第19話 草
松代町での生活が始まって約1ヶ月が経過した。
ここ最近は亜紀のメンタルも順調に回復しているようで、吉斗にとっては何よりである。
しかし吉斗たちは、毎日何もしていない。何か仕事をしているわけでも、動物を駆除しているわけでもない。いや、吉斗の場合は自主的に駆除活動をしているだけか。
とにかく、毎日することもなく、だらだらと日々を過ごしている状態だ。食料や水に関しては、市役所のほうから手配されたものが2,3日に一回のペースで届いている。亜紀はそれを使って毎日手料理を振舞っていた。
食料は野菜が中心のベジタリアン向けの内容物になっている。肉の類いを全く見ないのは気のせいだろう。
亜紀は料理というものがあるが、吉斗は本当にする事がない。電気は通っているが、テレビは映らないし、ラジオも砂嵐の音が聞こえるだけだ。ゲームをしようにも、最近のゲームはオンライン志向のため出来ることも少ない。
そういう時は電気を使わないボードゲームをするのが一番であるが、なにぶんそういう娯楽もほぼ存在しない。
となると、吉斗の出来ることの一つである狩りをするしか時間を潰せないのである。
ここまで日常的に狩りをしていると、サバイバルに関する情報を集めたくなるのが
「なんというか……、趣味を極めている人みたいだな……」
松代町にある図書館で、様々な本を眺める吉斗。こうして図書館に来てみると、わずか数人程であったが、暇を持て余した人がいるのが分かるだろう。
各々興味のある本を読んでいる。しかし、全ての流通が止まっているため、これ以上書籍が増えることはない。今あるもので全てなのだ。
吉斗はソロキャンプのコツが書かれた本を借りて、家に戻る。
「お帰りー、今日は白菜炒めだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
こうしてゆっくりと日々が過ぎていく。
そんなある日、吉斗は狩りのために山に入っていた。
「最近、体が軽いような感じがするなぁ……」
いつもの道をいつものように歩いているだけだが、日を追うごとに体が軽くなっているように吉斗は感じるだろう。
「それに、最近服がきつくなったような……」
山を歩いて筋肉が付いたのか、それとも単純に太ったのだろうか。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、遠くのほうから1m級の動物が動く音が聞こえる。距離から500mくらいだろう。
吉斗は歩くのを止めて、周囲の草木に溶け込む。
静かに待つこと数分。吉斗の目にイノシシの親子が、吉斗のほうに接近してくる。吉斗は使い慣れたスリングショットに石を添えて、狙いを定める。
そしてイノシシの体が横を向いた時に、吉斗は石を放つ。
空気を切る音がなって、イノシシの親の目から脳天にかけて石が貫通する。これによって、イノシシの親は即死した。
吉斗はゆっくり周囲を警戒しながら、イノシシに接近する。少しやせ細っているものの、肉の量は十分だ。
「これなら燻製にするのがいいかもな」
そんなことを考えながら、吉斗はイノシシの解体をする。適当に肉体を切り刻み、肉の破片を取り出す。
ある程度肉を回収すると、吉斗はその場を離れようとする。
その時、少し離れたところでガサガサと何かが動く音がした。吉斗は警戒しながらそちらのほうに行くと、そこにはウリ坊がいた。おそらく吉斗が狩ったイノシシの子供だろう。
そのウリ坊は、目の前にある草をハムハムと噛んでいた。
「何だこれ……?」
ウリ坊は吉斗が接近しているのにも関わらず、無我夢中で草を噛み続けていた。
その草はニラのような葉をしており、匂いはネギに近い。草の生えている地面にはコケのようなものが生えていた。
吉斗は、このような植物を見たことがない。草のうちの一本を地面から抜き、葉の部分を口にしてみる。
すると、今まで体に溜まっていた疲労感が、スーッとなくなっていくような感覚を覚えるだろう。しかも味は玉ねぎに似ており、意外とおいしい。
「これ……いいな」
そういって吉斗は草を何本か採取し、そのうちの一本をガムやアメ代わりに口で転がす。
吉斗は家に戻ると、その草を亜紀に見せた。
「これ、ニラのような感じの草みたいでさ、意外と美味いんだよ」
「えぇ……? なんでそこらへんに生えてる草なんか食べてるの? もし毒だったらどうするの?」
「いや……、ウリ坊が食べてたし、毒はないんじゃないかな……?」
「それでもだよ。人間には毒になる成分が含まれてるかもしれないじゃん」
そういって亜紀は、吉斗が取ってきた草を取り上げる。
「これは私がゴミとして処分します。吉斗は二度と、この草を取りに行かないように」
「えぇー……」
吉斗はかなり不服であったが、亜紀が心配してくれているのも分かる。
残念ながら、持っている草は処分することになった。
だが吉斗は、この日以降も山に入ったときにはたまにこの草を少量採取して、その場で消費するようになったとか。
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