生徒会室へ

 機体が降下を始めた。


 窓からは高くそびえたった銀色の電波塔がその鉄骨構造の部分を細部まで見せていた。その隣にあるビルへとティルトローター機は降下していく。その建物の高さはその腰、第一展望台にあたる。その三分の一のほどの高さの建物。ここに生徒会と学園自治委員会が入っているんだマコトはキイに告げた。


 航空機はその建物へと近づき、屋上のヘリポートに着陸する。数人の屈強な生徒には見えない男たちが整然と立っている。彼らは生徒会の制服を着ていることで生徒であることを示している。その男たちに粛然と出迎えられて建物に入る。


 豪華な装飾を施された階段を降りると最上階へと出る。

 

 この廊下はエントランスとして機能するように造られていて、赤い絨毯が引かれて等間隔で彫像と肖像画飾られている。

 それにキイが気になったのを見て、これまでの生徒会長達のものだとマコトが前を歩きながら言った。


──ここは生徒会の権威を高め、それを見つけるための場所ってことか


 転生者の皮肉の言葉をキイは受け流しながた。


 通路の奥に重厚な木製の扉がある。マコトが近づくと、背丈二メートルあるのではないかという阿吽の仁王像のような男たちだ。彼らも生徒会の制服を着ていて、しかしコスプレのようなミスマッチさを生じさせている。この修羅二人が扉を開ける。


「ようこそ、わが生徒会長室へ」

 

 そうキイに告げ、お茶を入れると言い奥の部屋に入っていた。


 待つ間、キイは自然とこの部屋を見回すことになった。


 まず目に付くのは格調高い幾何学的模様がかたどられたアールデコ調の壁。

 

 次点で扉の反対側にして、部屋の奥、大きな紋章。門の前に一振りの剣が柄を上に刀身を下にした洋剣、そこに絡みつくというモチーフの紋章。これはキイは知っている。学園の校章だ。


 その前に樫の大きな机、生徒会長の執務机と見える机が置かれている。さらにその前面にソファーとローテーブルがある。応接用だろう。部屋の入って左、南側は本棚、所狭しと本が詰め込まれている。


 その反対、北側に大きな窓がある。

 その窓から、灰色の山が見える。森が広がっていはずの山の斜面には磯の岩についたフジツボのようにびっしりと建築物が造られ街が麓から続いていた。


 視線を登らせ、山頂に到達させると大穴が見える。火口のような穴。が、その穴は一切の噴煙を出さない。ただ深い漆黒、底知れない未知、不可知の世界を静かにこちらへ見せている。


──あれが「転変」の発生地、震源地ポイント・ゼロか。本当に不気味だな


 そこは〈門〉の開いた形跡の一つ、あの『転変』の日にぽっかり空いたものだ。ニュース、ドキュメンタリー、教科書、現代社会を語るときにあの穴を語らずにいることはできない。キイも何度観たことか。はじめて現物をみたにもかかわらず、慣れ親しんでいると言える気持ちを覚える。


「紅茶を入れよう」


 マコトは給仕室から出てきて、ローテーブルに二つカップを置き、ポットから注ぎ始めた。


 キイのうずく情動はゆっくりと注がれていく紅茶を尻目に、五年ぶりに会った彼女がより凛々しく、美しくなっていることを感動を発生させていた。


「さあ、いただこう!って、どうかしたのか?」


──おい!見惚れているのか?


 本当に見惚れていた。即座にええ、そうしましょう。お姉さま。と答え、受け取った紅茶を口に含む。


 二人はゆっくりと緩やかに紅茶を飲んだ。それは紅茶をじっくりと味わうためにではなく、久方ぶりの再会を静かに祝うためだった。



「で、私は何をするためによんだのでしょう?」


 当然の問いだった。この再会を味わうことも良いものだが、それでも用件聞く方が先だろう。そうキイは判断した。


 マコトの能力を思えば、解決できない問題の方が少なく、もし頼られることを考えれば不可能に近いのではないかと勘ぐってしまうのだから。


 マコトは一切の心を動きを見せないほどの優雅さでカップをテーブルに置いた。


「おお、意外と性急に答えを望むようになったね。……そうだな、まずこの学園の運営、生徒会がどのようなものか話そうか。ちなみにキイはどこまで予習している?」


「『学園アカデミー』が『転変事象』が発生する中心地が設置され、その研究と対処を任されていること。『学園』の生徒はその目的を達するために『転変能力』の習得、使用を促されている。この『転変能力』を持った学生を指揮、統率、管理するのが『生徒会』であり、そのトップであるのが生徒会長であるという認識ですね」


