亡霊騎士の想い #2

 「クックー……」

 「っ! ああ、ディン……ディンもほら」


 ディノレックスの老竜ディンは、思慮深くユウを見守っていた。

 ラミア以上に意思疎通は難しいが、ユウは理解っているつもりだ。

 ディンはユウを励ましている、まだ付き合いは短いものの、ディンにとってユウは背中を預けるに足る人間なのだろう。

 そんなユウだからこそ、彼は気丈に微笑んだ。

 チーズを差し出すと、ディンはパクリとそれを食べる。

 そしてユウはディンの頭を撫でた。


 「本当に仲が良いのね」

 「気が合うのかな、ディンとは持ちつ持たれつだよ」

 「因みにそいつメスよ」

 「えっ?」

 「アギャ?」


 ユウはディンの顔を見た、ディンは不思議そうに首を傾げる?

 メス? いやそもそもオスかメスかさえユウには判別出来ないのだが、メスな事には驚いた。


 「お婆ちゃんだったのか」

 「人間には区別できないのね、後お婆ちゃんって言うのは失礼よ?」


 ディノレックスの平均寿命は20年と言われる、飼育下では50年生きた個体も確認されているが、ディンは10歳の個体で、人間に照らし合わせれば40歳程度になる。

 競走竜としては既に現役引退した身だが、お婆ちゃんと言われる筋合いは、確かにないかも知れない。

 最もディンはそれほど気にしていない様子だが、それも気位の高さ故の余裕であろうか。


 ツバキはディンに触れると、優しい手付きで撫でる。

 ディンは気持ちよさそうに目を細めた。


 「良いディノレックスね。頭も良くて、気立てまで良いなんて、良いところのご令嬢かしら?」

 「血統書付きの名竜だとは聞いているけど」

 「アギャアス」


 馬で言えばG1を何度か制したサラブレッドといった所だろうか。

 あまり競馬に詳しくもないユウには、近年流行した馬の擬人化したゲームの知識程度しかなかった。

 ラミア族には同じ鱗を持つ種族ゆえに理解し合える事も多いのだろうか。

 少なくともツバキはユウ以上にディンを理解している。


 「ユウはこいつを大切にしなさい、そうすればこいつはどこまでも力を発揮してくれる筈よ」

 「分かるんだなツバキは」

 「そりゃあ鱗同士だもの」


 曖昧な表現だが、ユウは納得した。

 ディンを大切にしよう、ディンは仲間なのだから。


 ツバキは座り直すと、ワインを飲む。「ふう」と息を吐くと、月を見上げた。

 妖艶なラミアの佇まいにユウはドキドキするが、チーズを食べながらそれを誤魔化す。


 「ユウは後どれ位居られるの?」

 「えと、日が昇る前に配達しないといけないものがあるから……後1時間位かな?」


 ユウは時計を見た。稼いだお金で必要だと思って、少し高かったが懐中時計を購入したのだ。

 懐中時計は今深夜を指している、朝日が昇る5時前にはアシリスの街に到着しないといけない。


 「私が人間なら、貴方と一緒に居られるのに」

 「……でも、ツバキがラミアのお陰で、安全に森を抜けられる。ラミアだからこそ俺達は出逢えた、と思わない?」


 傲慢だろうか、ユウは後ろ頭を掻いた。

 ツバキは目を丸くして、ユウの顔を覗き込んだ。

 そういう因果も有り得るのか、ツバキはユウの言葉に納得した。

 もしツバキが人間だったら、それこそ人間の群れの中でユウとは出会う事も出来なかったかも知れない。

 良くも悪くもラミアのツバキでなければ、ユウとは巡り合わなかったのだ。


 「遍く因果の宿命と偶然の神に感謝ね」

 「え? それは?」

 「エーデル・アストリアに伝わる伝説。この世の必然は宿命と偶然が重なりあっている。神様がそのように定めたからってね?」


 ツバキもそれを考古学的に知っている訳ではない。

 ただそのような詩が、連綿と続いてきたのだ。

 だからこそ彼女は納得した、ラミアだからユウと出会う事を許された。

 ラミアだからユウとは一緒にいられない、この世界は自由で不条理だ。


 「なら早く届けなきゃね? ワインとこの……チーズってのはありがたく頂戴するわ」


 ツバキはワイン瓶を片手に持つと、ユウに出発を促した。

 少し名残惜しいが、確かに時間に余裕は持ちたい。

 ユウは頷くと立ち上がる。


 「あ、そうそう……貰ってばかりじゃ申し訳ないかなと思って、これ用意したんだけど」


 ツバキはそう言うと、なにやら持参した革袋を取り出した。

 一体なんだろう、ユウは差し出されたそれを受け取ると中身を確認する。


 「なにかの……液体?」


 革袋はなにかの動物の胃で作ったものだった。

 中には緑色の液体が詰まっていた。


 「前の薬草のお礼、それ私が調合した治癒の水薬ヒールポーションなの」


 種族そのものが、薬物に精通する種族ラミア。

 彼女にとってそれは、何気ない治癒の水薬ヒールポーションかも知れないが、ユウに渡すには気恥ずかしかったのだろう、彼女は照れて頬を赤くしている。


 「き、気にいってくれると良いんだけど」

 「ありがとうツバキ、大切にする!」


 ユウはそう言うと頭を下げた。

 ちょっと想定外、というか調子が狂うユウの態度にツバキは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。

 ちょっと口元がニヤけたあたり、脈アリだろう。


 「ほ、ほら! もう行きなさいったら! そんなに嬉しいならまた作っておくから!」


 ツバキはそう促しながら、小さくガッツポーズする。

 ユウに喜ばれた、それが堪らなく嬉しかったのだ。


 ユウはゴミを片付けると、竜車に乗る。


 「それじゃ、また会おう」

 「ええ! 待ってるから!」


 ユウはディンの手綱を握り、ディンに指示を出す。

 ディンは加速し出すと、ツバキは手を振って見送った。

 まだ朝は遠い、ツバキはユウが見えなくなると、気怠げに森へと帰っていった。

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