空の旅、もしくは幼い日の記憶

 キイが案内されたのは、貨物クレーンの群れに、配送用鉄道の線路、トラックに高度にシステム化された港の一角。開けた場所に描かれた円とHの字。ヘリポートだった。

 

 このヘリポートにエンジン音をうならせ、回転翼プロペラをまわし空気を切っている音がする、発着準備に入っている航空機体が一機ある。翼が途中で折れ、その先端に付けられた回転翼プロペラは天を仰ぐ形になっている。ティルトローター機と呼ばれる航空機体だ。


「すぐに飛び立つわよ」


 キイはこの機体の運転手からヘッドフォンを渡されてつける。


「どこに行くんですか?」

 

 キイの問いにマコトが大声で答える。


「生徒会長室よ!」


 キイは押し込められるように航空機に乗らされた。


「発進!」


 マコトの号令で機体は空へと飛び立った。




 この都市は空から見れば、まず南北に伸びた大通りが背骨のように走っていることが見れる。マコトの説明によればこの通りは中央通りと呼ばれるらしい。


 そして次にみえるのはその中央通りの南北の終端にそれぞれそびえる山々だ。


 学園都市アカデミーはこの南北の山の間にあるわずかばかりの平地に機能を集約させている。


 猫の額ほどの土地に公称学生数五十万、加えて講師、各種事務員、インフラ従事者、研究者、不法滞在者、“門”の向こう側からやってきた「訪問者ビジター」を数えると人口百数十万を超えると言われる都市を建設した。


 だからその建物のどれもが天へと延びている。この街では首を垂直にしなければ空が見えないんだという。サイバーパンク映画を思わせる都市の合間を吊り下げ式の自動軌道交通(AGT)、自動運転バスが走っている。これでも交通システムがパンクしそうで二本の地下鉄の建設が計画されているとのことだ。


 そんなふうにマコトはこの遊覧飛行を楽しませるためか、流れるように説明を続けていた。

 

「驚いたかな。この都市の密集具合は異常だが、本当の集積構造は地下に埋まっている。この島が学園として認定されてから三十年にわたって地下が掘り続けてきたし、“向こう側”からの干渉ででかい穴が空いてるってこともある。とにかく何十層も地下区画が無秩序に広がっているんだ」

 

「ええ、うわさで聞いたことあります。学園都市の地下はダンジョンだと。上層こそ安全なものの、降りていくとトラップやモンスターが出現しはじめ、下層に行くほど密度を増していき、その奥深くには異形の怪物が巣食っていると。幾多の迷い込んだ、もしくは無謀なる挑戦者の命を喰らってきたと。そういう作り話めいた話を聞いたことがあります」


「そう。実はその話は本当だ」


 マコトはおどろおどろしいこともあるもんだという声色でそう告げた。


 キイは会話を続けながら考えていたのは目の前の少女、マコトとの思い出――ここに至る理由――だった。




 キイの幼い日。

 母方の親戚の集まりに参加した時のことだ。


 祖父はどうやら『大転変』時に英雄的な活躍を行ったらしい。そのためにこの個人的と銘打たれたこの集まりであってもホテルの宴会場を貸し切り、四桁に達するじゃないんかいという人数を集めている。


 結果、七歳のキイは挨拶攻撃喰らった。続々揚揚に人々が来て、「こんにちは」「キイちゃんと言うのね」と話しかけられ、対応をしなければいけなかった。


 多くの人と会話するのに疲れて、たまらず宴会場から逃げ出した。


 そこにいたのがマコトだ。


 学校の制服なのか、リボンのついた紺色のブレザーを着ていて、凛としたかつ既に強い意志を孕む確固とした眼差しの少女。


「あなたも逃げ出してきたの?」


 キイの青みがっかた、息苦しそうな表情を覗き込む。


「気分が悪い?」


 そう言うと素早くキイの手を握り、走り出した。

 キイは手を引っ張られ何とかついていきながら訊ねる。


「あのっ……!ど、どこへ行くんですか?」

「外へだよ!」


 逃避行の先に樹木が植えられた遊歩道の中にあるベンチに一緒に座った。リンゴジュース缶を自販機で買って、キイに渡してくれた。


「ありがとうございます。でも……いいのですか、脱け出しちゃって?」

「いいんだよ。この会は欲まみれの大人たちが集まっているだもん。利得混じりの笑顔を見るのはもう飽きちゃったよ」


 意外な言葉だった。


「欲得まみれの大人の会話よりはかわいい君のような子との会話の方が断然いいよ」


「かわいい?わたしが?」


「かわいい」その言葉がキイの頭の中を反芻した。

マコトはその言葉を首肯した。


「キイはかわいいよ」

「かわいいかな、わたしって?」

「ええ、そうよ」


 キイはしびれるような気持ちにあふれていた。


 不世出の神童として他の子供たちとは薄い膜のような隔たりを感じていた彼女にとって、その言葉は僥倖そのものだった。


 初めて与えられた、人から与えられた、同じ才能を持つものからの評価。


 それはキイの心に染み渡り、変成させた。

 顔を上げて、目の前の少女に伝える。


「お姉さま。あなたをお姉さまと呼ばせていいですか……?」

「いいわよ!」

「わたし、〈かわいい〉とちゃんと言われたことがなくて、でも、お姉さまにそう言ってもらって……、わかったんです。いま! わたし〈かわいく〉なりたいって!お姉さまみたいになりたいって!」

「そうなの!」

 

 二人は手をつないだ。それは姉妹の関係の構築であって、キイにとって茫漠に見えた人生の目標の発生だった。


 主役級の二人が会場から消えたことに気づいた参加者の一人が彼女のたちを見つけられたことで、この密談はすぐに終わった。だけどそれぞれの家に戻って手紙のやり取りになって続いた。それはマコトが新中学生として『学園アカデミー』に入ると頻度を下げながらでも続いていた。


 しかしこの二年はキイから手紙を送ることはあっても、返答が来ない日々が続いた。しかし、マコトのことは『学園アカデミー』の生徒会長として働いていることを『学園アカデミー』発行の新聞、ネットニュース、SNS の発信から知っていた。


 キイのあこがれの人はどこか遠いとこへ行くだろうと思っていた。だけどこうやって呼ばれたとあればもう全力で来るという選択しかありえなかった。



 結果、この機体の中で『学園』の上空を遊覧飛行しているということだ。

 お姉さまと二人きりで!



 




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