亡霊騎士の想い #4

 「痛た……!」

 「あちゃー! 言わんこっちゃない!」


 慌ててシーナは駆け寄るとユウを支えた。

 やっぱりルウは駄目なのか?

 だが、流石に主と認めた相手に手を出したのはまずかった。


 「アギャアス!」

 「ギャギャー!」


 ディンは怒りの声を上げると、ルウを追いかける。

 ルウは全速力で逃げて、ディンをあしらった。

 他のディノレックス達は、巻き込まれないように牧場の中央に集まり、傍観の姿勢だ。

 ルウとディン、まるで優等生と問題児のようで、ユウは思わず苦笑する。


 「ルウと、もう少し遊んでも構わないですか?」

 「え? ルウと?」

 「まあどうせ暫く仕事も来ないだろうし、そりゃ構わないが」


 牧場主親子に了承を貰うと、ユウは立ち上がる。


 「ルウ! イオル止まれ!」

 「アギャア?」


 ディノレックスへの命令は古語を用いる。

 数百年の歴史があるためか、現代では一般的には用いない言葉だったが、ルウはきっちり言葉を聞き取った。

 ルウはユウの前で止まる、ディンはルウを不審げに睨みながら唸っていた。

 お調子者のルウはもうディンもどこ吹く風、ユウの前で姿勢を正す。


 「ルウ、今は遊びたい気分なんだろう? 無理やり働かされるのが嫌なんだよな?」

 「クックー?」

 「少し俺と遊ぼう」

 「アギャース!」


 ルウは喜んだ、ガシッガシッと強めにユウに頭をぶつけるが、それは喜びの表現だろう。

 少なくともルウは人を怪我させる程暴れる様子はない。

 ということはルウにはある程度分別がついているということだ。

 気難しいという意味ではディン以上かも知れない。

 頑張れと言って頑張るタイプじゃないし、自由を重視する性格なのは間違いない。

 ルウはユウの襟首を掴むと、持ち上げ、自分の背中に投げる。

 ユウはなんとかルウにしがみつくと、ルウは走り出した。


 「うわっとと!」

 「危ないわ! ちょっとルウ!」


 ルウは楽しげに牧場内を走る。

 草原を蹴り、積まれた牧草を飛び越えて。

 ユウはなんとかルウに捕まると、ルウに指示を出した。


 「ルウ、歩けロウウレイ

 「アギャー」


 ルウは指示に従う、ゆっくり減速すると、ゆっくり歩行する。

 指示に従ったルウに、ユウはその長い首筋を強く撫でた。


 「よし、良くできたなルウ」

 「ギャス!」


 ユウはルウの反応をしっかり確認すると、次にディンを見た。


 「ディン、並走してくれ!」

 「アギャアス!」


 ディンはユウに呼ばれると、直ぐに駆けつける。

 明確な主従関係が築けている証だった。

 ユウはポンポンとルウの背筋を叩くと、ルウに指示を出した。


 「ルウ、走れウレイ!」

 「アギャース!」


 ルウが走ると、ディンが並走する。

 トップスピードはディンだろうか、ユウの重量を含めてもルウの方がややゆっくりに感じた。

 だがユウはそれを直感的にルウの性格だと感じ取った。

 ディンと仕事を共にして理解した事は、ディンの性格は先行あるいは逃げなのだろう。

 兎に角先頭を行く性格だ、気位プライドの高さは走りにも現れている。

 まさに孤高の女王とでも評すべき走りだ。


 一方でルウは真逆、極度のマイペースで、走り方も自分で決める。

 騎手の事情なんて知ったこっちゃない、ルウの走りの性格は差しあるいは追い込みだろう。


 「ルウ、もっとモーレもっとだモーレ!」


 ルウは加速する、逃げるディンを追い抜く加速力。

 やがてルウはディンを追い抜いた。

 ディンは追い抜かれると、諦めて速度を落とした。

 ユウはそんなルウを労い、そしてディンも労った。


 「よくやった二匹とも、凄いぞ」


 二匹とも既に現役は引退している身だが、それでも競走竜としての矜持を持っていた。

 競争竜としてのピークは短い、ディノレックスの現役は大体5歳から8歳だと言われる。

 10歳を迎えれば、最高速は流石に落ちてくる、しかし二匹は別格だった。


 「凄いユウは、もう乗りこなしてる?」

 「ああ、久し振りにアイツらの走りを見た……現役と比べても翳っちゃいねえ」


 騎竜の能力を引き出したのは間違いなく騎手のユウだ。

 気性難で知られるディノレックスを操る事に限っては、天賦の才能があるのかも知れない。


 「ユウって、騎手としてデビュー出来るんじゃない?」

 「どうだかな……、可能性はありそうか」


 そんな二人の言に、ユウはルウから降りると、ルウの頭を強めに撫でた。

 常識破りかも知れないが、無鉄砲ではない。

 ディンが気品高い女王様ならば、ルウは天の邪鬼なお転婆姫だろう。

 ああしろこうしろなんて通じない、なにせ気分次第だ。

 ルウとは付き合い方に独特の距離感があると確信する。


 「ルウ、俺と仕事出来るか?」

 「アギャース?」

 「クック」


 ディンは荷車を指す、ルウは愛用の荷車を見て、その周りをグルグル回った。

 荷車に染み付いた臭いを鼻で嗅ぐと、ルウは気を落ち着かせた。

 ユウの臭いを感じて安心したようだ。


 ユウはルウの背中から降りると、牧場主親子の下に向かった。

 ルウと契約する、そう決心した。


 「ルウ契約したい」

 「本当に良いの? トラブルメーカーよ?」

 「大丈夫、多分ルウは無意味には暴れない」


 牧場主は「うむう」と気難しそうに唸った。

 ディノレックスの貸し出しは信用問題だ。

 故意にディノレックスを怪我させるような雇用主は断固反対であるし、かといってディノレックスの不備が雇用主に悪印象を与えれば、牧場の経営にも影響する。

 ディノレックスが生物である以上、不測の事態は発生する。それは重々に承知しているが、ルウは本当に問題なのだ。


 「どうするお父さん?」

 「いいだろう、その代わりやっぱり変更と言っても、こっちは聞かないからな?」


 牧場主はそう決断すると、シーナは家へと走り込んだ。

 いつもどおり契約書を持ってくると、直ぐにユウは契約書に署名する。

 これでルウと新たに契約した、ユウはルウの身体を愛情を込めて叩く。

 ルウはそれに喜ぶように、ユウに飛び蹴りした。


 「グフッ!?」


 ドゲシャア!


 ユウが錐揉み回転で吹っ飛ぶ。

 シーナは顔を青くすると悲鳴を上げ、牧場主は「やっぱり駄目か」と顔を青くして頭を抱える。

 さも当たり前のように飛ぶ暴力に、ディンはキレるかのように、ルウに飛び蹴りを放った。

 ルウは当たる直前で走り出すと、グロッキー状態のユウを口で回収して、走り出した。

 そのままルウとディンの鬼ごっこは続く。

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