 学園ホームページとパンフレットに書かれた記載をそのまま伝えた。


「その通りだ。我々、学園生徒の目的で、外の学校生徒とは違う点は異獣たちの退治にある。そして生徒会の役割は「転変能力」《ちから》を有すために荒々しく血気盛んな学生たちの指揮、統率、管理しなくてはならない。そう管理するんだよ……」


 マコトの凛々しく高らかで朗々とした声が少しずつ弱まり、声が震え、愚痴を漏らすようになっていた。


「う、うわ~ん。つらいよ~~~」


 突然、臨界を迎えたのか弾けるように叫び、テーブルに乗り上げこちらに向かってくる。


 完璧超人かのようにみえた美少女が顔を崩し、涙をこぼしながら、キイの白いか細い双つの手を握る。


「だってぇ~あいつら、能力を扱って暴れるんだよ? 自我が強すぎるんだよ? 欲しいものを何が何でも手にしようとするんだよ?」


 手を握られて、その完全ともいえる顔を上目遣いに見上げられ形になる。キイは戸惑いと興奮を抑えながら答えなければいけなかった。


「……お姉さま。ですが、お姉さまの仕事は完璧にこなせていると思えます。島の中から伝わってくるニュースでも、見事なものですよ。去年の生徒会長就任以来、死亡率が半減したそうじゃないですか」


「それは……みんなのおかげだよ……」


「それでも、その人たちを導いたのはあなた、お姉さまですよ」


 それでもマコトはうっ、うっと言いながら近寄って、何かが吹っ切れたのか、勢いよく抱きしめようとする。



 その時突如、扉が開いて臙脂えんじ色と深緑色の制服、つまり生徒会所属であるとわかる眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒が現れた。


「会長! 戻られましたか! って、何をやっているのですか!?」


 神経質そうな眼鏡をずらしそうながら素っ頓狂な声をあげる。


「ハルト君。……扉を叩かないで開けるのやめてもらいたいね」


 ばね仕掛けの人形のように身体を起こし、椅子に身を戻す。涙と愚痴を垂れ流す弱い少女から完全である生徒会長の役へと戻っていく。それは見事な転換であった。


「……申し訳ないです」


 会長はこの哀れな生徒会役員に尋ねた。


「で、分かったかね、あの『兌換券』の流通の原因は?」


 申し訳なさそうな顔をさらに申し訳なさそうにしながら男子は答えなければならなかった。


「……わかりませんでした」


「そうか」


 ため息を一つつき、息を吸い正面、キイに視線を向ける。


「つまりキイ、君にやってほしいのは、この学園に最近に蔓延る謎の通貨の調査なのさ。私たちはこの正体不明のお札に右往左往されてしまっているわけ。島の外からやってきてこの事件を鮮やかに解決してしまう探偵を求めてやまないってことなのさ」


