第11話 見える

 徒歩開始から五日目。百里基地まであと数kmという所に来た。

 ここまでいくつかの戦闘を挟み、ただひたすらに歩いてきた一行。だんだん疲れも見えてくる。

 そんな時であった。

「あ、バッテリー切れた……」

 先頭を歩く亜紀が、自分のスマホのバッテリーが切れたことを報告する。

「吉斗、モバイルバッテリーは?」

「残量なし。使い物にならない」

「ソーラーパネルついてなかったか?」

「この天気じゃ、フル充電まで何時間かかるか分からないよ」

 一行を包む空気がどんよりとしてくる。

「……しょうがない。今日はこの辺で休憩だ」

 近くにあった民家に、いつも通り無断で侵入する。すでに無法地帯と化している場所では、法は一切機能しないのだ。

 民家の庭に布団を持ってきて、そこにソーラー充電式のモバイルバッテリーを置く。ついでに吉斗も横になる。

 こうして約1時間。やることもなく、のんびりと空を眺めていた吉斗。

「……こうしていれば平和なのにな」

 そんなことをぼやいていると、視界の端のほうに黒い点のようなものが動いたように見えた。

 吉斗は頭を起こしてそちらのほうを見ると、なにやら黒い点が複数集まって出来た雲のようなものがあった。

「なんだあれ……?」

 目を凝らして見てみると、その点は羽ばたいているようにも見える。

「なんか嫌な予感がする……」

 そんな予感を感じた吉斗は、荷物を片づけて民家の中に入る。

 すると濁ったカエルの鳴き声に似た、しかし確実に鳥の鳴き声が聞こえてきた。しかもかなりの数がいるようだ。

 吉斗たちは民家の中で息を潜める。

 鳥の群れは民家の上を通り過ぎていくようだ。

「……大丈夫か?」

「……どこにもいない。どっか行ったな」

 吉斗が外を確認して言う。

 一安心して、再び休憩のために民家の散策を行おうとした。

 その瞬間。外から大量のタカが民家に侵入してきたのである。

「うわぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁ!」

 民家の中は阿鼻叫喚。

「急いで外に出ろ!」

 和樹の叫び声で、一行は民家を脱出した。そのままとにかく民家から離れる。

 どうやらオオタカのようだ。オオタカはしばらく民家を攻撃するように集っていたが、しばらくして攻撃対象である吉斗たちが逃げていることに気が付いた。オオタカの群れは、吉斗たちを追跡しだす。

「タカが襲ってきたら、マジでひとたまりもない……!」

「とにかく走れ!」

 和樹は後ろを警戒しながら、全力疾走する。

 しかし、相手はタカである。ものすごいスピードで一行を追跡し、そして追いつく。

 そして急降下で一行のことを襲い始めた。

「うわわ!」

「走れ走れ!」

「クソッ!」

 吉斗はポケットに入れていたスリングショットと石を取り出して、ゴムを思いっきり引っ張る。そしてそれを、走りながら振り返って放つ。

 しかし、狙いが甘いのか、それともオオタカの回避性能が高いのか、一切当たる気配がない。その後も何発か放つものの、どれも命中しなかった。

 吉斗は攻撃をやめ、防御に徹することにした。つまりオオタカが狙ってきたところを、包丁かフライパンで迎撃するのである。

 しかしそれをするにも、オオタカの予想進路を見極めなければならない。それをするには走るのを止めないと行けないのだが、走るのを止めてしまったらオオタカの餌食になってしまうのは明白だろう。

 残念ながら、まともに防御する方法もない。吉斗は歯を食いしばりながら、逃げに徹するのであった。

 そんな吉斗たちに、オオタカは持ち前の爪を振るう。服に引っかかっただけでも、体を持っていかれるほどの力である。肌を露出している部分に攻撃されたら、大怪我は免れないだろう。

 次第に一行の息が上がってくる。それと比例するように、オオタカの攻撃は勢いを増してくる。

 そして亜紀が足を止めた。

「亜紀!」

「もうダメ……、走れない……」

 その亜紀を狙って、オオタカは上空で旋回する。明らかに獲物を狙う状態だ。吉斗は亜紀を守るために、フライパンと包丁を装備して亜紀の前に立つ。

 オオタカが狙いをつけて、急降下しようとした瞬間だった。

 遠くのほうから発砲音が聞こえる。絶え間なく響く発砲で、オオタカはひとまず攻撃することを止めた。

 しかし、それが彼らにとって致命傷となる。1羽、2羽と少しずつだが、地面へと力なく落ちていくオオタカ。

 吉斗が発砲音のするほうを見ると、2台の軽トラがこちらに来るのが見える。しかも荷台には人の姿があった。

 軽トラは吉斗たちの近くで止まる。

「皆さん、無事ですか!?」

「私たちは無事です! あなた方は一体……?」

「我々は百里基地所属の自衛官です。オオタカの群れを発見したので、何事かと思い、駆け付けた所、皆さんを発見しました」

「ほ、本当に百里基地の方なんですね!?」

「えぇ、そうです。とにかく、荷台に乗ってください。直ちにここから逃げましょう」

 自衛官は64式小銃で対空射撃を行う。弾薬節約を一切考慮しない、本気の攻撃である。

 軽トラを飛ばしながらの攻撃は、さながら自走対空砲を思い浮かべるだろう。

 オオタカもさすがに音がきついのか、群れはもと来た方角へと戻っていった。

「助かった……。」

 そういって吉斗たち一行は一息つくことが出来たのだ。

 こうして軽トラは、航空自衛隊百里基地に併設されている茨城空港に到着した。

 軽トラを降りて、自衛官はこう言い放った。

「我々は基地警備教導隊です。本来は基地の警備を行うのが任務ですが、民間人がいるなら救助すべきと考え、行動した次第です。しかし現在の百里基地は、食料や水の備蓄はすでになく、航空機用の燃料がわずかに残っている程度です。本当に心苦しいものですが、皆さんを迎え入れる装備はありません」

 そういって警備教導隊の自衛官は頭を下げる。

「いえ、仕方のない事です。それよりも、私たちはある人に会いたいのです」

「ある人とは?」

「私たちには、百里基地で勤務する家族がいます。どうか、百里基地を案内していただけないでしょうか?」

「ご家族の方でしたか……。しかし、今は民間人を受け入れるわけには……」

 自衛官は少し悩み、決断した。

「……今回は特別です。皆さんを基地に案内しましょう」

 そういって再び軽トラの荷台に乗るように指示する。一行が乗り込むと、軽トラは茨城空港ターミナルの横から滑走路に侵入し、滑走路の外側を迂回するように移動する。

 そして格納庫のような場所に到着した。格納庫には大きな袋が無数に置かれているのが分かるだろう。

「あの、これは……?」

「救えなかった民間人の方です」

 自衛官はそれだけ言った。それだけで、どんな悲惨なことがあったのかを物語っているからだ。

「相沢三尉! 相沢三尉はいるか!?」

 自衛官は吉斗の兄、奏斗を呼ぶ。

「相沢ですが……」

 呼ばれてきた奏斗は、吉斗たちを見て固まる。

「親父……、お袋……、吉斗……」

「奏斗、よく生きていてくれた……!」

 そういって和樹は、奏斗のことを抱きしめる。

「良かった……、本当に良かった……!」

 今再び、家族が揃った。

 この日の夜は、一家団欒で寝ることになった。

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