第2話

 A君からは月に一度ほど電話がかかって来るのだが、話す内容はいつもアニメやAV、地下アイドルの話ばかりだった。俺も何度か地下アイドルのコンサートに一緒に行ったことがあった。大変失礼だが、ファンがやばかったということだけは間違いなかった。でも、地下アイドルは確かにかわいい。金を払えば一緒に写真も撮れる。はまるほどではないが…。


 彼から交際相手がいると打ち明けられたのは今から何年も前のことだ。それから彼がぐいぐい押しまくり、先日の彼女の誕生日(三月三日)にプロポーズしたそうだ。ひな祭りが誕生日なんて、まさにアイドルのプロフィールじゃないかと思う。


 くだらないと思いながらも、「おめでとう」と言って、お祝いも送ることにした。彼が欲しがったのは、一風変わっているけどお香だった。彼女と一緒に香りを楽しみたいということだった気がする。脳内に彼女がいるなら、確かに二人で楽しめるのかもしれない。


 その後、6月に結婚式をやることになり、俺は招待された。

 突然家に本格的な招待状が届いたのだ。

 断りたかったけど、申し訳なくてできなかった。

 結婚式は花嫁の希望でキリスト教の教会で行われた。

 彼はその教会の信者でもあった。大学時代にそこで洗礼を受けていた。旦那の宗教を受け入れるって出来過ぎじゃないだろうか。妄想なのだから文句を言っても仕方ないのだが。


 参列者は意外と多かった。

 親戚と俺、ネットで知り合った友達数名だった。

 しかも、会社の人もいた。

 会社の人たちとは名刺交換をしたが、A君みたいな変なやつが友達で恥ずかしかった。


 彼の両親はすまなそうな顔をしていたし、すでに結婚している妹さんは出席しなかった。俺は両親の気持ちを慮って、できるだけ明るく爽やかに振舞った。おたくの息子さんにもまともな友人がいますよ!と伝えたかった。


 俺は両親とは不仲で、しかも、もうどちらも亡くなっている。両親が揃っている彼が羨ましかった。親は普通なのに子どもはなぜあんな風になってしまうか。不思議でたまらない。


 参列したネッ友たちは皆ちょっと変わった人たちばかりで、結婚式なのに会社に着て行くような紺のスーツ姿だったり、ジーンズだったりした。しかも、A君をからかうように、ずっとニヤニヤしていた。多分だけど、普段からそういう顔をしている人たちなんだろう。


 会社の人たちは皆まともで、付き合いで来たようだ。

 そこには、彼の上司も混じっていた。

 A君には自分がおかしいという認識はないのだ。


 俺は一見普通の人に見られることが多いから、A君の勤務先の人たちからは、だと思ってもらえたと自負している。


 さんざんA君を非難していながら、俺もいまだに独身だ。大企業勤めだが、女性と付き合ったことはない。

 これまでいろいろな人の結婚式に出席して、金だけ取られて悔しい思いをして来たが、こんな変な結婚式ならしない方がましだと思っていた。


 しかし、実際の結婚式は意外と普通に執り行われて、おかしなところは何もなかった。そもそもの趣旨が変なのだが、妄想と結婚したということを会社の人たちは知らなかった。病気で入院しているということになっていたのだ。


 新郎は地下アイドルの子の写真を勝手に使っていて、ずっと腕に抱いていた。まるでストーカーが勝手に結婚式を挙げたようだったから、俺の顔はずっと強張っていた。


 アイドルの子本人は知らないだろうけど、脳内で勝手に弄ばれていると思うと、その子に対して同情を禁じ得ない。さらに勘違いも甚だしく、A君は式の最後に感極まって泣いていた。


 その後、二次会があったけど、行ったのはネッ友たちと俺だけだった。

「地下アイドルの子に許可取ってる?」

 俺は笑いながら言った。

「うん一応報告したんだ。妻が君そっくりなんだよって。そしたらすごく喜んでくれて”おめでとう”って言ってくれたよ」

 A君は、嬉しそうにデレデレしていた。

「そうなんだ…」

 彼の振る舞いは意外とまともだったと思う。アイドルの子にとっても、生きた女性と結婚するという以外の発想はないだろうし、むしろ、見るからに童貞風できもいファンが結婚したと聞いたらほっとしただろう。”おめでとう”と言うのは本心だったに違いない。


 しかし、妄想と結婚するなんて反則だ!

 俺はもやもやした。もし、そんな勝手が許されるなら、金のない不細工が世界一の美女と結婚することだってできる。そんなのは結婚と言えないじゃないか。俺だって、世界があっと驚くような相手と結婚したい。結婚で人生逆転をかましたい。


 今だったら大谷翔平と結婚する。別にゲイじゃないけど、それでもいいから金持ちになりたい。大谷は性格も良さそうだし、イケメンだからパートナーとして申し分ない。本業の野球以外でも、CMにも引っ張りだこだ。これからもっと稼ぐだろう。


 俺はいちファンに過ぎないのだが、彼からアメリカに招待される。そして、彼の家でプロポーズされて、ラスベガスで式を挙げるんだ。世界中のメディアが取り上げるだろう。せっかく有名大学を卒業しても、世間に埋もれてしまった俺の人生にようやくスポットライトが当たるんだ。


 それから、二人とも毎日パパラッチに追われる生活が始まる。リムジンに乗って、シャンパンを飲み、レッドカーペットを歩いて、マスコミの取材を受ける。「彼ってゲイだったの!?騙された!」と、世界中の女の鼻を明かしてやりたい。そして、彼がシーズンで留守の間、俺は豪邸で毎日パーティーを催して遊んで暮らすんだ。世界中の美女を集めてドラッグパーティーをやる。留学した時吸ってたLSDやマリファナをまたやりたい。


 俺は興奮していた。もう一度浮上したい。


 その後、家に帰って大谷との結婚を想像してみたが、このくだらない遊びは5分と持たなかった。誰とでも結婚できるという妄想にさえ、女が出て来ないところからしても、自分には何かが欠けているのだろうと感じた。つまり俺の幸せに女は必要ないのだ。金さえあればと思っても、金がある生活にさえも夢を見いだせない。億万長者になってやりたいのが行きずりのセックスとドラッグなんて、俺の人生は一体何なのだろうか。そもそも、人に注目されることにそんなに意味があるのだろうか。


 A君みたいな人は自ら妄想の世界に逃げているかもしれないが、何が欲しいかちゃんとわかっている。だから、自然と自分の望んでいる物が浮かんでくるんだろう。俺は自分をわかっていないから、想像の世界にいてさえ何も手に入れられない。彼の方がまともだし、幸せになる資格があるというものだ。俺はさらに惨めになり落ち込んだ。


 ***


 

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