第18話 健診
松代町での生活が始まって数日が経った。
まだ少し慣れない所もあるものの、かつての日常生活を取り戻すための活動がそこかしこで始まる。
吉斗と亜紀は、とある空き家に居を構えることになった。つい1週間前まで人が住んでいたような、整理整頓された住宅だ。
そこに吉斗は疑問を抱く。
「インフラが崩壊し始めたのが半年くらい前……。水道も電気もほとんど使えない状態になったのに、この家はそんな気配を感じさせない……。それに、まさに俺たちを受け入れるためだけに作られたような違和感を感じる……」
「そういうのを陰謀論って言うんじゃないのー?」
吉斗の呟きに、亜紀が横やり入れる。
「いや、実際そうでしょ。水も電気もガスも通ってる。内装も綺麗な状態なのに、元の住人がいない。これに違和感を抱かなかったら、一体何に違和感を持つんだ?」
「知らないわよ。よくそんな変なことを考えるね」
亜紀はキッチンで料理を作っている。もうすぐ昼ご飯の時間だ。
「そういえば、今料理している材料ってどこにあったんだ?」
「今朝市役所の人が届けてくれたの。市からの配給なんだって」
そういって亜紀は、ルンルンとした気分で料理を作っている。
初日こそは備蓄用の缶詰で食を満たしていたが、今は市役所からの手厚い保護を受けている。内容物は、非常用のパウチ食品ではなく、スーパーに並んでいるような食品ばかりであった。
「どれもスーパーに並んでいるような食品ばかり……。全国的に物流が機能してないのに、こんな文明的な加工品を用意できるのか……?」
吉斗の頭の中では、謎が深まるばかりであった。
「そんなこと考えてないで、早くお昼ご飯にしよ?」
そういって亜紀の手料理がテーブルに並べられる。白飯、味噌汁、野菜炒めという質素なものであったが、十分文明的な生活水準を取り戻しているだろう。
「いただきます……」
吉斗は腑に落ちないながらも、食事を取ることにした。
「あ、そういえば、市役所の人がこんなもの持ってきたんだけど……」
亜紀が思い出したように、プリントを取り出す。そこには、松代総合病院からのお知らせが書かれていた。
「健康診断のお知らせ……?」
「そう。今までなんだかんだサバイバルのような生活をしてたじゃない? それによって健康を害している可能性があるから、松代町に来た人全員が検査を受けるようにって保健所から指示が入ったみたい」
「まぁ……、健康診断くらいなら問題はないか……」
そうして吉斗たちは、指定の日に健康診断を受けることになった。
健康診断はなんら特徴のない、普通の健診だ。身長体重を測定し、視力を測り、尿検査、血圧測定、心電図、採血が行われる。
ほんの1時間もすれば、全ての検査が終了する。後は結果が戻ってくるのを待つだけだ。
検査を終えて病院を出たとき、吉斗の頭にある疑問が思い浮かぶ。
「検査の分析ってどこでやるんだ……?」
吉斗のイメージでは、どこかの企業が一手に引き受けて分析するという考えだ。
だが松代総合病院には、専用の分析器がある。吉斗の考えは杞憂だ。
それから数日後。真っ暗な部屋でパソコンを操作する多賀院長の姿があった。パソコンの画面には、採血の結果が表示されていた。そして、吉斗の結果をマジマジと見つめる。
「……なるほど。これだけの量を含んでいるんだな……。このくらいなら、まだ影響は少ない。しばらく泳がせておこう」
その部屋だけ、不穏な雰囲気が漂っていた。
それからさらに数日後、吉斗たちのもとに検査結果が届いた。吉斗、亜紀ともに目立った異常は見当たらなかった。
「良かったー。しばらく不摂生が続いたから、何か引っかかると思ったー」
亜紀がそんなことを言う。その横で、吉斗はいつもの荷物をバッグに詰めていた。
「……吉斗、また狩りに出かけるの?」
「あぁ」
「別に狩りに行くのは良いけど、生肉持って帰ってくるのだけは止めてよね。あれ料理するの本当に大変なんだから。それに、市役所から配給あるのになんで狩りに行くの?」
「そうだな……。なんというか、あの肉がまた食べたくなるんだよ」
「それ、絶対悪いヤツが入ってる言い方だよ」
そう言って、亜紀は肩をすくめる。
「まぁ、おやつ程度には食べていいけど、あんまりお腹いっぱいにならないでよね?」
「あいよ。行ってくる」
そういって吉斗は家を出る。
家から歩いて約30分。近くの山の麓までやってくる。山自体は小さいものの、小動物や鳥を狩るのにはちょうどいい。それくらいの大きさの動物なら、小腹を満たす分にはピッタリなのだ。
念のため、山に入る前に一礼をしてから入る。
そのまま雑草が鬱蒼と生えた斜面を登っていく。すると、上の方から何かが動く音がする。
吉斗は上を見るも、そこには何もない。吉斗はそのまま斜面を登ろうとした。
その瞬間、吉斗の後ろから素早く動く影が吉斗に襲い掛かる。
それに合わせるように、吉斗は素早く身を翻し、影に対してフライパンを命中させた。その影は、フライパンに弾かれるように飛んでいき、地面に落ちる。
影の正体はリスだった。他のリスは、一匹やられたのを見て判断を変えたのか、そのまま森の奥へと消えていく。
吉斗は気絶したであろうリスを確保する。確認した所、顔面がぺしゃんこになっており、首が折れていた。一撃で絶命したのだろう。
それを確認すると、吉斗はリスの解体を始める。大きめで切れ味の悪い包丁で、自己流で解体していく。内臓を取り出し、適当に水で洗えば、食べられるようになる。
それを表面を削った木の棒で串刺しにし、コンビニで拾ってきたライターで焚火を起こす。
そしてその火でリスの肉を焼いていく。良い感じに焼ければ、食べごろである。
これまたコンビニで貰ってきた食塩で適当に味付けし、口に運ぶ。塩分が効いてて、意外にも食べやすい。
「やっぱこれだな」
そんなことを言いながら、おやつ代わりの食事をするのだった。
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