蒼穹の下で物語は始まる #2

 アシリスは大きな都市であった。

 住民の数は10万人にも上ると言われ、非常に賑やかなのが理解出来る。

 ユウは荷台から降りるとソロスは竜車を係留場へと連れて行く。

 ソロスはそのまま荷台から荷卸しを開始した。


 「あの、手伝いますっ」

 「おお助かるぞ!」


 ユウはソロスの手伝いをしながら、街を眺めた。

 アシリスの入口には非常に雑多な人間――いや、人間以外もいた。


 「尻尾がある」

 「獣人じゃ、珍しいものでもないぞ」

 「あの人耳が長い」

 「そりゃエルフ、もしくはハーフエルフかのう?」

 「うわ、鱗」

 「リザードマンはちと珍しいのう」


 キョロキョロ、ユウの挙動不審とも言えるような仕草は、ソロスにユウが本当に記憶喪失なのかと信じられた。

 もし偽装しているなら、ここまで明け透けにもいかないだろう。

 極度のお人好しなのは間違いないが、それにしてもまるで子供のようだ。

 それがソロスにとって微笑ましい。


 「カッカ、それでは配達を手伝ってもらおうか」


 小さなコンテナをソロスは抱えると、ユウも同様に抱えた。

 商人ソロスの仕事は、荷物の搬送だった。

 商人というより運送業をユウは意識したが、概ね間違っていないだろう。

 ソロスについていくと、まず辿り着いたのは街の酒場だった。


 「届け物じゃぞ!」


 ユウは中を覗くと驚いた。

 剣や槍を携えた客が跋扈しているのだ。

 その物々しい武装集団は冒険者だ。

 改めて間近で見る冒険者は厳つく無頼漢に見える。

 冒険者に華々しい幻想を抱けば、粉々に砕かれかねない物だった。


 「あらソロスさん、いつありがとうね? あら後ろの方は?」


 ソロスを迎えたのは、割烹着に似た衣装を着たふくよかな女性だった。

 酒場の女将だろうか、ユウは荷物を落とさないように注意しながら彼女に頭を下げた。


 「初めまして、ユウと言います」

 「あら、礼儀正しい少年ね!」


 ピクリ、思わずユウは眉を顰めた。

 少年呼ばわりは予想外だったが、冷静に考えて自分の日本人顔は幼く見えるのだろうか。

 元となった人物こそ50代だが、今の自分は精々20歳にも満たないのかと、妙に納得する。


 「私はこの酒場のマスター、アムルよ」


 アムルという女性は肌が浅黒く、ユウの知識に照らし合わせればアラビア人を思わせる。

 異世界に黒人や白人がいるというのも奇妙かも知れないが、ここはそういう地域なのかも知れない。


 「荷物確認頼むぞ」

 「はいはい、んと……オッケー! 代金を渡すわね!」


 アムルはすぐに店の奥へと向かうと何やら硬貨の入った袋を持って戻ってきた。

 恐らく代金だろうが、この世界に紙幣はないのか。

 というか伝票はないのか、まだまだ未知の異世界生活に首を傾げた。


 そのままソロスは荷物を次々運んでいく。

 全て終わる頃には夕方を迎えており、ユウはヘトヘトだった。


 「カッカッカ! 案外体力無いの!」

 「も、申し訳ございません……」

 「まあそれは後々身につけて行けば良いじゃろう、先ずはお主の住まいを案内してやろう」


 ソロスはそう言うと住宅街に向かった。

 ユウはここまで言われるがまま従っていたが、ソロスにある疑問を抱く。


 「ソロスさんは家族はいないのですか?」

 「ん? おらんよ。皆くたばった、年老いたワシだけ残してな?」

 「あ、えと……すみません」

 「カッカッカ! 気にするな! ワシも老い先短い! どうせすぐにお迎えも来るわ!」


 そんな縁起でもない事を言うソロスにユウは顔を青くする。

 ソロスは人生を楽しんでいた、ユウとは対照的に。

 ユウは不安に思う、この第二の人生を精一杯楽しめるだろうか。


 自分の手は平凡だ、望んだ平凡でもある。

 だからこそ、女神の期待に応えられるかが不安なのだ。


 「着いたぞ、ここじゃ」


 ソロスが案内した家は、粗末なワンルームだった。

 それでも鍵付きの家はそこそこ上等にさえ思えるのが不思議だ。

 ソロスは灯りを点けると、部屋の中が照らされた。


 「ここはワシが使ってる拠点の一つでな、ワシはこんな部屋を各都市に持っておる」

 「埃っぽい……」

 「カッカ! と言っても最近じゃ宿屋を使う方が多くてな!」


 ユウは口元を抑えると、部屋の中を見渡した。

 調度品は最低限で、何年も掃除していない様子だった。


 「ここをお主にくれてやる!」

 「くれる……て、わわ!」


 ソロスは乱暴に鍵を投げつけた。

 ユウは慌てて受け止めると、ソロスは「カッカッカ!」と笑った。


 「お主にやる気があるなら、ワシの手伝いをせい! 給料もちゃんと出すぞ!」


 ……渡りに船とは、こういう事だろうか?

 手に職を持てる事はありがたい事だ。

 特に30年近く仕事を続けたユウにとって、それは重要だった。

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