 マコトはやれやれと肩を落とし首を振りながら話した。


「待ってください……探偵ですか? この事件は私たち生徒会執行部の能力でかならず解決してみせますっ!」



 ハルトが叫ぶように口をはさむ。


「だが、いまだ解決の糸口すら見つけていない」


 ハルトの蒼白くなった額を滝のように冷たい汗が流れる。


「ですが……っ。あと少しの時間を頂ければ何らかの結果を……」


「まあ、聞いてほしい。かの謎の『兌換券』には我々には見つからない仕組みがあるのではないかと考えられるんだよ」


 キイの論理的思考の部分がこう言った。


「生徒会メンバーには認識することができないなら、その外部の人間が捜査すればいい。そういうことですね、お姉さま」


 マコトはキイの言葉に深く頷き、そうだと答えた。


「どっ、どういうことですか!? この女の子がこの事件を解決する!? そもそもこの誰なんですか!?」


「紹介しよう。わが従姉妹にして『転変能力者』、キイ君だ」


 愛しい従姉妹に手を伸ばし、肩に回す。二人が視線をが交わると、顔をあげ反対側の手でハルトを指す。


「キイ、こっちは生徒会書記ハルト君だ」


 あっけに取られている二人の手を取り、無理矢理結ぶ


「さあ、挨拶だ。双方よろしくだ」


「……よろしくお願いします」


「……はぁ〜、よろしく」


 戸惑いを隠せない二つの顔のあいだでマコトはにひひと笑った。


「さあ、作戦会議を始めようか」





「さてまず、学園の通貨システムを確認しよう! ハルト君!」


 マコトの掛け声で天井に隠されたプロジェクターが立ち上がり、本棚の上に設置されているスクリーンが下がり、映像が写し出される。


 学園の紋章が現れ、抑揚の少ない合成音声の女声が響く。


「本学へ入学した皆さん。入学おめでとうございます。この動画では入学したての皆さんにこの学校での生活の仕方をレクチャーします。本学の成績制度、どのような条件で卒業するか、そして生活を送るための学園の基本的なシステムについて説明します……」


 すると映像は早送りになった。ハルトが操作したのだ。


「このビデオは、入学者に向けて作られたものです」


 ハルトが説明する。


「まず基本的な学園の仕組みを確認するためには、いいでしょう。成績と本学の通貨システム『単位』の関係性の説明するところまで飛ばします」


 早送りが止まる。


「……では、本学を特徴的な仕組み。『単位』についての説明を始めます」


 画面に『単位(Unit)』という文字が表示される。切り替わりUを上から二本の横線で引かれた文字が現れ、3Dモデルとなったその文字が回転する。


「『単位』は先ほど説明したACE(学園総合試験:Academy Comprehensive Exam)の出来高によって発行され、その上限は一科目、15単位まで発行されます。ここで注意していただきたい絶対評価で40%の得点までで発行され、それ以下の成績であれば『単位』が発行されないという点です。


 そして、この発行された『単位』はお金として使用できます。学園の各地にある購買、学食、学生が運営する部活、サークルが出店するお店、各種インフラ、高度な授業を受けるための拝聴料も含まれます。


 学園生徒に配布される携帯端末、これが生徒証であると同時に財布でもあります。この端末に『単位』が振り込まれ、各所に配置された支払い端末にかざすと支払いが行われます。


 最も重要な『単位』な使いかたは卒業するために支払う必要があるということです。その支払い単位数は10,000です。この「卒業単位」は一括で支払うこともできますし、利息が発生しますが月ごとの支払いにすることもできます


 また『単位』は異獣討伐、学園から直接依頼されるクエストを達成すること。音楽、芸術、ボランティア活動などの課外活動で特別な結果を挙げたものにも授けられるます


 そして学園の敷地内、つまり島内でのこの『単位』以外の通貨の流通を原則禁じています。島外通貨の使用、違法通貨の流通が行われている場合、学園法に基づいて生徒会執行部及び成績発行委員会が調査し罰則を与えます」


 部屋が明かりが増す。ここで説明は終わりというわけだ。


 スクリーンは学園の紋章が回転する映像に変わった。


「これが学園の通貨『単位』の基本的な説明だ。つまり我々が追っている謎の通貨はこの仕組みを壊そうとしているというわけなんだな」


 マコトが執務机に座り、キャビネットから書類を取り出す。


「『兌換券』がはじめて見つかったのは学園の内部にある違法の賭場からだった。学園の記録に残らない方法でやり取りが行われていた。さてここからが問題だ。学園執行部の機動部隊が突入した時、賭場には明らかになんらかの「価値」を持つ通貨のやり取りが発生していたのにその証拠を一切見つけることができなかったんだ」


 机の上に投げられた写真を含む紙の束には突入時の衝動で乱雑になったポーカー台やスロットマシンが置かれた部屋や、不服そうな目をしている取り押さえられた男や女の写真、人々の証言がまとめられている情報を記載されている。


「その場にいた人間に話を聞くと、どうやら成績と交換してくれる通貨がやりとりされていたらしい。これは共通した情報だが、ここからは違う。証言者によってあやふやな応えをするんだ。印刷された紙でやりとりされていたと言う者や、電子的にやりとりできると言う者、さらには宝石のような形をとっていたと言う者までいる」


 マコトはため息をつく。


「この『券』は単位、成績と交換できるという情報しか得られていない。その後もこの『単位兌換券』の影は学園のグレーゾーンをちらついている。怪しげな薬の販売店、暴力の香りがちらつく集団、いかがわしげな夜のサービスを謳うお店、あまりにも高利な『成績』の貸し屋……。岩を持ち上げたら小虫たちがいるように、怪しい場所にこの『券』ありさ」


