第3話 ゴブリン姉妹の葛藤

ゴブリン姉妹の葛藤 #1

 冒険者ギルドには、今日も夢あるいは浪漫を求めて冒険者達が集う。

 キリス公爵領アシリスの街にある、かつてとある貴族の家を改装したギルド事務所では、今日も掲示版に依頼書が貼られていく。

 冒険者達は我先にと、掲示版の前に集まっては依頼書を吟味していた。

 なにせ依頼は早い者勝ちだ。稀に名の売れた冒険者なら直々に指名を貰えるとはいえ、大抵の凡骨冒険者達は仕事を取り合うしかない。


 「マンティコアか、悪くはないが……」

 「盗賊団の討伐、これ位が無難だろう」

 「うし! この仕事貰い!」


 その賑わいぶりは、さながらバーゲンセールに集る主婦のようだ。

 依頼書は魅力的な物から次々取られていく。

 依頼書を持った冒険者は次に、ギルド受付の前に向かう。

 ここで正式に依頼の受託を行うのだ。


 受付の前は今や長蛇の列だ。冒険者には老若男女、まして種族さえも様々だ。

 幼く見えても実際には既に40代の小人族や、2メートル近い巨躯を持ち、全身をビッシリと生えた鱗で覆われたリザードマン。

 エルフもいれば、獣人もいる。変わり種なら魔族の姿さえあった。

 冒険者はギルドの定める掟を守れるならば、秩序も混沌もありはしない。

 冒険者はみな、未知の冒険を求めているのだ。


 「うーん」


 とはいえ夢をいくら追いかけても、その夢は全ての冒険者に等しく分け与えられる訳ではない。

 とある新品の装備に身を包んだ少年が、掲示版の前で唸っていた。

 つい最近ギルドに名を登録した新人ニューピーだろう。少年は初めての仕事を前に、なんだかまごまごしていた。


 「ゴブリンかあ」

 「でも大鼠よりマシじゃない?」


 少年の隣りには、巫女服に身を包んだ少女がいた。

 いわゆるドルイドか、少年同様まだ幼さが抜けていない。


 ガチャリ。


 ふと、ギルドの正面玄関が開いた。

 入ってきたのは、台車を押す青年の姿だった。


 「配達に参りました」


 彼は商人だ、ここらでは見慣れない黒髪黒目の青年で、ギルド職員ならば見慣れた相手だった。

 ちょうど手の空いた職員の一人が、彼の前に駆け寄る。


 「お待ちしておりました。ユウさんこっちです!」


 職員は人懐っこく笑顔を向けると、直ぐに案内する。

 青年……ユウは、特に感情もなく職員に従い、ギルドの倉庫に向かった。


 「依頼用紙、ポーション類、それに制服ですね」

 「はい確かに」


 職員は荷物を確認すると、ユウは伝票を差し出した。

 職員は手早く伝票に記入する。


 「冒険者って、色々いますね」

 「ええ、まあお陰でならず者紛いまで混じっていますが」


 ユウは冒険者が少し怖かった。

 彼らが町の治安を守っているのも承知しているが、やはりゴツい傷だらけの冒険者を見れば身震いだってしてしまう。

 最初の頃より慣れはしたが、元々の性格もあり臆病さはそのままだといえる。


 「入口の前、まだ子供じゃないかって子たちがいましたよね」

 「こう言っては難ですけど、冒険者には年齢制限もありませんから……だから」


 冒険者は死を恐れないなんて言われるが、実際はそうではない。

 無知な初心者こそが、魔物の危険性を把握出来ておらず犠牲者となるのだ。

 ユウはあの二人の少年少女を心配した。職員は諦めたように首を振る。


 「一応、受付嬢もちゃんと説明はするんですけど……あの頃の子たちって、ちゃんと聞いてはくれないんですよね」


 例外もいますけど、職員は困ったように付け加えた。

 ユウもそれ以上は何も言えない。

 あくまでも商人に過ぎないユウは、武器を持って戦うなんて、不可能なのだから。


 「ユウさんも気を付けて下さいね? 最近魔物の動きが活発なんですから」


 ユウは頷いた。二度に渡って襲撃されただけに重々承知済みだった。

 ユウは荷物を倉庫に運び終えると、荷台を押して出口に向かった。

