわわ」


 思わずそこには経済の縮図があった、ムーンはそれに恐れ慄く。

 シーナも思わず苦笑いだったが、ディノレックスはお金の掛かる生き物なのだ。


 「いやあ、ディノレックスってさ、維持費も馬鹿にならないし、特に競争竜ってお金掛かるのよねー」


 ユウも競走馬が何億というお金が動いている事は知っていたが、これだけ大金が動いていても、彼女達は決して裕福ではない。

 むしろハイリスクハイリターンな商売故にいつだってカツカツだ。


 「あの子がちゃんとレースに勝ってくれれば、牧場も潤うんだけどねえ」


 若い身でありながらそんな事をしみじみ言うシーナには何故か哀愁が漂っていた。

 安定しない生活の辛さがどこか滲み出ているようだ。


 「そういえばディンもルウも競争竜なんですよね、強かったんですか?」

 「ディンは天才的ステイヤーよ! もうディンのお陰で今の牧場があるのは間違いないから!」


 「アギャ?」


 ディンはレースを終えると、ユウに気付く。

 すると嬉しそうにディンは柵を飛び越え、ユウに駆け寄る。


 「アギャアス!」

 「よしよし、久し振りディン」


 厳つい面に反して人懐っこい様を晒すディンは嬉しそうだ。

 思わずムーンはディンに触れようとするが、ディンはムーンを鋭い視線で睨みつける。


 「ヒッ!?」

 「ああ、ディンはプライド高いから、迂闊に触れない方がいいわよ」

 「ユウ様にはあんなに懐いているのに!?」

 「ディノレックスって種族自体が気性難かつ気位が高いからねー」


 ユウは「ははは」と乾いた笑いを浮かべた。

 不思議とディンやルウのような気性難な騎竜と上手く接しているが、それが特別な事だという自覚はない。

 ただディンとは少し特別な縁があるんだとは思っている。


 「む? 来ていたのか?」

 「おはようございます」


 ユウは丁寧に頭を下げると、牧場主は相変わらず「ふん!」と鼻息を鳴らして不遜な態度をとってしまう。

 ムーンはムッと眉を顰めると、ヒソヒソと陰口を叩いた。


 「なんですかあの態度、ユウ様が挨拶されたのに……」

 「御免ねー、父さん愛想悪くて」

 「でも良い人だよ」


 爽やかな笑顔で良い人と言われた牧場主は、バツが悪くて頭を掻く。

 多少自分の性格は自覚しているのだろう。


 「でだ、竜車は完成したのか?」

 「はい、だからディノレックスを借りに来ました」


 大破したかつての竜車に代わり、ユウはそれまでの全財産を掛ける事になった新たな竜車。

 これから受け取りに行く手筈なのだ。


 「以前より大型で2匹借りたいんですけど」


 牧場主は「ふむ」と頷くと、周りを見る。

 丁度適正が良いディノレックスを探していたのだろう。

 だが、ユウの言葉を理解してか、自ら立候補するディノレックスもいた。


 「アギャース!」

 「ルウ?」


 ルウはユウの首元を銜えると、ユウをブンブン振るう。

 まるで「なあーなあーアタシを連れてってくれよー!」と言わんばかりだ。

 だがユウを振り回すルウに当然というようにディンがキレる。

 「無礼は辞めなさい!」というようにディンは大きく嘶いた。


 「アギャアス!」

 「アギャア?」


 仲が良いような悪いような、そんなディンとルウにユウは「この2匹で構いませんか?」と言った。

 牧場主は何度か2匹の様子を見て「ふむ」と頷く。


 「事故っても責任はとらんぞ」

 「じゃ、契約書取ってくるねー」


 正直オススメ出来ないのは本音だろう。

 けれどユウはこの性格の違う2匹でも、上手くやっていけるのではと考えている。

 品行方正で、群れのボスのように気位の高いディンと、わがままでトラブルメーカーだが、いざという時には頼りになるルウ。

 ユウはこの2匹をとても信頼している、そう誰よりもだ。

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