第10話 水辺
徒歩開始3日目。
相変わらず吉斗は荷物持ちをしていた。日を追うごとに荷物は軽くなっていくからだ。
だがそれは同時に、命の危険を示すものでもあった。それだけ水や食料が減っていくということである。そうなれば餓死や脱水症状で死ぬだろう。
実際水は現在進行形で不足している状態だ。どこかで水を補給しなければ、死が待っている。
すると、横に池があるのが見えてくるだろう。つくばハイテクパークいわいという公園のような場所だ。
池にはギリギリ飲めそうな水が多く湛えられている。
「この水を飲み水にするか」
和樹がそのように判断する。和樹は持っていたペットボトルの底を切り、救急用のガーゼ、服の一部、そして適当に焼いた炭を下から順番に入れた。簡易的なろ過器の完成だ。
これに池の水を通して、大雑把な汚れを濾しとる。その濾しとった水を鍋に入れ、念のため持ってきていたカセットコンロで煮沸。これを冷ませば、とりあえず飲める水にはなっただろう。
こうして飲み水は確保した。食料も無人になったコンビニから、全品100%オフという名の窃盗をすることで食いつなぐ。
こうしている間にも、世界はどうなっているのか分からない。ラジオ局は少し前から音すら発しなくなった。外の情報が一切入ってきていないのだ。
それでも今は百里基地に向かうしかない。ここまで進んできたのだ。今更引き返しても地獄だろう。
そんな中、とある川に差し掛かる。どうやら鬼怒川のようだ。
その上をかかる橋――水海道大橋を、一行は歩いていく。
「……今日はこの辺までにしよう。あまり歩きすぎても、体力を消耗するだけだからな」
そういって一行は橋を渡った先にある民家で休むことにした。
吉斗はその前に、飲み水が十分にあるのか確認する。
「この量だと、少し足りなさそうだな……」
それを和樹に相談し、一行は鬼怒川の水を採取することにした。
荷物を下ろし、吉斗がペットボトルを複数持って川に入る。2Lペットボトル4本分を持って、吉斗は一行が待つ河原へと戻る。
その時であった。
「吉斗! 逃げろ!」
一瞬なんのことか分からなかったが、後ろからものすごい勢いで何かが迫ってくる音が聞こえてくるのが分かる。
吉斗は後ろを見つつ、横に飛ぶ。その瞬間、巨大な何かが吉斗のいた場所を襲う。
その正体はカバであった。おそらく動物園から逃げ出した個体と思われる。
カバは意外と狂暴である。それに加えて、未知の薬物によって狂暴性がさらに拡大していた。
「うわぁぁぁ!」
採取した水を死守するために、吉斗は合計8kgにもなるペットボトルを抱えながら走る。
そんな吉斗の感情は死に対する恐怖の他に、何故か愛着のようなものを感じていた。
吉斗は一瞬感じるものの、すぐに恐怖に支配される。死に物狂いで走りにくい河原を走った。
土手に登り、一瞬振り返る。すると、カバは土手の坂道を猛スピードで駆けのぼっていた。しかも後ろから何匹ものカバがついてきている。
「吉斗! 水なんて置いて逃げろ!」
土手の向こうの方から、先に逃げている和樹が叫ぶ。だが、これは命の水だ。簡単には捨てることなど出来ない。
先を行く一行を追うように、吉斗は住宅街へと入っていく。
それをいつまでも追いかけ続けるカバ。正直食われる方が先だろう。
「えぇい、こうなったら!」
吉斗はとある民家の前で水の入ったペットボトルを捨て、その民家の中に入っていく。そのまま土足で、民家の奥の方へと走る。
カバは吉斗のことを追いかけて、一緒に民家へ突入する。だが、カバの横幅は玄関に合っていない。まさに重機の如く玄関を破壊して中へと入った。
「うおっ!」
建物の壁や飾ってあった置物が派手に壊れる音がする。破片は飛んで来なかったが、それでも心臓に悪い。
吉斗はこのまま身を潜めているつもりだったが、カバのほうがそれを許さなかった。吉斗の匂いを嗅ぎつけたのか、そちらのほうへ体当たりをしてくる。
カバが民家の中をあちこち動き回るので、どんどん壁や柱が破壊されていく。こんな巨体で突っ込まれたら、人間の体など簡単にへし折れてしまう。
吉斗は覚悟を決めて家の中を走る。
それを追いかけてカバも家の中を走り回る。あちこちの壁や柱が破損していく。
さらに、後続のカバも民家に侵入する。そのせいで、家の中はひっちゃかめっちゃかだ。
吉斗は逃げるように階段を駆けのぼる。カバはその体格ゆえに細い階段を登ることは出来なかったが、一回り小さいカバは無理やり登ってきた。
2階に上がった吉斗は、小柄なカバの攻撃を躱しながら、ベランダのある窓際へと移動する。
目の前には割れて開放的になったベランダ、後ろには興奮状態のカバ。もはや逃げ場はない。
だが吉斗は諦めていなかった。吉斗はベランダに出る。それと同時に、小柄なカバが全速力で吉斗に突っ込もうとした。
その瞬間である。家全体から軋みが響く。どうやらあちこちの柱と大黒柱が、暴れまくったカバによって折れたようである。
そのまま家屋はカバを巻き込んで崩壊する。
吉斗はベランダから思いっきり飛び出す。そのまま地面へと着地した。
思い切って飛び出したことで足を骨折する覚悟でいたが、全くもって平気だ。
「吉斗!」
そこに和樹や亜紀が駆け寄ってくる。
「無事か?」
「一応……、痛みはない」
「本当か? 2階から飛び降りたんだぞ?」
「マジで痛くないから」
そういって吉斗は立ち上がって、足が無事であることを見せる。
「まぁ、吉斗が痛くないって言ってるなら、それでいいが……」
そういって荷物を持つ。
「とりあえず、今は経過観察ということで、しばらく荷物は持つな。もしかしたら後で痛むかもしれないからな」
和樹は、吉斗が民家の前で捨てた水入りペットボトルを拾う。
「そろそろ日も暮れる。今日寝る場所を探さないとな」
こうして一行は先を行くのだった。
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