亡霊騎士の想い #7

 小さな町には入口に馬車の駐車場がある。

 そんな中でもやはり珍しいのはディノレックスだろう。

 竜車が駐車場に止まると、何人かがそれに物珍しげに注目した。その中には槍を持った兵士もいる。

 竜車の主、ユウが降りるとユウはほろ付きの荷台の後ろに向かう。

 彼は中から一人の女性騎士をエスコートするように降ろす。


 「ヒュー、どこの貴族令嬢だ? 美人だねー」


 貴族令嬢? 疑問に思った者もいるのではないだろうか。

 しかり、竜車から降りたのは間違いなくデュラハンのムーンだ。

 しかし彼女は青い瞳に、綺麗な銀髪を晒していた。

 首元には赤いスカーフが巻かれ、暗紫の鎧はやや軽装になっていた。


 全体的に漂っていた怪しい雰囲気は、見事に払拭されて、それを目撃した町の男達は感嘆の声を上げた。

 しかし一番驚いたのはムーンだろう。


 「ボ、ボクなんだか見られていない?」

 「でも誰も恐れていない」


 ムーンの問題は、ムーン自身の恐れだとユウは見抜いていた。

 だからバッサリと、彼女のイメージチェンジを図ったのだ。

 まずは野暮ったい全身甲冑はある程度装備数を減らした、特に端正な美しい顔は兜に隠すのは勿体ない。

 肝心の首だが、丁度荷台にあった赤い布をスカーフにすると、もうそこに不気味な雰囲気の亡霊騎士はいなかった。


 ムーンは未だ挙動不審気味に周囲をキョロキョロするが、誰も疑うものなどいなかった。

 寧ろ善望の眼差しを向けられてさえいる。

 ユウは配達する荷物を抱えると、直ぐに配達を開始した。

 ムーンはそんなユウを見て、とてとてと健気についてくる。


 「あ、あのユウさん……ボクなにかお礼したいっ」

 「えっ? でも」

 「うう、ボクお金無いし……何が出来るか分からない、けど」


 ムーンはユウにとても感謝していた。

 いや感謝してもしきれない。彼女は魔物であって、魔物の感性ではなかった。

 だから彼女の欠点を解消してくれた事は、必ずお礼をする必要があると思った。


 「う、うーん、お礼と言われても」


 ユウからすれば、それは100%善意であった。

 お礼を求める程やましい思いもなく、ムーンが独り立ち出来ればそれで良いと考えていた。

 幸い小さな町なら、より人の目も少なくムーンが過ごすには丁度良いだろう。

 ムーンが人の輪の中を望んでいるのは明白であり、先ずは最初のステップだった。


 「な、何でもしますっ」


 ムーンはグッと小さな拳を握った。

 パッと見では令嬢剣士にしか見えないムーンに、ユウは少しドキッとする。


 「な、なんでも……」


 ユウは顔を真っ赤にすると、口をモゴモゴと動かす。

 つい、おっさんの思考が災いし、ベッドに横たわる無垢な姿のムーンを連想してしまう。


 「あ、あのっ、ユウさん?」


 ユウは声を掛けられると、直ぐにエッチな想像を耳まで真っ赤にして払拭すると、首を全力で横に振った。


 「ご、ごめん! 配達急がないと!」


 ユウは逃げ出すように走り出した。

 ムーンは遠ざかるユウを追いかけるが、その背中は直ぐに小さくなった。

 気恥ずかしさに顔を真っ赤にしたユウに対して、ムーンは「はぁ」と小さく溜め息を吐いた。

 ユウにお礼をしたい、それは本当だ。


 ムーンは真摯で、優しい子だった。

 デュラハンというこの世界では強大な力を持つとされる魔物だったが、その感性は極めて人間らしい。

 もはや少女のような眼差しはユウに注がれるのに、ムーンには手が出せなかった。

 

