亡霊騎士の想い #3
予定通りユウはアシリスへと辿り着いた。
日が昇る直前の町はまだ静かな物だ。
門を抜け、繋留所に竜車を停めると、荷台から荷出しをしていく。
折畳式の台車にコンテナを積んでいくと、彼は台車を手で押して配達に向かった。
先ず向かったのは、町の酒場だ。
ユウがこの町に来て初めて配達したのも、同じ店だった。
「配達にきました」
酒場に正面から入ると、まだ客の姿はない。
しかし酒場は2階が旅人向けの宿屋になっており、店はこの時間でも営業中だった。
店の奥から現れたのは浅黒い肌のふくよかな女店主アムルだ。
ユウが来ると彼女は笑顔で出迎えた。
「朝早くからありがとうね?」
「えと、野菜3ケース、燻製肉2ケースで」
「ええ、合ってるわ。中身を確認するわね?」
この店との取引は先代のソロスの頃から付き合いがある。
ユウ的にもここは異世界おけるホームだ、アムルとの付き合いも、もうそこそこか。
アムルは手早く検品すると、ユウは自作した伝票を差し出した。
「失礼ですが、伝票に記入お願いします」
「面倒だけど仕方ないねえ?」
この国には伝票文化は無かった。
隣国ピサンリ王国にはあるらしいので、恐らく通用すると思ったが、その通りだった。
伝票を作成したことで、商品の取り扱いがより明確になり、アバウトな計算から脱する事が出来た。
伝票整理こそ大変ではあるが、そこは現代人……というより日本人の能力が発揮される。
異世界ゆえにパソコンこそないが、
むしろこの世界には確定申告が無い分楽でさえある。
過酷な現代人のユウにとって、異世界のスローライフは少しむず痒くさえあるようだ。
「はい、代金ね。伝票の半分は私が持っていればいいのよね?」
「そうです。写しになりますから、何か不備があった時に必要になりますので」
異世界故か、契約に関してこの世界は曖昧すぎる。
ハンコ文化の無い異世界では、契約の履行に関して信用が出来ないのだ。
ユウはなんとなく、発展途上国で起きる納期の遅延を想像する、酷さは五十歩百歩だろう。
高額な商品を取り扱う商人でさえ、値段の付け方が時価だったり、アシリスの町周辺地域は特にふわふわしているようだ。
「ありがとう御座います。またご利用を」
ユウは伝票と代金を受け取ると、次に向かう。
竜車と店を何度か交互に往復して、仕事は朝8時までには終わった。
ユウは一息付くと、竜車を牧場へと向かわせた。
§
牧場に到着すると、早速目に入ったのは、牧場の一人娘シーナの姿だった。
牧場では今、ディノレックス達が開放されていた。
シーナはガラガラと竜車の走る音を聞くと、顔を上げた。
「あっ、ユウ! おはよう! はあ……」
「おはようシーナ、その……一体どうしたんだ?」
なんだか酷く落ち込んだ様子、ユウは戸惑いながら竜車から降りて、ディンの竜具を外していく。
シーナはユウにならと説明をした。
「クレーム受けたのよ、ウチの子がまた器物破損したって」
「き、器物破損?」
知っての通りディノレックスは生き物だ。
しかも調教飼育に非常にお金が掛かる。
それだけにディノレックスは非常に高い貸し出し料が設定されるが、そんなディノレックスが問題を起こしたのだ。
ディンは比較的大人しく、今の所そういう粗相を起こした事はないが、やはり個体によっては問題児もいるのだろう。
「ルウって言う子なんだけどね……て、わわ!?」
突然シーナの後ろ首を掴み、一匹のディノレックスがシーナを持ち上げる。
シーナはバタバタと暴れるが、そのディノレックスはシーナを振り回して遊んだ。
「やめて、やめなさいルウー!?」
不意に、ルウというディノレックスはシーナを投げ飛ばす。
シーナは「ぎゃふん!」と悲鳴を上げて地面に突っ伏した。
ユウは唖然とすると、ルウはというと何が面白いのか、キャキャとその場で燥いでいた。
「アギャアス……!」
「ギャギャ?」
しかしディンはその蛮行を許さなかった、ルウに詰め寄るとルウは一歩低く。
ディノレックスに序列があるなら、ディンはさしずめボスであろうか?
ディンの眼差しは鋭く、威圧するようだ。
普段大人しい姿に見慣れたユウは驚いた。
群れを形成するなら、秩序が求められる、ディンはそう説くようだった。
「痛た……もうルウはイタズラ好きなんだから」
「大丈夫か? 手を貸すよ」
ユウはシーナに手を貸すと、シーナは服に付いた土を手で払った。
ディノレックスも生き物である以上性格は様々、その中でもルウの厄介さには手を焼いているようだ。
「あのルウって言う子、そんなに問題なのか?」
「問題も問題! ルウは元競争竜なんだけど、兎に角わがままでやんちゃなの!」
元競争竜ということはディンと同じか。
競走馬でも活躍する馬は気性難が多いと聞くし、それはディノレックスでも変わらないのだろうか。
ルウはディンの周囲を旋回しながら、ディンのご機嫌を取ろうとする。
だがその内心は反省しているかと問われれば、疑問だった。
「とりあえずディンを休ませたい、代わりのディノレックスと契約したいんだが」
ディンは良く働く非常に理想的な騎竜だった。
背中を預ける者は選ぶというが、選ばれたならこれ程の名竜他にはいない。
だがディンにも休養は必要だ、ユウはまだ休むつもりもなく、ディンには充分な休息を与えるつもりだ。
「代わりか……生憎なんだが今は皆契約しててな……」
厩舎からフォークを持って現れた厳つい牧場主が現れた。
ユウは挨拶すると牧場主は「ふん」と鼻を鳴らす。
「えと、それじゃ暫くどの子も借りられないと?」
「まあそうなるな、すまんが」
「まあー、一匹だけ契約破棄された子がいるけどねー?」
「アギャ?」とルウが反応した。
しかり、この問題児のみが、契約破棄によってフリーの騎竜である。
ユウはルウを見る、ルウはユウに興味を持ったのか、近寄ってきた。
「き、気をつけて! 玩具にされるよ!」
ついさっき玩具にされたシーナは顔を真っ青に染めて警告した。
ルウの蛮行を間近で見ていたから、ユウもそれとなく警戒するが、ルウは意外にもユウの臭いを嗅ぐだけで、何もしない。
「あれ? 臭いを嗅ぐだけ?」
ディノレックスにとって臭いは大切だ。
臭いで相手の危険度だって分かるし、群れの者か判別だって行う。
臭いが気に入らなければディノレックスは受け入れてくれないし、臭いはそれだけ大切なのだ。
「クックー」
ユウは少し怯えながらルウに触れる、ルウは大人しく目を瞑った。
その様子にはシーナと牧場主も驚く。
「まさかルウも?」
「本当に呆れる程ディノレックスに好かれるな、やつは」
ユウは安心した、ルウはディン同様相性は良さそうだ。
そう思い、ユウはルウから手を離す……ところが。
「アッギャース!」
ルウは安心させた所で、ユウに頭突きを敢行した!
ユウは「うわあ!?」と悲鳴を上げて、尻もちをつく。
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