第2話 亡霊騎士の想い
亡霊騎士の想い #1
ワイワイガヤガヤ。
その日アクシスの街にある噂が流れていた。
「亡霊だよ! 首なしの騎士を見たんだって!」
「街中でか? 馬鹿言うんじゃない! 亡霊が街に出るもんか!」
街中で起きる喧騒、噂好きの住人達は面白おかしくまくし立て、冒険者は冷ややかな目線で噂を聞き流していた。
だが10万人が住む都市で、そのようなアンデットめいた存在がいればすぐに討伐されるだろう。
少なくとも大方の意見はそんな物だったかも知れない。
ガチャンガチャン。
重苦しい全身鎧、暗紫の甲冑はどこの騎士の物だろうか?
少なくとも往来を歩くその騎士に、ある冒険者は首を傾げた。
「あんな騎士この街にいたか?」
「いいや見たことがない……それよりなんだか不気味じゃないか?」
「同感だ、まるで
一切素肌を見せない暗紫の騎士、それを目にした者達は薄気味悪く、遠ざかった。
だが、そんな反応に暗紫の騎士は呟く。
「好きでこんな姿じゃないのに……」
それは朗らかな少女のような声だった。
不満たらたらの独り言だったが、その甲冑の下にあったのは凛とした少女の顔だった。
その騎士は女性、重武装からは想像も出来ない可憐な少女である。
だがその首は―――。
§
ユウの仕事は順調だった。
その日も荷物を詰め込んだ竜車は夜、アクシスの街に向けて走っていた。
荷台はコンテナに詰まった商品で一杯で、その中にはある一品も忍ばせてある。
「ディン、森へ」
「アギャアス!」
ユウはディンの手綱を引き、とある森へ向かわせる。
ディンの引く竜車は渓谷を通過すると、森の奥から声が聞こえた。
「ユウー! 待ってたわよー!」
ユウは声を確認すると、竜車を減速させた。
森の中から現れたのは緋色の髪、赤い鱗のラミアだった。
ユウはラミアを見つけると、笑顔で答えた。
「ツバキ! 約束通り持ってきたよ!」
ユウはそう言うと、忍ばせていた酒瓶を手に取った。
ラミアのツバキは感激すると、直ぐに這い寄って行く。
「キャー! ありがとうユウー!」
ユウは竜車から降りると、ツバキに駆け寄る。
ツバキと一緒に丁度いい場所に腰掛けると、お酒を開けるのだった。
「ちゃんとグラスも用意した、ゆっくり飲もうか?」
そう言うとユウはガラス製のグラスをツバキに差し出す。
ツバキは初めて見た透明なグラスに興味津々だ。
ラミア族は冶金技術は有さないからこそ、ガラス製のグラスは不可思議に映ったろう。
「それとツマミも」
「これはなーに?」
ツバキは黄色い不思議な臭いの食べ物を手に取った。
腐ったような臭いのするそれには、ツバキは鼻を摘むが、ユウは美味しそうに口に運んだ。
「チーズだよ、結構合うんだ」
今回チョイスしたお酒は葡萄酒という事もあり、チーズの組み合わせは鉄板中の鉄板だと言える。
ツバキは見たこともないチーズという未知の存在に、恐る恐る口へと運んだ。
しかし口に入れた瞬間、ツバキは頬を高潮させる。
「美味しーいー! なにこれ! 人間ってこんなの食べてるの!?」
「大絶賛で何よりだよ、ほら赤ワインも」
ユウはツバキのグラスに赤ワインを注ぐ、芳醇な香りを立てる赤ワインにツバキは一気に喉に流し込んだ。
「んんー! これも中々良いわねー! ミードやエールとはまた風味が違う」
ラミア族伝統のお酒といえばエールである。
極稀にミードを醸造することもあるが、エール程一般的ではない。
葡萄を主原料とするワインはラミア族では手が出せず、それだけに喜んで貰えた。
ユウはワインを嗜むように口に当てると、ゆっくり飲んだ。
丁度空は黄色い月が照らしている。
いい月見酒だった。
「うふふ、ユウも良い飲みっぷりね?」
「まあ、その……お酒は人生、だから」
ユウは血糖値を気にすると半笑いだった。
生前は毎日のように飲んでいたから、血中コレステロールも最悪レベルだったのだ。
第二の人生こそ、健康には気をつけようと思うわけだが、誘惑にはどうしてなかなか敵わない。
だが種族自体が飲兵衛なツバキにとって、酒飲みは大歓迎する仲間である。
思わずユウに抱きつくと、喉を鳴らして好意を寄せた。
「ねえユウ、私の事スキ?」
「え、あ、その……!」
一方女性免疫の壊滅しているユウは、そんな誘惑紛いの事をするツバキに顔を真っ赤にして、しどろもどろだった。
ラミア族の誘惑は、大人になると強力な催淫効果を持つが、ツバキはそんな物使っておらず、びっくりするほどユウが初心だった事にドキリとする。
「ご、ごめんなさい……嫌だった?」
ツバキは思わず離れて謝罪するが、ユウはブンブンと激しく首を横に振った。
「嫌じゃ、ない」
ユウは俯くと暗い顔をする。
それは恐怖だろうか、まだ根底にある人間不信だろうか。
「俺、女性から人として扱われた事が無かったんです……だから好意にどう反応すればいいか分からなくて」
ユウは女性恐怖症ではないが、近いものはあった。
コンビニで女性店員がレジにいるだけで利用を躊躇う程、不意に話しかけられた時はパニックさえ起こしてきた。
この世界に来て、自分を変える為に頑張ってきたが、直接的な好意にはまだ、拒否感が残っているようだ。
そんなユウにツバキは悲しげだった。ただツバキはそっとユウの手に己の手を重ね合わせた。
「そんな事が……でも、私はユウがスキよ」
「……ツ、ツバキ」
ツバキにとって、ユウは腫れ物だろうか?
ユウに好意を持つツバキは、未だその距離感は正しく計れない。
元よりラミア族と人族がそう上手く付き合えるか疑問さえ残る。
それでもこれはツバキの直感だ。
(ユウはきっと必死なんだ……私が支えないと)
ユウはドキドキして、お酒の味も分からなかった。
ツバキと手を重ね合わせると、彼女のちょっと冷たい体温がユウに伝わる。
ずっと腫れ物扱いされてきた人生で、優しくされたら泣きそうになってしまう。
けれどユウは涙は我慢した、もう泣くような情けない自分は辞めたいのだ。
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