第14話 海中より

 早朝。海上自衛隊の自衛官が艦橋から太陽の日差しに目を細める時間。

 とある自衛官が目視で水平線を見ている時だった。

 ふと、海の中を動く影を見かける。

「ん?」

 ふと疑問に思った自衛官は、太陽の日差しを手で遮りながら海面を見る。すると確かに、魚群のような影を複数見つけることができるだろう。

「こんな浅い場所に魚……?」

 多少疑問に思ったが、ただ魚が迷い込んできているだけだと判断した。

 次の瞬間までは。

 突然、「きい」に何かが衝突した。艦全体が揺れ、艦底部から浸水が発生する。

「被害報告!」

「艦首下部から浸水発生! 火災は発生していません!」

「応急修理班はすでに出ています!」

「周囲の監視を強化! もしかすれば、他国の攻撃かもしれん!」

 他の艦にも連絡を入れ、「きい」のみでなく艦隊全体で警報が鳴る。保護されている民間人は不安になるだろう。当然、吉斗と亜紀も不安になる。

 その間、自衛官は目視で周囲を確認する。すると、ある物を発見した。

「お、おい……。あれってもしかして……」

 自衛官たちの視線の先にあったのは、十数mにもなる影。

 それが海面に姿を現し、そして海水を噴く。

 その正体はクジラであった。マッコウクジラやザトウクジラが同じ海域にいる、まさに混成艦隊のようだ。

 そのクジラたちが、勢いをつけて自衛艦隊やエンタープライズに向けて突進しているのである。

 いくら戦闘を考慮している艦であっても、数十tにもなるクジラの攻撃は船体を簡単に破壊しうる。特に竜骨キールを破壊されてしまったら、いとも簡単に沈没してしまう。

「対潜戦用意! アクティブデコイ準備! 哨戒ヘリも飛ばせ!」

 船体が揺れる中、無茶をして哨戒ヘリが飛ぶ。

「ソナーどうだ!?」

「パッシブソナーに反応なし! 捉えられません!」

「アクティブに切り替え! 相手は動物だ、ソナーの音響で混乱するだろう」

「魚雷防御準備完了!」

「よし、短魚雷をアクティブにして発射!」

 舷側に装備された短魚雷発射管が旋回し、短魚雷が発射される。

 アクティブに設定された魚雷は、そのまま敵を認識して進む。

 そして命中する。だが盲点が一つ。クジラとの距離が余りにも近いのである。衝撃波というのは一般的に水中のほうが伝わりやすく、かつ度合いは空中より強いと言われている。

 そのため、至近距離で爆破した魚雷の衝撃波が、損傷した艦艇に襲い掛かる。特に応急処置を施した箇所に強い衝撃を受けた。

「これじゃあ船体が持たない……! 直ちに機関始動! 現海域を離脱!」

 ガスタービンエンジンが始動、ほんの数分で移動を開始する。

 しかし、それでもクジラは突撃を止めない。その光景は、まさに第二次世界大戦末期の日本軍の特攻に似ているだろう。

 海面下のあらゆる方向から、クジラの身を挺した攻撃が続く。あるクジラは、「きい」の後方から接近し、スクリューに巻き込まれる。

 それによって機関が異常停止。一部が破損に至る。

「機関停止! 足が……止められました!」

「畜生……!」

 艦長がうなだれる。足が止まってしまっては、移動もままならない。防御しようにも、魚雷が至近距離で爆破すれば「きい」自身も損傷するだろう。

 無常に時間は経過していく。その間にもクジラの体当たり攻撃は続く。そのたび、喫水線下の船体はボコボコに凹んでいく。さらに浸水も増えていく。

「応急修理班から連絡! すでに修理よりも浸水のほうが多くなっているとのこと! このままでは民間人にも被害が及びます!」

「くっ……! 仕方ない……、哨戒ヘリと陸自に連絡! 直ちに民間人の移動を開始する! 艦が傾く前に総員離脱させるんだ!」

「了解!」

 関係各所に連絡を取るも、陸自のオスプレイは最短でも1時間かかるとのこと。今すぐ出せるのは哨戒ヘリのみである。

 それでも何もしないよりマシだ。すぐに艦隊中のヘリをかき集めて、民間人の移動を開始する。

 その中には吉斗たちもいた。吉斗は移動しながら、キョロキョロと人を探す。そしてとある自衛官に話しかける。

「あの、相沢っていう三等空尉を見ませんでしたか?」

「いや、知らないな。とにかく今はヘリに乗るのが先だ」

 そういって移動させられる。

 そして、もう少しで哨戒ヘリに乗せられる時だった。

「吉斗!」

 奏斗が走ってくる。

「兄貴!」

「悪い、僕は所要でここに留まる必要があるんだ。お前と亜紀だけでも安全な場所に行くんだ」

「でもそしたら兄貴が……!」

「僕の事は心配するな。こう見えて自衛官だからな。何とか生き残って見せる」

 そういって吉斗の肩に手を置く。

「生きろよ」

 そういって奏斗は走って艦の中に戻っていく。

 それを吉斗は、ただ呆然と見ているしかないのであった。

 吉斗たちは哨戒ヘリに乗り込み、「きい」を離れる。その時には、すでに「きい」は少し傾いていた。浸水の影響が出ているのだろう。

 哨戒ヘリはそのまま「きい」を離れて、北の方角へ進んでいく。哨戒ヘリの中では、これからどうやって生き延びるのか考える人々の、暗い表情が垣間見えた。

 吉斗も不安になる。これからどうやって生きていけばいいのだろうか。一抹の不安を乗せて、哨戒ヘリは大空を飛んでいく。

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