第15話 安全地帯
ヘリに乗せられて約30分。窓の外は住宅街がところ狭しとひしめき合っていた。そんな住宅街のど真ん中に、1本の滑走路が見えてくるだろう。
陸上自衛隊の駐屯地の一つ、立川駐屯地だ。現在は日本国臨時政府の拠点にもなっている。
哨戒ヘリは、格納庫の目の前の駐機場に降り立つ。そして自衛官に促されて、民間人はヘリから降りる。
とは言っても、全員合わせて10人ほどしか乗ってきていない。これでも定員オーバーである。
そして哨戒ヘリは、「きい」に残された民間人を救出するために再び飛び立つ。
「皆さん、こちらへ来てください! 宿泊場所を提供しています! ゆっくりで問題ありません!」
そういって格納庫へ案内される。そこには適当に仕切られた段ボールの壁が複数あった。そしてすでに保護されている民間人が30人程生活しているようだ。
「申し訳ないですが、ほぼ野ざらしの状態での生活になります。さらに言いますが、水や食料の供給はほとんどありません。皆さん自身で食料を確保して貰うことになります。申し訳ありませんが、我々の力だけでは皆さんを世話することは出来ません。これを了承していただける方のみ、個室に入ってください」
自衛官が現実を突きつける。自衛隊なら水や食料も確保していると考えていた民間人もいたのだろう。少しざわめきが起きた。
しかし吉斗は、それを分かった上で前に進み出る。それを追うように、亜紀も出てくる。
「ねぇ、吉斗? 本当に大丈夫?」
「何が?」
「これからの生活だよ。寝る場所は提供してくれたけど、食べ物は自分たちでどうにかしないといけないんでしょ?」
「別に大丈夫だよ。俺が何とかする」
「なんとかするって……」
そんなことを話しながら、吉斗はとある個室に入る。段ボールで出来た簡易ベッドが一つ、そして薄さが気になる毛布が二枚ほどあるだけだった。
吉斗はこの個室の入口に名前を書いて、自室にする。ベッドに腰掛けると、荷物の整理を始めた。
包丁は長く使っていたため、刃先がボロボロである。砥石で砥ぐか、新しい包丁を調達するべきだろう。フライパンはふちが歪み、底は凸凹になっていた。だが吉斗は、まだ使えると判断した。スリングショットはゴムの劣化が気になるものの、問題はないだろう。その他さまざまな物を部屋に置く。
包丁とフライパンをバッグにしまい、スリングショットを手に持って立つ。
「俺は今から水を探しに行ってくる。亜紀は休んでて」
「吉斗……」
そういって吉斗は個室を出る。どうやら亜紀はついてこないようだ。
格納庫を出て、その辺にいる自衛官に道を聞きながら駐屯地を出る。
そのまま近くにあるコンビニに入った。食料品や水の類いはすでになく、必要のない雑誌や日用品が残っていた。
「やっぱりダメか……。水は川あたりから確保しないとダメそうだな」
その辺に転がっていた空のペットボトルを複数本確保し、近くの水辺へと向かう。
幸い、立川駐屯地に隣接するように、池のある公園があった。少し水は濁っているものの、ろ過すれば飲めなくはないだろう。とにかく飲み水を確保した。
その後、駐屯地の周辺を散策し、サバイバル生活で使えそうな物品を色々と確保する。今使っているガスコンロに合うガス缶や、代わりとなる包丁をバッグに詰め込む。
さらに、食料となる動物を狩る。幸いにも弱ったイノシシがいたため、気付かれないように接近し、首元に包丁を刺す。これでイノシシの肉を確保した。
そんなことをしていると、日が沈んでくる。
「もう冬か……。日が短くなってる……」
そんなことを呟きながら、吉斗は立川駐屯地へと戻った。
入口で自衛官に止められ、身体検査を受けさせられる。イノシシの肉を見た自衛官は、嫌な顔をしながら吉斗を通した。
「戻ったよ」
吉斗が個室に戻ると、亜紀はベッドで横になっていた。
「何とかイノシシの肉が入手できたよ。今日はイノシシの鶏ガラスープにでもしよう」
そういってガスコンロと小さな鍋を用意する。
その時、亜紀が空きあがった。
「……ねぇ、吉斗」
「何?」
「私、おうちに帰りたい」
「……え?」
「もう嫌だ……! こんな生活耐えられない……!」
そういって亜紀は髪の毛をひっかき、若干パニック状態に陥る。
「ちょちょちょちょ! 亜紀、落ち着いて!」
「こんな状態で落ち着いていられるわけないでしょ!? なんでこうなっちゃったの!? お父さんもお母さんもいないのに生きてる意味なんてないよ!」
亜紀は絶叫して取り乱す。
吉斗は亜紀の両手を押さえて、動きを止める。
「嫌! もう嫌!」
「大丈夫、亜紀。落ち着いて……」
亜紀はイヤイヤ期の子供のように泣きわめく。吉斗は亜紀の動きを止めて、落ち着かせることしか出来なかった。
1時間程すると、亜紀は落ち着きを取り戻す。
「ごめん、吉斗……。私……」
「大丈夫、非常事態ならよくあることだよ」
「吉斗は強いね……。昔は私と一緒によく泣いてたのに」
「そうだったかな……」
その時、吉斗は不思議な感覚を覚える。体の奥底から、何かエネルギーのようなものがみなぎってくる感覚だ。
それに、こんな絶望的な状況であるのに、一切悲観的な思考をしていない。まるで自分が別人になったかのような感じだ。
しかし、吉斗はこれを若者によくある万能感であると考えた。
「とにかく、何か口にしたほうがいいよ。イノシシの肉があるから、スープにして食べよう」
「……うん」
火事に注意しながら、二人は温かい食事をするのであった。
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