第22話 補給

 吉斗たちが家に戻って、玄関を上がろうとした時である。

 吉斗の足がガクッとなり、そのまま倒れこみそうになった。

「吉斗!」

 亜紀は反射的に吉斗の体を受け止めるものの、増加した体重のせいで押しつぶされそうになる。

 そんな吉斗が放った言葉。

「腹が、減った……」

 それと同時に鳴る腹。

 亜紀は思わず、吉斗を放置しようとした。

「あ、待って亜紀……」

「もう! 人が心配してるってのに!」

「いや、マジで動けない……」

 吉斗は床を這いずるように、匍匐前進する。そのまま自分の部屋にある、保存用のレーションを食べる。

「嗚呼……、我恍惚也……」

「変なこと言ってないで。ご飯食べないの?」

「食べる」

 レーションを食したことで何とかエネルギーを確保した吉斗は、ヘロヘロした状態でリビングへと向かう。

「今日は久々にお米が手に入ったから、カレーにしたよ」

「おぉー」

 そういって二人は食事を取る。

「うーん……。こうして何か食べてると、体がすごく回復していく感じがする……」

「それって『グリムリーパー』の副作用とかじゃないの?」

「それだったら亜紀も同じような症状が出てないとおかしいでしょ」

 その時、吉斗の脳では一つの仮説が思い浮かぶ。

「もしかして、カロリーを必要以上に消費したからか?」

「どういうこと?」

「こういう時、空想科学的には体内に存在するエネルギー――脂肪とかを消費して力に変えていると言える。すると、俺はさっきの身体測定で必要以上にカロリーを消費したことになる。となると、空腹になるのは当然とも言えるはず」

「空想科学って……。あり得ない話のヤツでしょ?」

「『グリムリーパー』だって十分空想科学的だよ」

 亜紀は唸ってしまう。

「言われればそうなんだけど……」

「まぁ、現実を受け入れろっていうほうがおかしいよね」

 吉斗はそういってカレーを食べる。

 そうなると、今の吉斗のやるべき事は一つに絞られる。

「今は太るべきだな」

「吉斗が太る?」

「エネルギーは外部から取り込むしか出来ない。魔法みたいに体内で増加することはないからな。となると、なるべくエネルギーをため込む必要が出てくる。そうなると、今は脂肪をため込んで太るのが最適解なんだ」

「えぇ……? でも、そんな余裕どこにもないよ?」

 それもそうだ。今得ている食料は、市役所からの配給のみ。その中で脂肪を蓄えるのは至難の業と言わざるを得ない。

 なら、他の方法を使うしかない。

「現状はなるべく動かないように、狩りを続けていくしかないね。ついでに『グリムリーパー』の影響を切らさないようにしないと」

 吉斗としては、この筋力にバフがかかった状態を維持していきたいと考えていた。

 しかし、それ以外に「グリムリーパー」を切らすと起こる症状がある。離脱症状だ。

 離脱症状とは、抗うつ剤などの薬物の摂取を止めると起きる病気のような症状のことだ。ニコチン中毒やアルコール中毒の人が、それを絶った時に起こる禁断症状のようなものである。

 精神的に不安定になったり、頭痛などの原因になる。

 亜紀はともかく、日常的に「グリムリーパー」という薬物を摂取している吉斗は、薬物汚染された動物の肉を絶つと、これらの症状に脅かされることになる。

 吉斗のこの決断は、偶然にも彼自身を救うことになったのだ。

 こうして、吉斗はこれまで以上に野生動物の狩猟を強化したのである。

 来る日も来る日も、イノシシ、シカ、挙句の果てにはクマまでも狩るのであった。

 その狩った動物の肉は、野菜くずを煮だした液に半日ほど漬け込んだ後、適当に焚火の煙で燻して保存食にする。こうすることで、狩りに失敗したときでもカロリーを摂取することが出来る。

 このような生活を続けること数ヶ月。

 あたりは銀世界から融けて、春の兆しを見せようとしていた。

 その間にも、レミは定期的に吉斗たちの元を訪れて、情報提供を行う。

 とはいっても情報の量自体が少なく、吉斗たちのためになるものはさらに少なかった。

「私としても、もっと多くの情報を提供したいんですが……」

「でも、人の目を盗んで情報を抜き出してくるのも大変でしょう。ご苦労様です」

 そんな話を続ける。

 そんな状態でも、吉斗は相変わらず狩りを続ける。

 それと同時に山菜も取ってくる。亜紀のためだ。

 さらに、以前発見した玉ねぎの味がするニラの葉も一緒に採取する。最近は亜紀の前で実食して問題ないことを証明したため、今では食卓に並ぶ一品になっている。

 そして本格的に春がやってきた。

 桜が咲き乱れるある日のことである。

 吉斗はいつものように狩りに出かけていた。

 吉斗の後ろを追いかける謎の影がそこにあった。吉斗はそれに気が付いていない。

 吉斗が山に入ると、次第にその影は近づきつつあった。

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