 職員はペコリと丁寧に頭を下げる。

 ユウは受付カウンターの前を通る頃には、既に大分冒険者もいなくなっていた。

 あの少年少女達の姿もない。


 「……大丈夫かな?」


 ユウはそう呟くと、ギルドを出た。

 一先ず配達は終わりだ。ユウは台車を押して町を歩いていると、遠くからユウを呼ぶ声がした。


 「ユウ様ー! こっちですー!」


 ユウは顔を上げる。人混みの奥に暗紫の鎧を着た青い瞳、銀髪、そして赤いスカーフで首を隠した少女が手を振っていた。


 「ユウ様お疲れさまです!」

 「ムーンの方こそ、仕事はどう?」


 ユウはムーンの方に向かうと、ムーンは嬉しそうに微笑んだ。

 二人は横に並んで歩くと、ムーンは手元にメモ帳を持っていた。


 「はい、ちゃんと仕事は出来ていると思います」


 ムーンには事務を任せていた。

 元々人見知りなムーンはそっちの方が向いていたし、実際ムーンはオフィス業務の方が向いているのは確かだった。


 「えと、次の仕事ですけど」


 ムーンはパラパラとメモ帳を捲った、メモ帳にはスケジュールも入っているようだ。

 今日現代なら、殆どパソコンで済んでいた事が異世界だとそうもいかないのは歯がゆいところでもある。


 「とりあえず無いですね、まあ今は遠くには行けませんし」


 遠くには行けない……その原因は荷台を大破させたのが原因だった。

 サイクロップスに奇襲を受けた時に、竜車の荷台はボロボロ、元々古臭い物だったが、無くなって暫くは、街の中だけの仕事しか出来なかった。

 だが、それももうお終いだ。


 「牧場行こうか」

 「はいっ、お供しますね」


 ムーンはそう言うと嬉しそうだ。

 仕事が好き……ではなく、ユウと一緒にいられるのが嬉しいのだろう。

 牧場はアシリスの町から離れた所にある。

 二人は町を出ると、整備された街道を沿って歩き出す。


 牧場は緩やかな勾配のある街道沿いを30分程歩いた所にある。

 町との距離は近すぎず遠すぎず、魔物も殆どいない安全な道である。

 だからかムーンはニコニコしていた。デュラハンであるムーンが平和に喜ぶというのもおかしな話かも知れないが。


 「今日はいい天気ですね」

 「ああ、そうだね……少し眠たい位だ」


 今日は特に陽気だ、ユウは「ふわ」と欠伸する。


 「クス、今日は仕事もないですし、お昼寝するには丁度良いかもですね」


 ムーンはそう言うと、ユウの穏やかな表情に安堵した。

 出来る事ならばずっとこうやって平和が続けばいい。細やかだが優しい願いである。

 今日は陽気も穏やかで、優しい風が吹いていた。

 ユウはもう一度欠伸すると「いけない」とフルフル首を振る。


 「ちゃんとしないと」

 「ユウ様、ボクもいますし今位気を抜いても」

 「気持ちは嬉しいけど、気の弛みは全体の弛みに繋がるから、ね」


 ユウはそう言うと、背筋を伸ばした。

 生真面目だなあ、とムーンは関心するが、元々の真面目な性分は日本人故の性だろう。

 郷に入れば郷に従え、とはいえ習慣を変えるのは難しい。


 やがて二人の前に牧場は見えてきた。


 「特に問題もなさそうですね」


 ムーンは人族を超えた視力で、牧場の様子を覗いた。

 デュラハンはそこまで視力の良い種族ではないが、魂を知覚出来るという。

 イングランド伝承に登場するデュラハンは死の象徴だ、その有様は死神とも形容出来る。


 「のんびり行きましょう」


 とはいえ、このムーンに限って言えば、なんと暢気なことか。

 そっとユウに肩を寄せると、好意を隠すことも無く笑顔を向ける。

 だが悲しいかなユウはそんな好意に鈍感だった、元より人生で愛されるという事を知らなかった男に、今更情愛を理解するのは難しい。

 既に仕事顔になっていたユウも凛々しいが、少しだけ残念そうにムーンは肩を落とした。

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