 それがデュラハンである負い目だろうか、ムーンにはその感情を処理できない。

 ユウに恩返ししたい、それはもう好意無くとは言えなくなっていたのだから。




          §




 配達を終えたユウは直ぐに竜車の前に戻った。

 次の町へ急がないと、そう思いながら休憩していると、思わぬ声が掛けられる。


 「あ、あの……、この竜車って、レッポアまで行きますか?」

 「え……あ」


 それは女一人男二人の冒険者一行だった。

 話しかけてきたのは肌の白いエルフの女性だった。

 エルフ特有のまるでシルクのような美しさをもつ金の髪に、ユウは少しドキッとする。

 装備や服装から、聖職者だろうか、治癒術士ヒーラーに思える。

 取り巻き、というのは少し可哀相だが、男達は、それぞれ重装備の大剣使いに、ガントレットを装備した武道家だ。

 恐らく急ぎの用を持つパーティという所だろうか。

 ユウは配達ルートを頭に描き、レッポアの位置を思い出す。


 「途中で寄る事は可能ですが……」


 とはいえ、だ。

 ユウはオススメ出来なかった、原因は竜車だ。

 勿論人間を三人運ぶ位訳はない、だがこれは旅客機ではない。

 椅子も背もたれもない、旅馬車を利用するほうが賢明だが。


 「お願いますっ! お金も前払いしますから!」

 「この通り!急ぎなんです!」


 ユウは困惑した、三人の様子は必死であり、エルフは頭を深々と下げた。


 「かなり揺れますよ?」

 「構わねえ、旅馬車の最終便が終わっちまってな?」


 重剣士はそう言うと、駅を見る。しかし駅に今はレッポア行きの馬車はなかった。

 レッポアは少し遠い、直通便となると朝しか便はなかったろう。

 この世界には連絡便の定期運行のようなサービスは殆ど無い。

 偶然出会える旅馬車を拾って旅するのが一般的で、殆どタクシーの感覚だった。

 現代とは違い、予約とは中々行かず、駅前のタクシーを探すようなものだ。


 ユウは懐から、旧ウォードル帝国領の地図を広げた。

 レッポアは旧ウォードル領、北部ファイラク公爵の領地だ。

 旧ウォードルを構成した七大貴族、ユウが本拠地にするアシリスも七大貴族の一人キリス公爵の領地だ。

 大小20あまりの小国が結集したウォードル帝国も崩壊して久しいが、レッポアもファイラク公爵の本拠地で知られる。

 治安の良さなら旧ウォードル帝国領の中でも随一に良いだろう。


 「ディノレックスですよね? 馬よりも速いって聞きます」


 エルフの女性はルウを見る。

 ルウはニヤリと笑った――ような気がした。

 悪戯好きのルウが何をするか、なんとなく嫌な予感がしたユウは、ルウとエルフの間に入ってルウから隠した。

 エルフは不思議そうに首を傾げるが、特に気にしなかった。


 「それで、到着期限は?」

 「明日の昼までなら」


 少しスケジュールが混むな、とユウは予定表を確認する。

 後3都市を巡らないといけないのだが。


 「あ、あのっ!」


 ふと、3人とは別に、聞き覚えのある少女の朗らかな声が響き渡った。

 ユウは声に振り返ると、ムーンは目頭を赤くしていた。

 どうしたのか、心配になって声を掛けようとするが、先にムーンが言った。


 「お願いします! 私を雇って下さい!」

 「え? 雇うって?」


 予想外の言葉にユウは思考が停止してしまう、ただ彼の首はコクンと無意識に頷いていた。


 「な、なんでもします! 仕事も頑張って覚えます!」

 「いいよ」


 ムーンはユウの言葉にパアと顔を明るくした。

 恩返しの結論、ムーンはこれしかなかった。

 ユウの仕事を手伝う、それが一番の恩返しになると判断したのだ。

 けれど自分に自信のないムーンは、どこかおどおどしていた。


 その姿はやはりユウに似ている、ならユウは彼女を雇うのが良いと考えた。

 少なくともソロスならそうする筈だから。


 「ヒュー、まるで愛の告白みたいじゃねーか」

 「ふっ、思わぬドラマに直面しましたか」


 重剣士は口笛を吹く、ニヒルな武道家も若干臭い言葉を使う。


 「え? あれ?」


 しかしそんな微笑ましい事態も、ムーンにとっては取り乱すには充分だった。

 恐らく一生分の緊張をして、告白したのだ……それを見られたムーンは「きゃあああ!」と黄色い悲鳴を上げた。

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