「お姉さま。なるほど、怪しげなお金が出回り、学園の治安が悪化していることはわかりました。そこで質問なのですがその正体不明のお金を私はどこで探せばいいのですか? それに生徒会の皆さんが捜査して手がかり一つ見つけられなかったものを調べることなんて不可能に思えるのですが」


「一つずつ答えよう。まずどこを調てほしいか。それは地下決闘場だ」

 

 ハルトはマコトの合図を受けプロジェクターで学園のマップを映し、学園全体からある場所へと遷移させていく。一つの大きな建物の空撮写真が示される。


 「この名前は正式にそういう名前の施設があるわけではなく、学園にある地下体育館で開催される部対抗の試合を行うときに呼ばれる俗称のことだ。この試合はもともとは部同士の交渉がねじれた時に最終的な解決方法としてよういされたものだった。しかしそのコントロール役である決闘委員会が観客とその決着を賭博として興収を始めるようになってから変わった。現在あの敷地は学園のグレーゾーンの一つで、今回の通貨騒ぎも関わるっているんじゃないかと想定できる。


 二つ目の問い、なぜ君に任せるのか。こう考えられると思っているからだ。もしこの案件に『転変能力』が使われている場合、おそらく相手の能力は「価値」を信じさせること。そして、それは誰にでも適用されるものではない。


 『転変能力スキル』の本質である、自身の「世界」を押しつけることがこの『券』にも起こっているではないかということだ。


 流通させる通貨は本来、何一つ「価値」も「形」もないはずなのに、それを使用することができる、使用しているものがいるということで、「使える」ものだという共同幻想を作り出している……」


──それは現実のお金と変わんないじゃないか? 紙切れを「価値」ある者とするのは、皆が使っているからじゃないか?

……そうですね。しかし……


「現実のお金と違うのは本当に物質的に存在するものでなく、それを信ずる者の前にしか現れないお金ということですね」

「そう、考えている」

 マコトは重く頷いた。


「そして、我々生徒会の生徒ではそんなお金を「信じる」ことなどできないから、それを自身で確認し操作することができないというわけだ」


「ならば、私にこの話をしたのは失敗だったのではないですか? 」



マコトが、コインを取り出しタクミに投げるがそれは空を切り、床に落ちる。


「どうやら、このコインは私と君にだけ見えるようだ。これが『転変能力スキル』によるものか、この相手からの挑戦状なのか知らないが、私たちには感知できる」


「私自身が捜査したいが、生徒会長という役職は厄介でね。どこへ行っても目立ってしまう。そこで君が隠密に調べて欲しいんだよ」


「……わかりました。なるべくやってみせましょう」

「キイ、ありがとう!」

 にじり寄ってキイの華奢な身体を抱きしめ、助かるよ~と感謝の言葉を呻くように告げる。


 キイはなんとか、その手をほどき、握手の形に変えて覚悟を伝える。


「お姉さま! あなたのためにここへ来ました! 絶対に期待に応えてみせます」


 ハルトの案内で生徒会室を辞去する。



 誰もいなくなった生徒会室の中で、マコトは窓を見つめる。

 そこにそびえるのは山であり、そこに空いた大穴だ。

 

 プルルルル、と電話が鳴った。


「タクミか? ああ、そうだ、頼みたいことがある。うん、キイのこともだが、「タナカ」のことを調べたい……」


 電話の相手は相当、意外だったらしい、ワンテンポ遅れて反応を返そうとした。

 その反応にかぶせるように言う。


「その捜査にキイが参加する。彼女には隠密捜査であると伝えているが、現在の『学園アカデミー』で彼女は相当目立つ立場にある。だから我々の目的は独自の動きをするキイによって、相手がどう動くかの反応が見たい。流石に相手が直接攻撃をしてくることまではないだろうが、護衛を頼みたい。あと、周囲で起こっている些細な異変もあったら報告して欲しい」

 

 電話の向こう側でやれやれと呟き、ため息をついてる姿がありありと思い浮かんだ。


 彼ははいつもそうだ。口ではいやいやながらも、依頼を受け取ればどうにかこうにかこなしてくれる。


「こんなことを頼むのも君を信頼しているからだよ」


 こう言うと、まるで善意に付け込んでいるみたいだなと自嘲ぎみに思いながら電話を切る。


 赤く染まりだした空に写すように、反射した顔が窓に映った。

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