第26話 二人目と三人目

 年が明けて早半月ほど。

 いつものように山の中へと入る吉斗。足元には多少雪が積もっていた。

 前日に大量の罠を仕掛けておいたため、そのポイントに向かって進んでいる途中である。

「シカとかかかってればいいなぁ」

 そんなふんわりとした感じで、吉斗は山中を歩く。

 そして目的地に到着するが、明らかに違和感を感じる。罠を仕掛けた周辺の雪が踏み固められているのだ。足跡を見れば、人のものであることが分かるだろう。

 さらに周辺に仕掛けた罠を確認すると、全てが破壊されていた。

「一体誰がこんなことを……」

 吉斗の仕掛けた罠を破壊して得する人間など、非常に限られてくる。地元の猟友会か、個人的に恨みを持っている人間か。

 その瞬間であった。吉斗の後方から何かが飛んでくる気配がする。

 吉斗は反射的に体を横にずらす。先ほどまで吉斗の体があった場所に、一直線にナイフが飛んできた。

 ナイフはそのまままっすぐ飛び、木の幹に突き刺さる。

「誰だ!?」

 吉斗は後方を見て叫ぶ。

 すると、ある木の裏から人影が出てくる。カプリコーンだ。

「初めまして、相沢吉斗。僕の名前はカプリコーン、天使の守護会の戦闘員です」

「……まさか天使の守護会のほうから来てくれるなんて光栄ですよ」

「それはどうも。そんな貴方に提案があります。今すぐ降伏してください」

「降伏すると、何があるんですか?」

「そうですね……。まずは貴方の身体測定、その後解剖が始まることでしょう。どうあがいても、結局は死ぬことでしょう」

「それは困ります。自分には約束がありますから」

「それでは、その約束を破ってもらうことにしましょう」

 そういってカプリコーンが手を上げる。

 すると、吉斗の足元で何かが小さく弾ける。

「僕の後ろには、仲間であるサジタリウスという狙撃手がいます。逃げられることは不可能です」

「なるほど。それなら無理やりにでも突破してみせますよ」

 そういって吉斗は、バッグの中から包丁を取り出す。

「いいでしょう。かかってきなさい」

 カプリコーンは手を後ろで組んで、右足を前に出して腰を落とす。

 数秒ほど静かな時間が流れる。

 先に動いたのは吉斗のほうであった。体の重心を落としつつ、右足で地面を全力で蹴る。トップスピードでカプリコーンの懐に入ろうとした。

 カプリコーンは目の前に迫った包丁を見ても動じなかった。

 吉斗の包丁がカプリコーンの胸元を捉えた瞬間、カプリコーンの姿が消える。吉斗は嫌な気配を真上から感じた。

 上を見れば、カプリコーンがいた。カプリコーンは吉斗よりも早くジャンプし、吉斗の攻撃を躱したのだ。

 吉斗の後ろに着地すると、そのまま吉斗から離れる。

 吉斗はカプリコーンのことを追いかけようとするが、直後ゾクッとした気配を感じた。それはサジタリウスがいると思われる方向からだった。

 吉斗は斜め上方向にジャンプすると、少し遠くの地面が弾けた。弾道を見ると、吉斗の頭を狙った狙撃だろう。

 そのまま吉斗は脅威のジャンプ力で木々の間を飛び回る。それに追従するように、銃撃痕が作られていく。

 しかし狙撃にばかり注意してはいられない。幾度かの狙撃を避けたときに、木々の隙間からカプリコーンが現れたのだ。

 吉斗はカプリコーンの足蹴りを食らってしまう。

「ガァッ!」

 地面に叩きつけられたことで、体中に痛みが走る。

「いくら『グリムリーパー』を摂取していたとしても、人間の領域を超えることは不可能です。大人しく我々に捕まりなさい」

「断る……!」

 吉斗は痛みを我慢して立ち上がる。そして格闘戦に移行した。

 吉斗のパンチ力も、キック力も、スピードも、人間のそれを凌駕しているのにも関わらず、カプリコーンは吉斗の攻撃を軽々といなし、躱し、受け止める。

「戦闘訓練を受けていないのに、戦闘能力は原石のような鱗片を感じますね。しかし、まだ荒々しさが残っています。少しばかり残念です」

 そういってカプリコーンは拳を作り、吉斗に向かって降り降ろす。

 吉斗はそれを転がって回避する。

 立ち上がって応戦しようとするも、カプリコーンから繰り出される攻撃が激しすぎてまともに攻撃など出来ない。防戦一方である。

「どうしました? 反撃してきてもいいんですよ?」

「くっ……!」

 戦闘能力としては、カプリコーンのほうが明らかに高い。このままでは敗北してしまうだろう。

 吉斗はバックステップでカプリコーンから離れると、そのまま少し遠くにある木の後ろに隠れる。

 隠れた直後、すぐそばで銃撃音が聞こえてきた。どこにいるのか、相手には完全にバレている。

「隠れていても無駄ですよ。近接戦闘の僕と、遠距離攻撃のサジタリウスの二人なら、戦いは圧倒的に僕たちに有利です。さぁ、観念して出てきなさい」

 そういってカプリコーンがゆっくりと近づいてくる。

 吉斗は戦うのを諦めようとした。しかし、勝機はまだある。それを放棄してはいけない。

 吉斗はスリングショットを取り出して、石を添える。一呼吸置いて、吉斗は動いた。

 しかしその方向は、カプリコーンやサジタリウスのいる方向ではなく、横方向である。

 そしてそのまま石を投擲した。

「どこを狙っているんです?」

 カプリコーンが問うた時、カプリコーンは気が付く。

 放たれた石は勢いそのままに、別の木の幹に命中する。すると石の弾道が変化し、サジタリウスの方向に飛んでいくではないか。

 そのままサジタリウスの狙撃中のスコープへと吸い込まれるように命中する。

「しまった!」

 カプリコーンが後ろを振り返った瞬間を、吉斗は見逃さなかった。

 超人を超えた瞬発力で、包丁を突く。その突きは、カプリコーンの認知能力を超えてやってきたため、カプリコーンは対処することが出来なかった。

 カプリコーンの脇腹に、吉斗の包丁が突き刺さる。吉斗は構わず包丁を引き抜き、2発目の突き刺しをする。2発目は首へ、3発目は心臓へと突き刺さった。

「ぐっ……」

 カプリコーンは吉斗から距離を取るものの、そのまま地面に伏してしまう。

 その様子を遠くから見ていたサジタリウス。

「お、おい……、一体何が起きてるんだ……?」

 スコープが壊れているため、詳細は分からない。慌てて取り出した単眼鏡でカプリコーンのことを見るも、彼はすでに死んでいるようだった。

「クソッ……!」

 サジタリウスは銃を構えて吉斗のことを探すものの、姿が全く見当たらない。

 その瞬間だった。ヒュンという音と共に、何か冷たいものがサジタリウスの首元に触れる。

「あ……?」

 首元を触ってみると、そこにはカプリコーンが使っていたナイフが刺さっていた。

 サジタリウスから血が噴水のように噴き出す。

 そのまま地面に吸い込まれるように落ちていった。

「……なんとかなった?」

 吉斗は周辺の様子を確認し、敵が存在しないことを確認する。

 そして、カプリコーンとサジタリウスの荷物を漁って、その場を去るのだった。

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