蒼穹の下で物語は始まる #3

 その日ソロスに連れられ、ユウは晩飯に有りつくと、久し振りに食べたまともな料理に感激してしまう。

 長らくカップ麺で生活していた乱れた食習慣に悔い改めつつ、今度こそちゃんとした物を食べようと堅く誓う。

 そしてその夜、ソロスは宿屋に向かいユウはベッドに倒れると、そのまますんなり眠りに就いた。

 明日は掃除しよう……そう考えながら――。




 その日からユウの異世界生活は始まった。

 彼はソロスに師事し、ソロスの仕事を学んでいく。

 彼の仕事は都市間で物資を必要な場所へ運ぶ事だ。

 特産品や加工品など、または時々人を運ぶなんてこともあった。

 ユウは懸命に慣れない仕事だが熱心に励み、そして習得していった。

 しかしそれから2週間程が過ぎた頃……。


 「ソロス!」


 ソロスが倒れた。

 それは仕事中の事だった。

 既に老齢に入っているソロスに運送業は荷が重かったのは明白であった。

 けれどソロスは長年続けた仕事を否定はできず、それは当然の末路である。

 だが……ユウにとってそれは当然などではない。


 かつてそうやって自分を死へ追いやったユウは、必死にソロスを看護した。

 ソロスはそんな時でも「カッカッカ」と笑うのだが。


 「ワシは幸せじゃよ、お主に出会えたからな」

 「ソロス、無理は駄目だ」

 「そうじゃな……もう潮時かもしれん」


 ユウはソロスを病院(と言っても現代的なものではないが)に連れて行くと、ソロスはもうヨボヨボの老人であった。


 「のうユウよ、お主これからどうする?」

 「どうするって……?」

 「お主はもう一人でも大丈夫じゃ、さっさと新しい人生を送っても、問題なくやっていけるじゃろう?」


 ソロスが言っている事はユウに独り立ちしろという事だった。

 確かに、ユウは砂が水を吸うように学習していった、今ならある程度はこの世界の世情も理解出来る。

 だがそれで納得できるか? ユウは見た目通りの青年ではない。

 どんなに惨めで醜くても半世紀近く生きてきた経験がある。

 ユウはソロスを見捨てる選択肢はなかった。


 「ソロス、俺に仕事を引き継がせてくれ!」

 「お主が? ふむ……良かろう」


 ソロスは思案した後そう答えた。

 しかし納得は言っていないようにも思える。


 「正直言えば、この仕事は危険もある、野盗しかり魔物しかり」

 「けど、ソロスは一人でやってきたんだろう?」

 「……良かろう、お主を信じてやろう」


 ソロスはよろよろと、懐に手を突っ込んだ。

 ユウは心配そうに介護するが、ソロスはそれを鬱陶しそうに跳ね除け、一枚の羊皮紙をユウに差し出す。


 「これは?」

 「そいつを持って商業ギルドに行け、商業権の引き継ぎは済ませている」

 「ソロス、それってもしかして!?」


 ソロスは渋い顔で苦笑いした、図星だったのだ。

 ユウは孫のように可愛い男だった、それ故に仕事を引き継いでほしいという思いと、この仕事の過酷さが天秤にのしかかった。

 ソロスはゆっくりと目を閉じると、静かにユウヘ忠告する。


 「ユウ、ワシが道は用意してやる。だがそこからはお前次第だ……頑張れよユウ」


 ユウは羊皮紙を握り込むと、「ああ」と頷いた。

 ソロスの想い、ユウは確かに受け取った。

 ソロスは満足したのか、そのまま眠りについた。

 ユウは音を立てずに立ち上がると、ソロスの仕事と想いを引き継ぐために動き出した。




          §




 ユウは奮闘した。商業ギルドでソロスから正式に仕事を引き継ぎ、商業ギルドにユウの名は刻まれた。

 仕事は過酷だったが、ユウは必死に仕事を続け、ソロスの看護も怠らなかった。

 だがそうやって1ヶ月、ユウの奮闘とは裏腹にソロスは最期を迎えた。


 ソロスは元々老齢に加え持病持ちであり、ここまで長生き出来た事が奇跡と医者は評していた。

 ユウは自分と照らし合わせた、自分は何者なのか。


 ソロスは病院で息を引き取り、即日家族のいなかったソロスは共同墓地へと埋葬された。

 あまりにも呆気なく、それは己の最期と似ているように思えた。

 きっと、榊原裕也も同じように人知れず墓に入っているのだろう。


 ユウはまだいい、彼はそう納得していた。

 第二の人生はユウに確かな生を実感させている。

 だがソロスはどうなのか、ユウは他人の考えなど分からない。

 ただ……ポッカリと胸に穴が空いたのは確かだった。




 そして……ソロスの死から1週間が過ぎ去った。

 ユウは仕事にも手がつかず、暫く仕事を休業していた。

 ソロスの死はそれだけ衝撃的であり、恩人を失う事がこんなにも重いとは知らなかった。

 だがいつまでも仕事を止める訳にはいかない、ユウの足はディノレックスを管理する牧場に向かっていた。


