第16話 議論
吉斗たちが立川駐屯地で生活を始めてから約1ヶ月が経とうとしていた。
吉斗は毎日のように水と食料を確保するために、駐屯地の外に出かけては水の補給と狩りを行っていた。
最近はイノシシの数も減ってきているようで、なかなか狩ることができない。
「そろそろ鳥でも確保したほうが良いかな……」
そんな事を考えながら、近くの川で比較的きれいな水を確保する。
駐屯地に戻ると、吉斗と亜紀が住んでいる個室からうめき声が聞こえてくるだろう。
「亜紀、戻ったよ」
「うぅぅぅ……」
亜紀は毛布にかじりつき、全身に力を入れている。ここ最近は、このような状況に陥っている。吉斗の考えでは、ストレスによる適応障害に似た症状ではないかと疑っている。しかし吉斗は精神科医ではないので、あくまでも推測でしかない。
「今日も苦しかったね。大丈夫だよ。俺がいるから」
亜紀がこのような状況に陥った場合、吉斗は亜紀のことを一番理解している人になりきる。それが彼女にとって最良の治療方法なのだ。
数分後、亜紀の興奮具合は収まってきた。
「はぁ……、はぁ……」
「亜紀、大丈夫か?」
「うん……。ごめんね……」
「謝ることはないよ。今の状況はかなりひどいからね」
そういって吉斗は、亜紀の背中をさする。
「吉斗は強いね……。どうしてそんなに強いの?」
「どうしてって言われてもなぁ……」
吉斗はこれまでのことを振り返ってみる。確かに、これまで過剰なストレスを受ける場面はいくつもあっただろう。しかしそのどれもが、強くストレスを感じていたとは思えない。むしろ少しばかり興奮状態であったとも言えるだろう。
とは言っても、多少のストレスは興奮状態に直結するのだが。
「ま、とにかく飯食おう。今日は水しか取れなかったから、昨日の残りの肉を使うけど大丈夫?」
「うん、大丈夫」
二人は、簡単ながらも温かい料理を口にするのだった。
そんな中、立川広域防災基地に設置された災害対策本部では、
「ここ1週間ほど、野生動物の駐屯地内侵入が増えてきた。まるで霧のようにウジャウジャ湧きやがる」
そう言うのは、環境省のリエゾンだ。
「こちらも弾薬を節約しての駆除を試みているものの、いかんせん数が多すぎる」
防衛省のリエゾンが言う。それに対して警察庁のリエゾンも同意する。
「何しろ相手の大きさが小さいのが厄介だ。縄張り争いや抗争というのは、体長が同じくらいの動物同士で発生するものだからな」
「しかし、このままではジリ貧だぞ? 何か打つ手はないのか?」
「そうなると、政府の機能を一つにまとめるしかないだろう」
そういうのは総務省のリエゾンだ。
「一つにまとめる? まさか災害真っ只中の東京に、もう一回政府機能を移転するつもりか?」
日本の行政機関は、のちに発生するであろう首都直下型地震や外国からの侵略に備えて、複数の省庁を地方に移転していた。中央省庁として一番最初に京都に移転した文化庁を始め、複数の政令指定都市に分散している。
その省庁を呼び戻すという意見だ。
「ダメだ、現実的じゃない。第一、今更どこに移転するっていうんだ?」
財務省のリエゾンが反対する。
「昔から、東京がダメになったときの移転先なんて決まっているだろ?」
そういってとある県の地図を広げる。
「これは……」
「長野県の松代に移転する」
総務省のリエゾンの言葉に、誰もが否定の言葉を放つ。
「まさか臨時政府ごと松代に持っていくつもりか?」
「そんなことしたら、余計に混乱するに決まっている」
「松本駐屯地からかなり遠い。もしもの時は何も出来ないぞ?」
「仮に移転したとして、燃料や食料、それに民間人はどうするつもりだ?」
「山岳地帯だから、ここよりも動物の数が多い可能性がある。環境省としては賛成出来ない」
大量の異論が吹き出る。
一通り騒いだところで、総務省のリエゾンは言葉を続ける。
「今、アメリカに連絡を取ろうにも、衛星電話や海底ケーブルでの通信が不可能な状態だ。頼みの綱である第7艦隊も、いつの間にか姿を消した。我が国の窮地を救えるのは、我々しかいないんだ。そのためにも、今一度力を結集するしかない」
その説得が効いたのか、それぞれのリエゾンはしばらく言葉が出なかった。
数日後、彼らの答えは出た。
長野県松代町を中心とする中央省庁再集結、および臨時政府の移転を決定したのである。
これに伴い、立川駐屯地にいる民間人に対して説明が行われる。
「現在立川にある臨時政府は、これより長野県松代町に移転します。それに伴い、皆さんに選択肢があります。一つはここに残るというもの。もう一つは臨時政府と共に松代町に移動するものです。ここに残る方のために、最低限の人員は残すつもりです。移動するしないに関わらず、皆さんには苦しい生活を強いることとは思います。もし、私たちと一緒に移動するという方がいらっしゃいましたら、明日の出発までに荷物をまとめて正門前に来てください」
その言葉にドヨドヨする人々。亜紀も不安そうな声を上げるが、吉斗は変わらなかった。
吉斗が個室に戻ると、荷物の整理を始めた。
「吉斗。まさか長野県に行くつもり?」
「うん。なんとなくその方がいいかなって思って」
「もしクマなんか出てきたら、すぐに死んじゃうかもしれないんだよ?」
「その時はその時かなぁ。逆に今までよく生きてこられたじゃん」
「でもでも、長野県のほうが安全って決まったわけじゃないでしょ?」
「生存戦略から考えて、集団を分散していたほうが生き残る確立は高くなるよ」
「でもでもでもでも……!」
その時、亜紀の呼吸が荒くなる。いつもの発作のような症状だ。吉斗は亜紀を抱き寄せ、背中をさする。
「大丈夫、俺がいる」
しばらくして、亜紀は落ち着きを取り戻した。
「……分かった。吉斗の言う通りにする」
「ごめんな、俺の意見ばかり聞いてもらって」
「うぅん、大丈夫」
二人はベッドに入り、そのまま眠る。
翌日。
正門前に集まった民間人は、吉斗を含めて10人にも満たなかった。
そこに、陸上自衛隊の大型トラックがやってくる。
「皆さんには申し訳ありませんが、このトラックの荷台に乗ってもらいます。多少揺れることはあると思いますが、安全第一で運転しますので、よろしくお願いします」
そういって吉斗たちはトラックの荷台に乗せられ、一路長野県へと向かうのだった。
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