蒼穹の下で物語は始まる #4

 ユウの仕事は、物資を町から町へと運ぶ事だった。

 職業は商人という事になるが、実際は運送業だと言える。

 荷物を荷台に満載にすると、ユウは仕事を再開した。

 ソロスから受け継いだ古びた台車を牽引するのはディン。


 ディンは快速で走った。

 草原を往く、いつものルートは記憶している。

 ユウが向かうのはトモエルノという町だった。

 ユウは地図を広げるとルートを確認する。


 「確か……この先通行止め、だったか」


 ユウは平原を直進するルートが通行止めなのを思い出す。

 なんでも特殊な魔物が平原部に出現したらしく、討伐完了まで侵入禁止になっていた。

 下手に入れば、どんな目に合うか分からない以上、リスクは回避するべきだ。


 ユウは地図を確認すると、迂回ルートを検索する。

 通常ルートは平原を突き抜けるルートだが、平原の隣に森が広がっている。

 森は魔物が数多く生息しているから、近寄らないのが商人の間では基本だ。


 「森の反対側、少し遅れるが危険度は低いコースか」


 ユウは地図から森を挟んで平原の反対側ルートを模索する。

 地図では川沿いルートが行けそうだが?


 「危険とも言われていないし、大丈夫だよな?」


 ユウはディンを見る、ディンもまたユウを見た。

 いざとなればディンを信じよう。そう思うとディンに命令する。


 「ディン、右旋回スタルウレイ!」


 ディンはルートを素早く変更する。

 荷物は夕方までに届けないといけない。


 ユウの視線には森が広がっている。

 ただの森ではない、異世界の森はまるでジャングルのような雰囲気さえ感じる。

 そんな場所に踏み込めば、どんな魔物が襲ってくるのか、それは恐ろしい場所に思えた。

 ディンは森を迂回する、このルートは渓谷になっていた。

 馬車がなんとか通れる道にユウはヒヤヒヤしながら、側面を覗き込む。

 谷間になっており、数十メートル下に渓流が流れている。

 主流コースではないが、景観は非常に良い。

 馬車もなんとか通過出来るようだし、通れる事さえ分れば良いコースかもしれない。


 「ただ道が整備されていないのが難か」


 ガタンガタンと、竜車が縦揺れする。

 脱輪しかねない石には注意しつつ、走り抜けていく――その時。


 「アギョオス!」


 突然ディンが急ブレーキした。

 ユウは運転席から落ちかけるが、なんとか踏みとどまる。


 「ディン! 突然どうした!?」


 ディンは足を止めると、目の前を頭で指した。

 ユウは荷物を心配しながら、正面に注目する。

 何かが倒れていた、ユウが最初に見たのは緋色の髪をした女性に思えて、慌てて竜車から飛び降りた。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 だが――不注意だった。

 ユウはその女性の下半身に気づいた時には手遅れであった。

 女性は顔を上げると、鬼のような形相でユウに襲いかかってくる。


 「シャアアアア!」

 「蛇女!?」


 それはラミアという魔物であった。

 体長6メートルはあるラミアは、ユウに噛みつこうとする……が。


 「あ、ぐううう!?」


 ラミアは酷く傷ついていた。ユウに噛み付く前に、痛みに呻いてしまう。

 ユウは茫然自失とラミアの全身を見る、酷く傷ついていた。

 なんだ? まるで戦闘の直前だったみたいで、地面には血痕もついていて、ユウは顔を青ざめさせる。


 「た、大変だ! 直ぐに治療しないと!」


 ユウは相手が魔物である事も忘れて、直ぐに荷台の中を弄った。

 大事な商品ではあったが、ここでラミアを無視する選択肢がユウには無かった。


 ユウは魔法の傷薬を取り出すと、直ぐにラミアに振りかける。


 「少し染みるかもしれないけど!」

 「あううう! はあ、はあ……に、人間?」


 ラミアは黄色い双眸でユウの顔を見上げた。

 ユウは必死な顔で、ラミアを治療する。

 ラミアはこの時、右手には黒曜石のナイフが握られていた。

 ラミアという種族は、人間の上半身に蛇の下半身を持つ。

 女性しかいない種族で、人間のような上半身で器用に道具を扱うことに長けている。

 特にラミア族は薬物の取り扱いに長けており、黒曜石のナイフには致死性の毒が塗られていた。


 一歩間違えれば、ユウはどんな末路を辿っていただろう?

 もしラミアがユウを敵と定め、その毒のナイフをユウに振り抜けばどうなっていたか?

 だが、ラミアはそうしなかった、何故か?


 「……お前、なんで?」

 「なんで? 怪我してるじゃないか!」


 ラミアは危険な魔物である。その危険度は数多くいる魔物の中でも上位と言われる程。

 この世界の住民なら、直ぐに冒険者を呼ばれて排除されるだろう。

 良くも悪くも異世界人であるユウにとって、ラミアの危険度は測れなかった。

 ただユウは必死に不器用にだがラミアの治療を行う。


 それが治療行為だとラミアははっきり分かった。

 薬物、それは薬草などの取り扱いにも技能を有するラミアだからこそ、治療行為だと明確に理解出来たのだ。

 ラミアの視界は自分の右手に向かった。

 毒のナイフだ、相手が人間なら迷わず振り抜くべきだ。

 しかしラミアは戸惑った、こいつは人間なのか?

 何故魔物を治療などするのか?


 「えと、確か包帯もあった筈」

 「包帯は……要らないわ」

 「え?」


 ユウは相当テンパっていただろう。

 ラミアが喋った事に驚いたのだ。

 ラミアは高い知能を有する種族だ、言葉を交わす位造作も無いのだ。


 「私はラミア……この程度の傷なら直ぐに治るわ」


 そう言うとラミアはペリペリと下半身の赤い鱗を剥がしていった。

 脱皮だ、そうすることでラミアは傷を回復してしまう。

 ユウは改めて驚いた、魔物は初めてじゃないが、ラミアという種族は初めてだ。


 「一体何があったんだ?」


 ユウは改めて、ラミアの前で腰を降ろした。

 ラミアの目線に立つと、ラミアはユウから視線を逸らす。


 「森に奇妙な魔物が現れたのよ」

 「奇妙な魔物?」


 ユウは森に顔を向けた。

 ラミアは森の魔物で、本来は森の奥に暮らしている。

 それが森の外まで追い詰められた?


 ユウの考えはそこまで至らなかった。

 それがまたも不幸を呼び寄せるのか?

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