第17話 移住
自衛隊の車列は、都内からどんどん離れていく。
そのまま埼玉県の端に入り、高速道路へと進入する。今や高速道路は、ドイツのアウトバーン状態になっていて、法が機能していない象徴の一つになっていた。
吉斗たちが乗るトラックの後ろには、黒塗りの高級車が列を成して連なっているのが見えるだろう。この車列はおそらく、東京の一番地に住んでいる御方が乗っておられるのだと吉斗は思った。
無法地帯と化した高速道路であるが、車列は時速60km前後で走る。最近は高速道路に居を構える人もいるためだ。万が一にでも事故を起こせば、高度な移動手段を失う他、自衛隊が民間人を殺すという事にもなる。
高速道路に乗って、1時間ほど経過しただろうか。自衛隊の車列が停止する。
「なんだ……?」
吉斗は不審に思ったものの、降りるということはしない。降りた時にトラックが出発してしまったら、置いてけぼりになるからだ。
その時、自衛官がやってくる。
「前方で不審物が道を塞いでいる。今確認しに言っているが、もしかしたらどかすのを手悦だってもらうかもしれない。その時は手を貸してくれ」
吉斗は興味本位で荷台から降り、前方に向かってみる。
するとそこには、見たこともない巨大な動物が数匹横たわっていた。
「これは……、クマか?」
「だとしても、大きすぎやしないか?」
自衛官たちがそんなことを話す。
確かにクマの面影はある。だが一番の違和感は、なんといってもその巨体であろう。目測の体長は、優に10mを超えている。こんなクマが日本国内にいるとは、聞いたことも見たこともない。
「生きているのか?」
「いや、死んでる。血は流れるようだから、死後1日以内ってところか」
「それにしても、これは動かしようがないよなぁ……」
推定体重は10t以上と見積もられた。重機がなければ動かすことも敵わないだろう。幸い、クマ同士の間に隙間があったため、手足を切断すれば何とか通れるという判断がなされた。
その作業のために、チェーンソーを持った自衛官が切断に入る。
その隙に、吉斗は今晩の食料となる生肉を確保するため、クマの体に包丁を入れ始めた。
「吉斗、また動物の死体漁ってるの?」
後から降りてきた亜紀が、吉斗の元まで歩いてくる。
「まぁ、食料があることは重要なことだからね。『腹が減っては戦が出来ぬ』って言うし」
「確かにそうかもしれないけど……」
「亜紀は無理して食べなくてもいいんだぞ? 缶詰とかがいいなら、探してくるし」
「別に食べないとは言ってないでしょ」
そういって亜紀はトラックへと戻る。その後ろ姿は、なんとなく哀愁のようなものを感じるだろう。
吉斗は生肉の回収を続ける。後ろ足の太もも、尻あたりの肉を捌いていく。
約3kgの肉を確保した。これだけあれば10日は持つ。
その頃になれば、ギリギリ通れる程度の道が拓けるだろう。吉斗は急いでトラックへ戻り、乗り込んだ。
数分もしないうちに、車列はゆっくりと動き出す。
こうして、車列は普通なら3時間程度で移動できる所を、5時間かけて移動した。
すでに日が傾いている中、松代町へと到着する。
とあるホテルの前で、民間人である吉斗たちが降ろされると、防災服に身を包んだ人の前に立たされる。
「よくここまで来てくれました。私、長野市長の久保です」
民間人は若干困惑しながらお辞儀する。
「そしてこちらは、松代総合病院の院長の多賀先生です」
「よろしくお願いします」
何故か一緒にいる院長。吉斗はなんとなく不思議に思った。
その間に、久保市長は民間人に説明する。
「ホテルの前で申し訳ありませんが、皆さんには近くの空き家のほうで過ごしてもらいます。市役所のほうで選定していますので、安全は確保しています。職員が案内しますので、それぞれついていってください」
そういって、順番に職員の手によって案内される。
そして吉斗たちの番が来た。
「どなたかと一緒ですか?」
「はい。二人です」
「でしたら、こちらの空き家に案内します。行きましょう」
そういって歩くこと約5分。まるでつい最近まで人が住んでいたような、綺麗な住宅に案内された。
「一応鍵はありますが、念のため家の中からストッパーのようなものでドアを押さえてください」
そういって鍵を貰う吉斗。その時感じた疑問を聞いてみる。
「すみません、この家の持ち主……というか住人はどうなったんですか?」
「さぁ……? 我々の認識では、この周辺の住人は全員逃げたと考えてますが……」
その言葉に、吉斗は少し違和感を感じる。それは同じ公務員である奏斗を見れば、容易に想像がつくだろう。
公務員とは、いわば国民や市民のために働く人々のことである。曲がりなにも公務員の一員である市役所職員が、市民の安否を確認しない、あるいは確認しようともしないのは少々おかしいのだ。
何か裏がある。吉斗はそんなことを考えたのだ。
しかし、今は安住の地を手に入れることが出来た。それに甘えることにしようと、吉斗は思うのだった。
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