第23話 一人目
吉斗は、いつものように山の中を歩いていく。遠くには人の手が入らなくなった神社の鳥居が寂しそうに立っていた。
そんな時、吉斗はどこからともなく何かの視線を感じる。
「……?」
目を周囲に配ってみるものの、動物の類いの気配は感じない。
動物なら、すでに草むらを動き回っていてもおかしくないだろう。
「気のせいか……」
そういって吉斗は、以前罠を仕掛けた場所に向かって歩いていく。
その間にも狩りの準備として、スリングショットを構える。
しかし、吉斗の耳は違和感を感じ取っていた。吉斗の後方50mほどに動く何かがいる。
一回振り返って確認しようとしたその瞬間であった。
後ろの動く何かが、急に接近してくる。吉斗は本能的に体を横へずらしながら、後ろへ振り向く。
先ほどまで頭があった場所を、高速で拳のようなものが通過する。
吉斗はこれまでにない危険を感じ取って、そのままバックステップで距離を取った。
「へぇ……。今のパンチ、避けられるんだ……?」
そこには細身で高身長のスーツ姿の男性がいた。しかし、その体は考えられないほどの拳を放ったのは間違いない。
「あなた、誰です?」
「そういうのは自分から名乗るのが普通じゃないのか? 相沢吉斗」
「知ってるなら自己紹介要らないのでは?」
「ま、そうだな……。なら自己紹介させてもらおう。俺はスコーピオン。訳あってお前の命をいただきに来た」
「それは困りますね。自分はまだ死にたくないので」
「なら全力で狩りに行くしかないな」
するとスコーピオンは、人間とは思えない跳躍力で吉斗に襲い掛かる。吉斗は軌道を見極め、冷静に回避した。
その回避した所で、スコーピオンに接近される。そしてそのままパンチの連打を食らう。
「グリムリーパー」を摂取している吉斗の動体視力は、以前のそれと比べてかなり向上している。そのため、スコーピオンのパンチも簡単に見えるのだ。
しかし、スコーピオンが放つパンチの一発はかなり重い。吉斗は腕でガードするものの、その重さで後ずさりを余儀なくされる。
吉斗も反撃をすべく、体を振ってパンチを回避し、拳を叩き込もうとする。しかし、それらは見切られていたのか、簡単に手で止められてしまう。
しかも驚いたことに、吉斗の切り札の一つであるカロリー消費を顧みない全力のパンチであったのにも関わらず、いとも簡単に止められたのである。
これには絶対に敵わないと感じるほかなかった。
それから吉斗は防戦一方である。
「どうしたぁ? さっきから手が出てこないようだが?」
「くっ……!」
いくら薬物によって身体能力が強化されているとはいえ、痛みを軽減してくれる訳ではないようだ。ダメージとしてはかなり入っている。
吉斗はガードをしながら、ひたすら思考をフル回転させる。何かこの状況を打破出来るような、そんな事象はないか。
その時、ある物が脳裏をよぎる。アレを使うなら、今しかないだろう。
「フッ!」
吉斗は急に体を落とし、そのままスコーピオンの足に対して全力で足払いをする。スコーピオンの片足が引っかかり、彼はバランスを崩す。
「おっ……!」
スコーピオンは思わず、地面に膝をつける。
そのチャンスを逃さず、吉斗は全力で山の中を走る。
「ガキの癖に、一丁前に戦えてると思うなよ……!」
スコーピオン、ブチ切れた。スコーピオンは体勢を立て直し、全力で吉斗のことを追いかける。
山の中は走りにくいものの、今の吉斗であれば簡単に走破できる。
低い草木が生えているものの、そんなものは最初からなかったように山の中を走る。
「相沢吉斗ォ! お前のことは必ず殺ォす!」
まるで猟奇殺人犯のような声を出しながら、スコーピオンは飛ぶように駆ける。
吉斗は、スコーピオンのことなど見ないようにして、とある場所に向けて一目散に走る。
そしてその場所がやってきた。吉斗はジグザグに走り、スコーピオンのことを撒くようにする。
しかし。
「甘い甘い甘い! そんなんじゃ俺からは逃げられないぞ!」
スコーピオンは最短距離を全力で走ってくる。
その時だった。スコーピオンの足に何かが絡まった。
「あぇ?」
スコーピオンが確認すると、足にはロープが絡まっていた。吉斗が仕掛けた罠の一つだ。
比較的頑丈なロープであったため、スコーピオンは体のバランスを失い、地面に叩きつけられる。
「ガッ……!」
スコーピオンは地面に叩きつけられても、力づくでロープを引きちぎろうとした。
その時、スコーピオンに影が落ちる。スコーピオンは、その影が何者か理解する。
「相沢吉斗……!」
吉斗はすでに標準装備の包丁を振り上げていた。
そしてそのままスコーピオンの体へ目掛けて振り下ろす。スコーピオンは身をよじろうとするものの、足にかかったロープのせいでうまく回避できない。
さらにスコーピオンにとって悪いことは続く。むやみに体をよじったことで、包丁の振り下ろされる先が首元になってしまった。
そのままスコーピオンの頸動脈が掻っ捌かれる。吉斗は後方に跳躍して、スコーピオンと距離を取った。
スコーピオンは首に手をやるものの、すでに大量の血が滴り落ちる。
「は、はは……。やるじゃねぇか相沢吉斗ォ……」
スコーピオンの息は絶え絶えになり、顔はだんだんと青ざめていく。
「だが、俺が倒れたところで第二第三の刺客が来る……。覚悟するんだな……」
そういってスコーピオンは完全に地に伏した。
吉斗は恐る恐る接近し、念のため包丁を肋骨に当たらないように横に傾けてから心臓に刺す。
これまで幾度となく動物を狩ってきたが、初めて殺人というものを犯した。しかし、吉斗の頭は非常に冷静である。
「……この辺りの罠は撤去しなきゃな」
そういってスコーピオンの死体は放置して、この日の狩りの続きをするのだった。
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