第13話 艦

 百里基地を離陸して約10分。吉斗と亜紀、そして奏斗は悲しみに暮れていた。

 当然だろう。目の前で肉親が薬物中毒になった動物たちに特攻をしに行ったのだ。

「……吉斗、亜紀ちゃん。父さんたちは僕たちを生かすために戦いに行ったんだ。この命を大切にしなきゃいけない」

「分かってる。分かってるよ兄貴。頭では分かってても、現実を受け入れられないんだよ」

 吉斗は涙を流しながら、奏斗のほうを見る。

 亜紀はずっとすすり泣きをしていた。その悲しみは計り知れない。

「吉斗、亜紀ちゃん。今は無理してでも現実を受け入れないといけないんだ。僕もそういう覚悟を持って自衛隊にいるからね」

 奏斗は覚悟が違っていた。それを吉斗たちが決められるかは別の話だが。

 こうして陸自のオスプレイは、南へと進んでいく。1時間もしないで、東京湾の入口へと到着する。そこには、海上自衛隊の軽空母護衛艦であるむつ型航空母艦2番艦の「きい」が停泊していた。周辺にはもがみ型護衛艦などの艦も確認できるだろう。

『これより護衛艦きいに着艦します。席に座りシートベルトを締めるか、手すりなどに掴まってください』

 機長から指示が入る。吉斗たちはその指示に従い、座席に座ってシートベルトをする。

 排水量25000tを超える海上自衛隊最大の艦艇に、オスプレイが着艦した。

 後部ハッチが開き、吉斗たちは「きい」へと降り立つ。

 軽空母というだけあって、甲板はかなり広い。海の向こうを見れば、アメリカ海軍第7艦隊の象徴的な原子力空母、ジェラルド・R・フォード級空母のエンタープライズが鎮座していた。

 吉斗たちを乗せてきたオスプレイは、次の任務に向かうためなのか、すぐに「きい」を発艦する。

 吉斗たちは海自の自衛官に案内され、「きい」艦内へと入る。「きい」格納庫の一部を使って、陸上自衛隊の野外医療システムを乗せたコンテナが救援活動を行っていた。吉斗たちも簡単な診察を受ける。これまでまともな治療を受けられなかったため、ありがたい限りだ。

 結果は問題ないとのことである。吉斗たちは、民間人が収容されている段ボールで仕切られた災害用個室に入る。見た目に反して、民間人の数は少ないように見えるだろう。おそらく、助からなかった人々がそれだけいると実感する。

 とにかく安堵のひと時だ。十分に休もうとする。

 しかし、体は休むことを拒否する。当然だ。これまで命のやり取りをしてきたのである。特に親を失った喪失感は、吉斗たちに多大なストレスを与えるだろう。

 奏斗は完全に立ち直っており、吉斗は少しずつ現実を受け入れてきた。しかし亜紀だけが現実を受け入れられそうになさそうだ。

「亜紀、大丈夫?」

「……ダメ」

 亜紀は明らかに精神的に衰弱している。強いストレスを感じている証拠だろう。

「とにかく亜紀ちゃんは休息が必要だ。ベッドに横になったほうが良い」

 そう奏斗がアドバイスする。亜紀は黙って簡易ベッドに横になる。

 吉斗は亜紀のそばに座り、安心感を与えるしかなかった。

 しばらくして、亜紀が眠りに入る。その機を狙って、奏斗が吉斗に話をする。

「僕は自衛官だから、他の空自基地との情報交換をする役割に抜擢された。だからしばらく二人のことは見てられない。吉斗、亜紀ちゃんのことをしっかり守ってくれ」

「……分かった。兄貴、死なないでくれよ?」

「あぁ」

 奏斗はそのまま個室を出る。

「……二人になっちゃったね」

「亜紀、起きていたのか」

「ねぇ吉斗……。私たち、生きていけるかな……?」

「俺たちは生きていかなくちゃいけないんだ。父さんや母さん、おじさんたちが俺たちを逃がしてくれたこの命を、最後まで絶やさずに生き抜かないと」

「でも私……、この世界でちゃんと生きていけるか心配……」

 そういって亜紀は、吉斗の手を握る。

「怖い……。生きるのが怖いよ、吉斗……」

 吉斗の手を握る力が強くなる。

 その手を、吉斗は強く握り返す。

「大丈夫、俺がいる。俺が亜紀のことを守るよ」

 その言葉に、亜紀は少し安堵したようだ。そのまま目を閉じて入眠する。

 吉斗は亜紀が安心できるように、手を握っているのであった。

 そして吉斗は決意する。自分たちは何としてでも生き残ると。

 それから数日ほど、艦の中で生活することになった。吉斗と亜紀は、ほとんどの時間を格納庫の個室で過ごした。1日に1回程度は奏斗が顔を出し、吉斗と亜紀のメンタルケアを行う。吉斗は問題ないが、亜紀は少し問題があるようだった。

 吉斗と亜紀は、他の民間人とも交流をする。しかしほとんどの人は、今回の事態でメンタルに不調をきたしているようだ。中にはストレスで幻覚を見ている人もいた。

 しかし彼らには何もしてやれない。今後の安寧を祈るしか出来ないのだった。

 そして刻々と陸上に移動する時刻がやって来る。

 誰も海からの脅威を想定せずに。

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