亡霊騎士の想い #6

 ユウは迷わずデュラハンの手を掴むと、路地裏から引っ張り出した。

 デュラハンは慌てて、黄色い悲鳴を上げる。

 厳つい甲冑と裏腹に中身は女性のようだ。

 ユウはデュラハンの手を引くと、竜車の荷台に彼女を押し込んだ。


 「ここなら一先ず見つからない」

 「え、あの……? どうして?」


 デュラハンは戸惑った、ユウが人間であるにも関わらず、デュラハンを恐れていないように思えたからだ。 

 デュラハンは気がつけば町にいて、記憶が無かった。

 ほんの僅かに覚えていたのは、自分の名前の断片と、人間という存在の事だけだった。


 「ねえ、君はボクが怖くないの?」

 「怖い? 俺には逆に思えたけど」

 「逆?」


 デュラハンは顔を曇らせた。

 そうだ、デュラハンは恐れている、人間にその存在が露見した。

 人間はデュラハンを恐れるが、デュラハンも人間を恐れる。

 恐れるあまり、人間はデュラハンを討伐するだろうし、デュラハンもまた戦うだろう。

 だがデュラハンはそれを望まなかった、それがユウに見透かされた。


 ユウは魔物だという理由だけで、差別するつもりはない。

 魔物を正しく知らなければ、全ての理解ある魔物が、ただの怪物に成り下がるだろう。

 それでは一体何が正しいのだろうか、ユウは自分に嘘をつくつもりはない。


 「俺はユウ、竜車は町を出るから、途中まで送るよ」

 「あ、ありがとうございます? えと……私はムーン」

 「ムーンか、よろしく」


 ユウはそう言うと、運転席に向かった。

 ムーンは荷台にへたり込むと、ユウを見つめる。

 ユウはルウに呼びかけると、ルウは立ち上がった。


 「ルウ、行けウレイ!」


 手縄を握り締め、竜車は微速前進して加速する。

 そのままムーンを乗せた竜車はアシリスの町を無事出発した。


 ユウは一先ず最寄りの町を目指す、アシリスの町が小さくなると、ムーンに声を掛けた。


 「えとムーンは、どうして町に?」

 「き、記憶が無いんです……気がついたら町に」

 「記憶喪失?」


 ムーンは小さく頷く。三角座りすると、不安げに身を震わせた。

 ユウは心配する、きっと不安なんだろう。

 口数も少なく、きっと辛い思いをしたんだろう。


 「これ食べる?」

 「えっ?」


 ムーンは顔を上げた。

 すると目の前にリンゴが投げ込まれた。

 ムーンはそれを受け止めると、マジマジと赤いリンゴを見た。

 ユウなりの気遣いだ、本当は朝ごはん用に市場で購入したんだが、ムーンにあげる。


 「それ食べて元気出して」

 「う、うん」


 ムーンは兜を上げると、綺麗な顔を空気に晒した。

 青い瞳の少女は、儚げにリンゴに齧りついた。

 ユウはムーンの素顔を見て、あまりに普通の女の子の顔に驚いた。

 ツバキもそうだが、魔物と言っても人間と区別がつかないような魔物もいるようだ。

 ますますユウが疑問になったのは、何故デュラハンはあんなに恐れられていたのだろうか。


 「その、可愛い、ね」

 「えっ? ボクが!? えええ!」


 ムーンは頬を赤くすると、盛大に慌ててしまう。

 その直後、荷台が縦に揺れた、ムーンの頭が宙を舞う。


 「わわっ! またやっちゃった!」


 ムーンの身体は慌てて首を回収しようとするが、中々上手くいかない。

 狭い荷台にも関わらず、おっちょこちょいで慌てん坊だ。

 ユウはルウはを減速させて拾いやすくすると、ようやくムーンは頭を回収した。


 「うう、ごめんなさい……ボクおっちょこちょいなんだ」


 元はと言えば、町の往来を歩いていた時、足を取られて転んだ時からだ。

 無警戒に町を歩いていたムーンは、今と同じように首を取り落し、町を騒然とさせた。

 慌てて路地裏に逃げ出したが、ムーンは途方に暮れていた所、ユウと正面からぶつかってしまった。

 遅かれ早かれこの子はやらかす、ユウにもなんとなく確信できた。


 「はあ……ボクだって、好きでデュラハンじゃないのに」


 その言葉すごく意外で、そしてユウは唇を噛んだ。

 ラミア族のツバキは己がラミアである事に誇りを持っている。

 けれど彼女にも変身願望はあった。

 人間であったなら、いつでもユウと一緒にいられると、ほろ酔いしながら語っていた。

 ユウとて、いやきっと色んな人に、ああなりたいといった変身願望はあるだろう。

 だがユウは違う、ユウは泣きそうな顔で手縄を強く握っていた。


 「そんなに、自分が嫌ですか?」

 「ふえ?」


 ユウは辛く悲しかった。

 ムーンは丸っこい瞳でユウを見つめた。

 ユウは胸をバクバクと動悸を早め、顔を青ざめさせた。

 だがユウはそんな己を必死になだめると、ゆっくりムーンに己のことを語る。


 「俺も変わりたかった……俺は誰からも人間扱いされなかったから」

 「……え?」

 「社会から抹殺され、運にも見放され、そして何より俺が一番駄目だった。最悪だった、ずっと変わりたかった」


 ユウは己の過去を語る時、その背はあまりに小さく見えただろう。

 自虐的に語っているが、その蒼白になった顔を見れば、誰も茶化せはしない。

 ましてムーンは、そんな気もなくユウの言葉に胸を抑えた。


 「俺はヒーローになりたくて、そしてなろうと頑張っている………前途多難、だけど」

 「ユウさんは自分が嫌い?」


 震えながら、ユウはコクリと小さく頷いた。

 けれど顔を上げると、彼は眼力を込めて自分について締めくくる。


 「自分が嫌い……だけど、それも俺だから、俺は俺らしく、する」


 自信無いけど、と小さく呟くと、ユウはルウに視線を向ける。

 ルウは視線を逸さず無心で道を走った、彼女にしては真面目……というより気が利いたという事か。

 それならそれで良いと、ユウはしっかり道の先を見つめる。

 配達を急がないと、な。


 「あの私も、デュラハンの性でいっぱい損をしました……人間ならきっと上手く行ったのにって……でも、私もデュラハンなんですよね」


 ユウは無言で相槌を打つ、ムーンは不安げで、誰も寄り添う者がいない不安さが見え透いた。

 彼女はデュラハンであっても、人の敵ではない。

 距離感がバグっている、そんな言葉がユウの中で連想された。


 「きっとなんとかなる」

 「ふえ? なんとかなるんですか?」

 「ごめん……やっぱり自信ない、けど……!」


 ユウは振り返る、真剣な眼差しでムーンを見た。

 ムーンはユウから目を離せない、その気持ちは徐々にユウに引き込まれている事にムーンはまだ気づいていなかった。

 ユウはムーンの顔を見て、動作を見て、これが受け入れられない理由を分析した。


 人間はデュラハンが怖いんだ、未知の恐怖が不要な恐れを更に増長する。

 なら必要なことは変わる事だ、意識改革はゆっくりと奨めるしかない。


 「変わるんだ、ムーンが変われば世界が変わる」

 「ボクが変わる? でもどうやって?」


 ユウにはいけるという、確信があった。

 彼らの竜車は最初の町に辿り着く。

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