240503

【2024年5月3日】



「なあ、わざわざ変装する必要あったのか?」


 幾度となくイヤだと伝えているはずではあるのだが、またしてもスカートを履かされてしまったどころか、ウィッグにメイクまでして完璧すぎるほどの女装をしてしまっている俺は発案者である藍に本日3度目になる問いを投げかけた。


「音先輩から2人にバレないように目立たない格好をするように言われたんだから仕方がないでしょ」


 俺同様にウィッグを被り、メイクを施し、俺とは対照的に男装をしている藍はどこで覚えたのか俺のアゴを触りながら普段よりワントーン低い声でそう答えた。


「現実世界にそんな事をする男は居ないと思うのだけれど」


「えぇ、凛くんをイメージしてみたんだけど……」


「ああ、彼はやりそうね。例外中の例外だけれど」


 俺たちの中で唯一普段通りの姿(と言っても俺たちくらいしか知らないバイト時の姿だが)をしている千花は俺たちのやり取りを横目で見つつ妙な距離を取って梨蘇りそ水族館を巡っている伊吹先輩と響子の姿を追っていた。


「あの2人、全然話している様子が無いな」


「喧嘩というほどでは無いらしいけれど、考えの違いで対立してしまっているらしいから互いに自分からは声を掛けにくいのでしょう。あと、口調……見た目に似合わず男らし過ぎるわ」


「いや、あっちに気が付かれなければ問題無いだ……」


 他にもお客さんが居るとはいえ、2人は一切会話をしていない様子なので俺たちの会話が聞こえてしまったのか響子が不意に振り返ってこちらを見て来た。


「あ、花ちゃん見て〜 見たことのない貝さん」


「それはウコンハネガイですね。ゴールデンウィーク期間中のみの特別展示です。一周し終えたらゆっくりと説明しますね」


「あぁ……あはっ。ジュン……子も、ち……花も楽しんでくれているなら誘ったがあるよだけに。なんてね」


「……」


「……」


 藍のよく分からない男性像に俺も千花も呆気に取られてしまったが、どうやら響子にはバレていないようで俺たちは胸を撫で下ろした。


「……あれ?」


 まもなく一周が終わりに近づく頃、伊吹先輩と響子は足を止めておおよそ1時間の沈黙を破って真面目な表情で話し合いを始めた……のだが。


「どうする? この辺立ち止まって見られる展示無いぞ」


「なんか、さっきよりも距離が近くなっているみたいだから仲直りするんじゃないかな?」


「ここから私たちが止めに入らなければならないような喧嘩にはなりそうもないから知らないふりをして横を通り過ぎれば良いのではないかしら?」


「だな」


 音先輩に依頼されていた目標を達成した油断からか、俺たちはこの1時間近く守ってきたキャラの設定を忘れ見た目には似合わない普段の口調で話しながら、和解をした様子の2人の横を通り過ぎ、水族館デート2周目に入った。

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