 都市から離れた場所に大きな牧場がある。

 キリス公爵領で唯一ディノレックスの管理をしているソロスの頃から馴染みの牧場だ。

 牧場の一人娘、赤毛のシーナはユウの来訪に気づくと、両手を振ってユウを招いた。


 「ユウー! 久し振りー!」

 「シーナ、そろそろ仕事を再開したいんだが」

 「うんうん、でもちょっと待って」


 シーナは顎に手を当てると、なにか考えている。

 ユウは待っていると、シーナの後ろ、ディノレックスの厩舎から厳つい顔の牧場主が現れた。

 牧場主はユウを見ると鋭く睨みつける。


 「今更顔を出しやがって……」

 「す、すみません……」

 「ふん!」

 「もうお父さん! お父さんだってユウの事心配してたでしょう! ユウはまだ傷心中なんだから!」


 ユウは何も言えなかった、泣きたい気分ではないが、いつでも泣ける気はした。

 一人娘のシーナはユウを擁護するが、牧場主は鼻息を鳴らした。

 捻くれた性格なのか兎に角牧場主は目くじらを立てている。


 「お前のディノレックスだが、直ぐには出せんぞ」

 「え?」

 「あーえとね? あの子も結構歳でさ? 足を痛めたのよ」


 シーナは申し訳なさそうに説明する。

 そうソロスから引き継いだディノレックスも高齢であり、今は療養中だという。

 ユウは知らなかった、あまりに無知すぎて頭を抱えるには充分だった。

 シーナは慌てて、両手を振ると代案を説明する。


 「えとだからね! 代わりの子を選んでもらった方が……」

 「ふん! ディノレックスは気性難な生き物だ、簡単に扱える生き物じゃない」


 牧場主はそう言うと首を振った。

 馬と違い、ディノレックスは人に慣れにくいと言われており、それこそがディノレックスは騎竜として有能でありながら、普及しない原因である。

 シーナは困った顔をしたが、兎に角見てもらおうと、ユウの手を引っ張り厩舎に連れて行った。

 

 厩舎には7匹のディノレックスが待機していた。

 この7匹から選ぶのか、ユウは薄暗い厩舎内を見渡す。


 「ここにいる子達はまだ仕事がないの」

 「騎竜になれるのか?」

 「あーうん、けど訓練されているのは」

 「アギョオス!」


 一匹のディノレックスがユウを呼ぶように鳴き声を上げた。

 シーナはそのディノレックスを見ると、名前を言う。


 「ディン! 貴方が?」


 ディンというディノレックスはユウには優しい瞳を持つ騎竜に思えた。

 ユウは自然とディンの竜房に近寄ると、ディンは鼻を鳴らしてユウの臭いを嗅ぐ。

 最初は恐竜みたいに大きなディノレックスは怖かったが、今は慣れたのか、ユウは優しくディンの頬に触れた。


 「この子いけますか?」


 ユウは確信した。

 ディンは大人しくユウに心を開いていた。

 ディンの様子を見て、シーナは勿論牧場主も驚いていた。


 「ディンは元競争竜だ、年齢から引退したが非常に気位が高い、そのディンが?」


 ディンはディノレースと呼ばれる興行レースで幾つも重賞を獲得した名竜だった。

 ユウはディンの実力は知らなかったが、相性は良いんじゃないかと直感する。


 「少し乗せて貰っても?」

 「あ、うん! すぐ用意するよ!」


 シーナは直ぐにテキパキと用意すると、竜具を装備したディンが厩舎から出された。

 鞍を乗せ、轡を咥えたディンはユウの目の前で腰を降ろす。

 ユウはディンの背中に乗ると、手綱を握った。


 「歩けロウウレイ


 ユウはディンに命令すると、ディンはゆっくりと歩き出した。

 それを見て牧場主も目を見開く。

 ディンは気持ちよさそうに牧場内を歩いて見せた。


 「まさかディンがあいつに心を許すとはな」

 「ユウはディノレックスの心を理解出来るのかも」


 ユウはいくつか古い古語でディンに命令し、ディンはそれに素早く応じる。

 かつてのような闘争心はないかも知れないが、ディンの地力は満足の行くものだった。


 「ディン、俺の相棒になってくれるか?」

 「アギャアス!」


 ディンは力強くユウを見つめた。

 ユウは満足だった、ディンは相性が良さそうだ。


 ユウは一頻り乗りこなすと、親子の前でディンから降りた。


 「ディンと契約したい」

 「……ああも乗りこなされちゃ嫌とは言えねえわな」


 牧場主は罰が悪そうだったが、シーナはニッコリ笑顔だった。


 「うんうん! 直ぐに書類作成するね!」


 シーナは直ぐに家に飛び込んでいった。

 ディンは喉を鳴らしながら、人懐っこく頭をユウに擦り付ける。

 牧場主も直ぐに仕事に取り掛かった。

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